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今とこれからに捧ぐ人生賛歌『宵巴里』

もう中島桃果子が小説を出すことはないかもしれないとずっと思っていた。

2014年に私の人生と中島桃果子『魔女と金魚』が北海道にある苫小牧の図書館で衝突してから早8年。
その間にも桃果子さんは何かしらをずっと書き続けていて――それは男女の濃密な恋愛を描くライトノベルだったり、毎週月曜日に更新される「月曜モカ子の私的モチーフ」(調べてみると、第1回は2015年3月2日の「東京百景」という回)だったりして――私はそれらをくまなく読んでいた。
ただ2012年に『誰かJuneを知らないか』が出版されたのを境に、中島桃果子の新作が世に放たれることはなくなった。
私は小説家・中島桃果子のファンだったけど、それでもかまわないと思っていた。なぜなら、中島桃果子がどこかで同じ世界を生きていて、ブログやフェイスブックやなんやかんやでその魂の一端を垣間見せてくれていたから。
それでかまわない、と思っていたんだ。

けれど、10年ぶりに出た新作『宵巴里』を読んだらもうどうしてもそうは思えなくなってしまった。

これを読みたかったんだ、と心の底から思ってしまった。
2022年8月2日、10年ぶりの新作小説『宵巴里』を携えて、中島桃果子が帰ってきた。
私が世界で一番信頼のおける小説家が、この世で最も人を愛する才能がある小説家が、戻ってきた。

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『宵巴里』は、同名酒場の女主人・碧(みどり)とそこに集うお客たちが繰り広げる”宵っ張り”群像劇だ。
読み始めてからすぐに私の目には涙がたまった。
舞台も設定も何もかも違う話なのに、『魔女金』を感じる。

桃果子さんの小説はどれ一つとして同じようなものがない。
すべての作品が独立していて、まったく別の人が考えたかのようにモチーフが違う(ただし、筆致はひたすらに中島桃果子)。
それでも『宵巴里』を読んで私が『魔女金』を感じるのはきっと、『宵巴里』を桃果子さんと二人三脚でつくりあげたのがあの『魔女金』の編集者の壷井円さんだからだろう。

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桃果子さんの書く文章はいつも心にすっとなじんで、すとんと落ちていく。
『宵巴里』の登場人物たちに注がれる視線は、どこまでもフラットでかつ平らで、だからこそ余分なものがそぎ落とされて純度の高いものだけがそこに残る。
登場人物の彼らはてらいなく心を読者の前にぽんと差しだし、私たちに触れさせてくれるけど、その心は合わせ鏡のように私たちのことも映している。
そのとき、私たちは自分のこともフラットでかつ平らに眺めなくてはならない。それは結構、勇気のいることだ。
だから、この小説には読みやすくてポップなのにキリリとした雰囲気が同時にある。
のめりこんだら最後、私たちは決して碧や多くの登場人物たちと他人ではいられない。
私にはワタセミのエピソードが他人事とは思えない。

私は「第三話 ”死者の日 デイ・オブ・ザ・デッド”(戦士りさこの場合)」まで読んだときに、こらえきれなくなって泣いた。
嗚咽するぐらい泣いた。
布団を抱きしめて泣いた。
こんなに素晴らしいもの読めていいのかな。
1冊1万円にした方がいいんじゃないだろうか。
魔女金の繭子のラストシーンと第三話のラストの碧の姿が重なる。
そこには、誰かのことを本気で思える人間のひたむきな姿がある。

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『宵巴里』には実際にモデルとなったお店がある。
そこは東京の根津にある「Innocence Define」通称イーディーというお店だ。
私はイーディーに2021年の3月14日に初めて行って、生身の桃果子さんに初めて対面した。そのときも大泣きした。
いわゆるBar、酒場というものに行くのが初めてだったのだが、そんな「何も知らない」私にとっても不思議と居心地が良い場所だった。

実は『宵巴里』に、私自身ちらっと登場させてもらっている。
本の中の2行、自分に関する記述にまたも涙がこぼれそうになる。
いつの間にか私は2021年のイーディーにタイムスリップして、
私の周りはそのときの空気に包まれる。
ひとりでいるより安心なあの空気に。

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イーディーにはずっとずっと続いてほしい。
その中心には碧——桃果子さんがいて、桃果子さんの右腕の栞さんもいて、一筋縄ではいかない、愉快で楽しいお客たちとの数えきれない宵っ張りな日々がある。
私は『宵巴里』を読みながら、登場人物たちと一緒に笑ったり泣いたりした。
そして、ただただ感動していた。
この本が生まれたことに。

こんな日々がこの世界のどこかで続いているんだとしたら、
生きているのはきっと悪くない

私はもっと、この酒場物語をこれからも読み続けていたい

                           2022.8.7 ミキ


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