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戦略的モラトリアム【大学生活編】⑬

freshman としての後期試験。元旦の余韻が残る一月中旬、センター試験の会場となった大学が、雪混じりの雨に打たれながら、所々の明かりがもの悲しさを際立たせている。大学入試とは違った寡黙な人の群れが各教室に吸い込まれていく。魚が前にならうように一つの群れとなって。



大学院生が日銭を稼ぐためにアルバイトをしているのだろうか。試験監督はほとんど院生。


「筆記用具以外をしまってください。この試験は・・・・・・」


講義名が無機質な声で読み上げられ、問題用紙と解答用紙が配られていく。入試のような緊迫した感じ

はないが、どことなく生ぬるい凜とした空気感は慣れるものではない。いつもよりも数ミリ緊張感を持った大学生が念に数回真面目になる日が試験日なのだ。


高校のときと比べてみれば、心の余裕は十分に持てる。試験の解答にオリジナリティを忍ばせることができる機会があるため、スパイス混じりの自分の楽しみが試験にはある。高得点をとるよりも自分の解答を教授がどう評価してくれるのかが楽しみなのだ。へその曲がった学生ではあるが、周りから見れば実直に見えるのだろうか。心根はひねた不登校のシニカル野郎であるのに。そう、自分の根っこは何も変わっていない。素晴らしくもあり誇らしくもある世間知らずの自分勝手な大学生が僕なのだ。



試験の全日程が終わり、ここから長期の春期休業に入る。大学構内は一般入試のため入ることができない日が多い。


皆は何をしているのだろう。


アルバイトに精を出すヤツ、


自動車学校に通うヤツ、


部活動やサークル活動を別な場所でやるヤツラ。



自分は何をすべき?部活動やサークルは入っていない。そんな自由を束縛するものに誰が入るか!先輩

とのつながりなんていらないし、そもそも自分の方が年上のことだって往々にしてある。
ヤツラにとって自分は目の上のたんこぶだろうし、下級生だからといってぞんざいに扱うことも戸惑うのではないだろうか。まぁ、たとえぞんざいに扱われたところで自分は言いたいことを言うし、やりたいことをやる。


そして、知りたいことを知り、知りたくないことには決して足を踏み入れたくないのだ。


そんな自分に部活動とかサークル活動とか仲間内でキャッキャッしているような『籠の中の鳥活動』は

不似合いだし、そもそも反発するに決まっている。そんな一番遠い場所にある活動に貴重な大学生活を費やしたくはない。無論この春休みもそうだ。


街散策・・・・・・


そんなことしかできないだろうか。アルバイトはあるが、残りの時間をいかに埋めるかを試行錯誤の末に

至った結論は身近な散策だった。

爺みたいな趣味だな。

お金も使わずに済むし、図書館の代わりに暇つぶしといったらそんなことしか考えつかなかった。

まずは駅前の商店街をどこへ行くともなく彷徨った。



ふと木目調の立て看板がガラス越し目に入った。


小さな喫茶店だった。


「こんな所に喫茶店があったのか。」


何とも香ばしい淹れ立ての珈琲の香り。

key coffee の看板が外に出してある。

中にはカウンターに数席とテーブル席が 3 つ。

本当に小さな喫茶店だ。50 代くらいのふくよかな女性(「おっかさん」みたいな優しい雰囲気)の姿がカウンターの中にあった。

一番奥のテーブルには旦那さんだろうか?厳しい顔のおじさんが見える。


この店の中だけ時間がゆっくり流れているような無言の優雅さと別次元の異質な雰囲気があった。


なぜだろう……

普段は喫茶店などに興味を示したことはないが、そのときは本当に自然と足が店内へと向いた。
本当に無意識のうちに自分の足は歩み始めていた。



カランカラン・・・・・・



扉が開くと鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


何とも奇妙なもう一つの出逢いが幕を上げた。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》