karabe

好きな石を噛め。砂になるまで。

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最近の記事

初夏示録③

「初ガツオといっても、年中切れ目なく出回っているから、実際いつからのがそうなのかよくわからんね」タタキを食べながら確かに私はそう言ったよ。特に意味も意図もない、会話の埋め草に垂れ流した言葉だ。私たちがよく知らんまま漫然と食っているだけで、たぶん獲れた時期とか場所で「これが初オブ初ガツオです」みたいのがあるんだろうし。だからキミが「私が本当の初ガツオを食わせてやりますよ」と返した時も真面目に受けとってなかった。キミも漫然と食っている側だし。せいぜい「Katsuwonus pel

    • 初夏示録②

      子供の頃に不思議な声を聞いた。母方の祖父母の家に行った時のことだ。おそらく裏山の方からだったと思う。響くような、同時に切り裂くような、ガ行だけで構成された心をざわつかせる声だった。不安になって祖母に尋ねると、いつも優しかった彼女の表情が弛緩して「無」になり、絞り出すように「ヤマホトトギス」とだけ言って、それ以上何も答えようとしなかった。声を聞いたのも祖母がそんな表情になったのもただそれ一度きり。それから十五年余り。その祖母が亡くなった。勝手のわからぬ田舎の葬儀に疲れた私は、一

      • 初夏示録①

        「目には青葉」とは、古い予言書に記された終末への最初の兆しである。それが具体的にどういうものかは長年論争の的だった。例えば異常進化した植物が世界を覆い尽くすとか、破壊的な生物化学兵器の暗喩であるとか。葉のような形状のゴーグルをした宇宙人が襲来するなんて言い出す人もいた。でも実際はこれだった。予兆なく突如眼球から生えてくる角質状の突起。それは光を求めて天に向けて伸び、枝分かれして、やがて扁平な緑色の器官――「葉」を茂らせる。この、病気といっていいのか怪現象と表現すべきなのか、と

        • ヌエムシ

           いつもと違う道を散歩しようと足を延ばしたら、広い河原に出た。  ここらに越して数カ月、近くに川があるのは知っていたが、駅や繁華な所とは逆方向だったし、当たり前だが用などもないので、この時初めて目にすることになったのだった。  川を越える気まではなし、ちょうど古いが汚れてはなさそうなベンチと自販機などもあったので、だるくなった足を休めることにした。  腰を下ろして缶コーヒーを飲みながら見上げると、開けた空はすっかり秋めいている。魚の群れの様な雲の下を、虫がすいすいと飛び交

        初夏示録③

          ねぎま

          会話が途切れた合間にすかさず同僚のHはスマホを覗いた。右手でジョッキをつかみながら、左手の親指でくいくいとスワイプしている。 飲みの席に限ったことではないが、Hは隙あらばスマホを覗くツイ廃だ。 それを除けば彼は気のいい同僚で、仕事もできるし(仕事中でもスマホを覗くが)、覗いている最中でも話かければにこやかに返すし(顔は上げないが)、こうして飲みの誘いも断らない(頻繁にスマホを見るが)。 それは私も他の仲間も心得ている、というか慣れてしまったので気にする者は誰もいない。 だ

          CLASS-KJ

          「JK?」 「KJだ」  拳を上に向ける形で見せるから袖のマークが逆さなのだけど、そんなことには頓着せず犀乃さんは言った。 「これが「ウチら」の制服にだけついてる」  そういえばクラスの誰かがそんなことを言っていた気がする。興味が湧かなかったので忘れてた。だって、印なんかなくても犀乃さんたちは十分他と違ってたから。 「“問題児”の印だな」 「え、あ、いや」  冗談とも自虐ともつかない顔で言うから、反応に困る。基本的に犀乃さんの表情は読みにくいのだけど。  でも犀乃さんはなんで

          CLASS-KJ

          逆噴射小説大賞一人反省会

           え?きたの?  今から3週間ちょっと前。ギャラルホルンが鳴り響き、メキシコの荒野で春節の爆竹の如くパルプの弾丸が撃ち鳴らされた。その銃撃は期間中一度も止むことがなかったが、数日前、終了の鐘と共に一切が止んだ。 ――逆噴射小説大賞2020のことだ。  その文字の祝祭にひっそりと参加し、期限より少し前に5発撃ち尽くしていた私は、ようやく空になった弾倉拾いながら一息ついている。いや実際は仕事とかをしていて、一息つく暇もない。ゲームがしたい。そんなことはどうでもいい。  この

          逆噴射小説大賞一人反省会

          たとえば、カートいっぱいの花。

           カラカラカラカラ  渇いた音を立てて、小さな車輪が回る。  ことごとくひしゃげ、焼け焦げ、死んだ車たちの間を、一台のショッピングカートが通っていく。その特大のカゴには、毛布にくるまれた荷が乗っている。  カートを押しているのは、煤けたセーラー服の少女。彼女は時々荷物に目をやりながら、休むことなく黙々と押し続ける。  この道は、かつて東名自動車道と呼ばれていたが、利用する人間は久しくいない。  だから少女はこの道を選んだ。なるべく人の目は避けたかった。  カートの進行方向に、

          たとえば、カートいっぱいの花。

          ガオンガオン

          「時間がない。手身近に説明する」  男は言った。  目の前では、高層ビル程の巨大不明機動兵器が起き上がり、最後のリミッターが外されようとしていた。  人とも龍とも見える、その機械の背の塔の様なものは、超大型荷電粒子砲だという。あれが放たれれば、東京は消失する。  数分前に、自衛隊の長距離誘導弾は全て二千超の戦闘ドローンに撃ち落された。20分前には航空部隊の攻撃も無効化されていた。  もう時間も打てる手もない。何せ、東京湾上の埋立地に設置されたアトラクション用だと思われていた巨

          ガオンガオン

          アウトオブボーダー

           街のはずれに、捨てられた倉庫街がある。  元は東南アジア某港の埋立地に築かれたもので、20年前に全長3キロのシーサーペントに埋立地ごと飲まれたものだ。その後どういう経緯か、未消化だった四棟の大倉庫を含む一画がここに置かれた。  その廃倉庫街に踏み込む一人の女がいた。  目を引くのは、真冬でもないのに肩に羽織る厚手のロングコート。その中は、明らかに学校の制服だ。女は、コートの中で腕を組みながら悠然と歩き、やがて一棟の倉庫に入った。倉庫内にはコンテナが一つだけ鎮座し、その中には

          アウトオブボーダー

          NECROPHAGE

           ニコは今日も、先輩の首を斬る夢で目が覚めた。  でも今日は斬り落とす前に起きたからマシな方だと、彼女は思いながら時計を見る。午前5時前、外はまだ暗い。  出勤時間にはまだかなり余裕がある。それでもやはりニコはいつものように出ることにした。職場は24時間動ているし、暗いうちなら外のアレを目にしなくて済むから。  トイレに行ってまず吐く。もはやルーティーンのようだ。そこから普通にシャワーを浴びて歯を磨く。化粧はあまり好きではないので、最低限にとどめる。しかし酷い有様の目のクマだ

          NECROPHAGE

          グッバイ ドラゴン アンド ドラゴンスレイヤー

           だらしなく波打つカルスト地形の、できるだけ起伏の少ない場所を探して曲がりくねる馬車道を、五台の重貨物馬車が連なっている。その最後尾の荷台の尻から足を投げ、ハバックは睨むように外を眺めていた。草地と露岩しかない単調な景色だが、馬車が北に尻を向けた時だけ、大陸を二分するグリリヴァ大山脈――単に「壁」と呼ばれることの方が多い――が彼方に望める。 「機嫌悪そうだねえ。見習いくん」  警備班の先輩であるアグリが、積み荷の上に寝転がりながら声をかける。  彼らの商隊は、本拠地の王都を出

          グッバイ ドラゴン アンド ドラゴンスレイヤー