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グッバイ ドラゴン アンド ドラゴンスレイヤー

 だらしなく波打つカルスト地形の、できるだけ起伏の少ない場所を探して曲がりくねる馬車道を、五台の重貨物馬車が連なっている。その最後尾の荷台の尻から足を投げ、ハバックは睨むように外を眺めていた。草地と露岩しかない単調な景色だが、馬車が北に尻を向けた時だけ、大陸を二分するグリリヴァ大山脈――単に「壁」と呼ばれることの方が多い――が彼方に望める。
「機嫌悪そうだねえ。見習いくん」
 警備班の先輩であるアグリが、積み荷の上に寝転がりながら声をかける。
 彼らの商隊は、本拠地の王都を出て二か月、辺境地域を巡って各地の工芸品や特産物を仕入れて回っていた。今は旅程も終盤で、残す逗留地はあとわずかだ。
「別に……」
 あからさまに不機嫌な後輩に、アグリはかえって面白がる。
「そんなに嫌なの? あの村に寄るの」
「……」
「アグリ、そんなだからマズラに嫌がられんだ」
 警備長のモーリが分厚い帳面から顔を上げて言うと、アグリは首を絞められたような呻き声をあげて沈黙した。マズラは警備班行きつけの酒場の娘で、アグリは彼女に気があるが、デリカシーのなさが災いして避けられまくっている。
「昔はこの辺にも竜がたくさんいたらしいな」
 モーリはハバックに言う。彼もアグリも、ハバックの素性を知っている。
「俺が子供の頃は、まだ地這竜や小型の飛竜ぐらいは群れてました」
 そこに一人で放り出されて狩らされた、とまでは言わなかった。
 モーリは帳面をめくる。そこには辺境地域の安全情報や、関係する法令等が細かに記されていた。
「出現記録は八年前から途絶えてるが、こんだけ広けりゃまだ少しはいるかもな」
「ひえ。でもさすがにいないっしょ」
 アグリはハバックの後ろから心配そうに外を覗く。
「竜がいなくても安全なわけじゃないですよ。谷間と岩陰ばかりで、賊が潜むには絶好の場所です」
「人間はいいよ。俺たちの仕事だし。で、どうなの?」
「いますね。およそ三十、この先で潜んでます」

【続く】

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