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初夏示録②

子供の頃に不思議な声を聞いた。母方の祖父母の家に行った時のことだ。おそらく裏山の方からだったと思う。響くような、同時に切り裂くような、ガ行だけで構成された心をざわつかせる声だった。不安になって祖母に尋ねると、いつも優しかった彼女の表情が弛緩して「無」になり、絞り出すように「ヤマホトトギス」とだけ言って、それ以上何も答えようとしなかった。声を聞いたのも祖母がそんな表情になったのもただそれ一度きり。それから十五年余り。その祖母が亡くなった。勝手のわからぬ田舎の葬儀に疲れた私は、一人になりたくて家の裏手に回った。すぐ目の前に青々とした裏山がそびえる。それまで容赦なく日差しを浴びせていた太陽に雲がかかった。助かる、と思ったその時、忘れようもないあの声がした。大人になった今聞いても一瞬身が縮こまる、嫌な声だ。少なくとも鳥の声とは思えない。たまらず家の中に戻ってすぐに親戚や村の参列者に訊いて回ったが、その声について知るどころか何故か声を聞いた者さえ一人もいなかった。あくる日、遺品整理を手伝った時に妙な絵を見つけた。それは祖母が描いたもののようで、しかし何を描いたものか誰もわからなかった。何しろそれは土の塊に無数の手足と羽が生えたようなもので、何もかも出鱈目だった。その出鱈目なものの脇には小さく、マッチ棒に手足が付いたような絵が添えられていた。それが人だとすると、出鱈目なものは山ほどの大きさになる。私はこれこそが「ヤマホトトギス」なのだと確信し、この手伝いが終わり次第ただちに帰り、二度とここには来るまいと誓うのだった。

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