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ねぎま

会話が途切れた合間にすかさず同僚のHはスマホを覗いた。右手でジョッキをつかみながら、左手の親指でくいくいとスワイプしている。

飲みの席に限ったことではないが、Hは隙あらばスマホを覗くツイ廃だ。
それを除けば彼は気のいい同僚で、仕事もできるし(仕事中でもスマホを覗くが)、覗いている最中でも話かければにこやかに返すし(顔は上げないが)、こうして飲みの誘いも断らない(頻繁にスマホを見るが)。

それは私も他の仲間も心得ている、というか慣れてしまったので気にする者は誰もいない。
だが今回は少し気になった。いつも無の表情でスマホを眺めている彼が、一瞬困惑の表情を見せたかと思うと、ずっと難しい顔をし続けていたからだ。

何かあったのかと声をかけようと思った矢先、彼はスマホをぱたりとテーブルに置き、深く息をついた。
そうしてすぐにねぎまを注文した。

どうした?と聞く隙を与えないかのようにHは、隣のMに彼の贔屓の野球チームが負けているとからかうように報告して、そんなこといちいち言うなと冗談交じり怒られつつ自然に会話の輪に戻った。
私もいう程気になったわけでもないのでその場は流した。

しばらくしてHの頼んだ、ねぎま3本セットが来た。

Hはおもむろに一本取ると、自分の皿の上に少し斜めに置いて、それをスマホで撮った。これは自体はよくあることだ、SNSに上げる気なのだろう。なんでねぎまをとは思うが。

だが、その後にしたことには、私もTも少し驚いた。Hが皿の上で串をバラし始めたからだ。
私たちは三人とも焼き鳥は「各々串で食う派」なのだった。三人だけでいる時なら、けしてシェアすることなどしないし、直接串から食う。

「バラして食うなんて珍しいな」
私は、自分の串を取りながら訊ねた。
「今日はね」
Hはそれだけ言って、今度はなんとバラした中からネギを一本だけ串に刺し直したのだった。
そうしてそれをまた皿に置く。やっぱり少し斜めに傾けて。

「何してんの?儀式?」
今度はTが訊く。
「うん、まあそんな感じ」
そう返しながら、残った肉を一つずつ摘まんで食べていく。それはとても丁寧で、優しささえ感じる手つきだった。

「――というか」
Hが肉をしみじみ味わうようにかみしめながら続けた。
「追悼、かな」
そう言う彼のさびしそうな顔に、どう返していいかわからずTと顔を見合わせる。

「もしかして、誰か亡くなったのか?」
SNSで見たということは親類ではなく、著名人か。その人はねぎまが好きだったのだろうか。
「うーん、誰っていうか」
Hは少し首をかしげながら、肉を食べつくし、串に刺さったもの以外のネギも口放り込む。

「鳥がね」
皿にはネギのついた串だけが残った。
「鳥? ペット?」
「いやいや。それで焼き鳥はおかしいだろ」
そう切り返して笑いながら、その皿をまたスマホで撮る。

「青い鳥だよ」
そう言うと、最後のネギもぐいと口で引き抜いて平らげた。

「ほら」
彼の言っていることがさっぱりわからない私たちに、Hがスマホを見せた。
それはHが頻繁に眺めているSNSの画面だった。

あまり使わないが私もアカウントを持っているから、その違和感にすぐ気づいた。
画面のてっぺんあったそのシンボルである青い鳥の代わりに「X」の文字が居座っていたのだ。
私は知らなかったが、どうやらそのSNSのロゴだけでなく、名前も変わったのだという。

「そりゃ急な話だなあ」
私はさほど関心もおこらず、そのくらいしか言えなかったが、Hが何をしていたのかは理解した。
そのロゴは確かに、「鳥を抜いて」ネギ一本だけを残したねぎまのようにも見えた。

「『ツイ廃』ってこれからなんと言えばいいのかねえ」
Hはそう言ってジョッキの中身を飲み干した。

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