見出し画像

NECROPHAGE

 ニコは今日も、先輩の首を斬る夢で目が覚めた。
 でも今日は斬り落とす前に起きたからマシな方だと、彼女は思いながら時計を見る。午前5時前、外はまだ暗い。
 出勤時間にはまだかなり余裕がある。それでもやはりニコはいつものように出ることにした。職場は24時間動ているし、暗いうちなら外のアレを目にしなくて済むから。
 トイレに行ってまず吐く。もはやルーティーンのようだ。そこから普通にシャワーを浴びて歯を磨く。化粧はあまり好きではないので、最低限にとどめる。しかし酷い有様の目のクマだけは念入りに誤魔化す。
 ニコは会社が借り上げたアパートの1階に住んでいる。本来の勤務地のそばで、ドア開けると目の前は幹線道路という立地だ。車は1台も通っていない。それはけしてこの時間だからというわけではない。街灯も未だ復旧する気配はない。だから晴れていればかつての東京からは想像もつかない程の星空が広がるが、今日は曇っているのか空はただ暗いだけだった。
 他の街なら早朝にいるだろう犬の散歩をする人も、ジョギングをする人も、新聞配達員もいない。そもそもこの街に残っている住居は、十分の一も利用されていなかった。そんな半ば死んだ様な街にもかかわらず、意外と治安は悪くない。悪人だってあんなものがある場所に寄り付きたくはないのだ。
 周囲を見渡してから、アパートを囲う鉄カゴの扉を開けて、自転車を引き出す。
 サドルにまたがる時、無意識に池袋の方を見てしまう。見たくないのに。もちろん今は闇に溶けているが、昼間ならば廃墟同然の街並みの向こうに、黒い壁がそびえているのが見える。蠢き回る死を閉じ込めた、囲いの壁が。
 引きはがすように首を戻し、ペダルを漕ぎだす。およそ20キロ先の、本社のある臨時行政都・さいたま市に向けて。
 この長距離自転車通勤生活も半月が経った。これ自体はなんの苦にもならない。
 ただ、気持ちは重い。
 半月前、ニコは現実に先輩の首を斬った。
【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?