愛について考える
熱意と愛
熱意は自分に宿り、または湧き上がるもの
愛は他者に与えるもの、または包まれるもの
だと思いました。
熱意は自分のなかで完結できますが、愛は他者の存在無くしては成立しないと思いました。
自分の場合
僕、個人的には、愛情が薄いなと思います。
誰かを思って泣くようなことも、ほとんどありません。
可愛い
他人のビジュアルを見て可愛いなと思うことはあっても、それは愛とは違うものです。
贈り物
人にプレゼントをしようという気持ちは、それそのものは行為またはアピールであって、愛ではありません。
可哀想
可哀想に見える人を、助けてあげたらいいなと思うことはあっても、実際に助けることはあまり無いと思います。
応える
期待に応えるということは、もしかしたら愛なのではないかと、ふと思いました。
期待を寄せてくれる人に対して報おうとするのは、その人やその世界に愛があるからかもしれないと。
その意味では、僕にも多少の愛はあるのかもしれません。
肉親への感情は別格のもの
長い間、親に対してもさほど、愛情のようなものを感じることはなかったと思います。
親の愛情を受けているなと感じることはありましたが。
しかし近年、親と一緒に住むようになり、父が亡くなり母と2人暮らしになってから、母には愛情を感じることがあります。
ご飯を作るのが自分だけのためではなく、母のためであると、感じたときに、ご飯は美味しくできると思います。
スーパーに行って、母はこれを食べたら喜ぶのではないか、と思いながら買い物をします。
そのような、愛おしいと思える感覚は、生まれて初めて生じるものです。
もし僕に子どもがいたら、もっと早くそれを感じられたのかもしれませんね。
まとめ
ということで・・
自分の思い(熱意)も大事ですが、他者に対する愛のほうが、自分も含めた周りを幸せにできるのではないか、と思っている今日この頃です。
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