土村奈保留/つちむらなをる

魔法成人女性ヒッキーマミィ。虚実と根本枝葉果実説。

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Lily.

 校内に人の影もまばらな黄昏時。晩春の暮れる太陽の光が、窓辺で寄り添う二人の少女の頬の産毛を赤く染めていた。緋与子(ひよこ)は太陽が沈みきる瞬間を待ち、窓の外から目を離さなかった。沈みながら、ゆっくりと輪郭を変えてゆく太陽の姿を、緋与子は瞳に焼き付ける。そうして瞳に赤い光を映す緋与子の横顔から、小波(さなみ)もまた視線を離すことが出来なかった。二人きりで肌が触れるほど近くにいられることなんて初めてで、あんまりにも緋与子がきれいで、小波は重なった手のひらから、全身が心臓になった

    • 生命の維持 同調性 ホメオスタシス

       バランス。生命といういきものの群れの中のひとつとして、私が生命維持のためにとる行動。食うために働いて、病に抗うために薬を飲んで、社会的生物として死なないために協調性を持った行動をし、バランスをとる。いろいろな人たちが当たり前にとる行動。生命維持活動。  そこに個の感動や突出した行動はいらない。同調性は生の飛躍を引き止める。そうして見えない同調性の膜に、飛躍する生は前に進むことを阻まれる。口は塞がれ、息ができず、生はホメオスタシスの働きによって静となる。そしてただの生命維持

      • つちむら雑記 『転びます』

         私はよく転ぶ。精神的な挫折、つまずきはもう知れたものだが、身体的にもよく転ぶのだ。いっそのこと球体にでもなれば転がり続けて諦めもつくかもしれないけれど、そうでなくても転んでしまうことに関しては「ちくしょう」と呟きながらももう諦めている。  この間はシラフだというのに煉瓦造りの路地でスニーカーを履いていたにも関わらず転び、負傷し、その前は深夜の荒川沿いを歩いていたら段差から盛大に転げ落ちて左膝の肉が削れた。おまけに漫画のように上体から滑り込むように転んだので手も擦りむいて小

        • 『舟』 皆が死に向かって舟に乗るなら 私は生に向かって溺れよう 肺にLCL水溶液を満たして 間違えた これはただの潮水だ 肺に満ちるは凪の水面の月の水 舟が輪廻の渦に沈むのなら 私は海底に縛られて永遠に月を舐めよう 死にゆく神経と生まれ変わり続ける血液 私は神経 けれど生に向かう 産まれてすでに狂った神経 死に刃向かう 血液のあなたたちとは元から袂を分かち合った仲 満ちていたはずの血はぼたぼたと音もなく膝の上に落ちたから 諦念の多面体を嗤って手を振る渦の中の人々 海底の

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        • 5本
        • 小説
          10本

        記事

          或る独白

          『或る独白』  道端に落ちていたノートにこんな頁があった。  『精神が落ち着いていればいるほどおかしなことが出来る。例えばリストカットをした血をグラスに入れてさらにビールを注いで飲んでみたりする。そんなことをするのは”ただの変な人”であって精神に異常を来している人間のする行為ではない。人間ではなくなってしまった時に人間はおかしくなるのだ。「人間ではなくなる」とは何か。わからない、わからないが、人間ではなくなる時がある。自分の中の天体が崩れる。星が消える。神が見えなくなる。

          美しい名前

          『美しい名前』  機械の身体で出来た”ヒト”を見つけては、僕は今日もその人たちの中で気が向いたやつを選んで家に連れ帰る。ペンシルビルが群れになって生えた都会は寂れて、ほとんど自然に還ってしまっている。アスファルトを突き抜けて生茂る緑の逞しさが、欠損したボディのヒトたちとコントラストをなして視界に広がる。男も女も、ヒトはみんな同じ顔。焼け落ちたらしい鉄筋が剥き出しになった灰色の半壊した家に、連れ帰った同じ顔の女のヒトたちが山になって積み重なっている。日が暮れて、夜がきて、また

          受肉

          『受肉』  名も刻まれぬ墓のひとつひとつから、ギイギイと音を立てて墓石が崩れ落ちてゆく。  ひとりの少女は焼身に、生前こだわっていたであろう装飾過多な焦げたフリルやレースのドレスを着て。  ひとりの少年は戦闘服に身を包み、頭蓋を割られて脳髄の滴る姿で。  何も身に纏わせてもらえず、腐った身体に打撲痕を残した男女の双子。  蘇った誰もがまだ子どもとも大人とも言い切れぬ年頃の少年と少女たち。  蘇った身体から漂う腐臭。腐った身体の軍隊を率いるのは、顔なしの子どもたち。  彼らは

          灰蘇り姫

          『灰蘇り姫』  あるところに、みすぼらしく孤独な少女がいました。少女は両親もいない捨て子で、物乞いをして生きていました。少女と同じくして路上で生きる子どもたちは支え合って生きていましたが、少女はまるで幽霊のように彼彼女らには見えていないようで、少女は友だちもいませんでした。ある時、人さらいに遭いそうになった少女は必死に人さらいから逃げました。ぼろぼろになった少女の姿を見かけて、死にかけた人を捨てるためにあるような寺院にいるとある尼僧が少女を拾いました。少女は寺院で人々の最期

          ボーダー

          『ボーダー』  地平線のどこまでもを続く引き裂かれた大地があった。底の知れない引き裂かれた谷底には一体なにがいるのか。少年はそんなことを考えながら対岸の太陽のあたたかい日差しに包まれた大地を見ていた。大地と同じくして、空もまた引き裂かれていた。少年の見上げる空は真っ黒で空気は寒くて、あの大きな谷の中央を越えなければ”あちら側”には行けないのだった。毎日毎日、少年は対岸の光を見にいっていた。目で見るだけでも、想像するだけでも、「あたたかい」ということを胸に想っていた。  少年

          心臓が止まるまでは

           『心臓が止まるまでは』  心臓が止まるまでは、彼のすべてを全身全霊で受け止める。  私がたくさん傷つけた人、救ってくれた人、そんな人々の顔が浮かぶ。 「私たち、救ったり救われたりする番になったんだよ、神様に愛されて然るべき存在に、やっとなれたんだよ」  愛の言葉を初めて吐いたと思った。守りたい、守るためなら死にゆくことがあってもそれは生への飛躍に他ならない。  モジリアニという画家と、そんな彼にインスピレーションを与えたジャンヌ・エピュテルヌという名の少女の夫婦がいたと本

          リリィ

           『リリィ』  堪えきれなかった。彼女が美しくなればなるほど、自分の身の程を知るようで。自分という人間が女でありながら女であることに微細な違和感を持ち、だけれどやはり女というアイディンティティは揺らぐことがなかった。女として女が好きだということが受け入れきれない。それなのに、彼女に触れられる”同性のクラスメイト”という立場を捨ててでも本当の自分を彼女に伝えたくてしょうがなかった。期待も不安もなにもかもなく、それはただ衝動でしかなかった。  いつもの帰路、別れるその瞬間、彼女

          火の玉

           母親の受胎の際に火の玉を飲み込んで産まれた女がいた。父親はおらず、母親は女を産んですぐ胎を焼いて死んでしまったという。森の奥深くで老婆に育てられ、やがて少女となった女は身体の中にぐつぐつと煮えたぎる火の玉を胸の中に押し込み、夜な夜な叫んでは獣のように森の中にその声を轟かせた。背の高い樹々、暗い森、闇の中で孤独に生きるには腹の中の火の玉は少女の手に余る代物だった。誰かにこの火を分けることができたなら。毎夜眠れぬこの胸の焼け焦げるような痛みをなくすことができたなら。夢見る少女は

          静かな過換気症候群

          静かな過換気症候群 見せて 綺麗な階段 つまずいて痛む膝に目 足元に広がる池の色は四角い赤 立体に広がる赤 頭蓋を満たす希望の赤 両目を縫って 手のひらに雲母が張り付く

          生きてなんかいねえよ

          剃刀よ お前は歌うな お前は奏でるな お前は無音の中で踊れ 傷痕を眺めてもしくしくと暮れるな お前は弱く孤高であれ 過ぎて行ったものたちに囚われて泣き叫べ 生きてなんかいねえよ もう捨てちまったんだよ 何回拾い上げられて、何度懇願されたことか 捨ててくれ あなたがたが願うように、私にも願いがある 生きてなんかいねえよ 生きてあげようと、咲いてあげようとしている ふりをしているだけなんだ それだけで私の器はもう壊れてしまいそうなんだ 私は弱く孤高でありたい 生きてなんかいねえよ

          生きてなんかいねえよ

          パンドラ

           私の父は鍛冶屋だった。神経症の私を養いながら、仕事に家事にと、働き者で娘の私のために尽くしてくれていた。床に臥せってばかりいる私に、鍛冶場の竃の中には七色に色を変えて燃える特別な炎があると言って、父は火の守をしながら剣の鋳型に真っ赤な鉄を流し込むのだと、時折子どもにおとぎ話をするように聞かせてくれた。一度、私がその七色の竃の火を見てみたいと言うと、父は考え込むようにして押し黙った。  ある日、深夜になっても父が仕事から帰ってこないので、重い身体を引きずって私は父を迎えに職場

          「太った豚より痩せたソクラテスになれ」

           私は無職である。働きたいと最近思いたってアルバイトの応募を何件かしてみて、今は連絡待ちの状態だ。だが、働こうと思って面接を受けて以来、精神的に不安定で鬱々としてしまう。私は外面は以外と明るくて、おしゃべりもそこそこに、人の望む回答を考えて臨機応変に返答を変えられる面接には強いタイプだ。しかし受かってみると段々と同期との差がついてポンコツであることが露呈する。データ蓄積など集中力と単純作業の繰り返しなどには強いが、シングルタスクには強くてもマルチタスクになるとてんでダメで、労

          「太った豚より痩せたソクラテスになれ」