ボーダー

『ボーダー』

 地平線のどこまでもを続く引き裂かれた大地があった。底の知れない引き裂かれた谷底には一体なにがいるのか。少年はそんなことを考えながら対岸の太陽のあたたかい日差しに包まれた大地を見ていた。大地と同じくして、空もまた引き裂かれていた。少年の見上げる空は真っ黒で空気は寒くて、あの大きな谷の中央を越えなければ”あちら側”には行けないのだった。毎日毎日、少年は対岸の光を見にいっていた。目で見るだけでも、想像するだけでも、「あたたかい」ということを胸に想っていた。
 少年は、声を交わしたことのない遠目に見える少女と毎日手を振り合っていた。二人ただ座り込んだり、佇んだり、聴こえない言葉を叫んだり、少年と少女はお互いが”あちら”に行きたいことを感じ取っていた。二人は言葉を交わすことこそなくても、友達なのだと少年は思っていた。
 いつまでこの日々が続くのだろう。少年と少女はもう背丈も伸びて、顔つきも変わって、もう対岸を見ることにも飽きてしまった。そしてやがて、二人は谷底を覗き込むようになった。谷底を覗き込んでは、二人で遠く顔を見合わせる。考えていることはお互い同じだった。
 空が真っ二つに割れた世界でも、谷底から吹く風だけはどちらの岸からも同じだった。少女が谷底を指差した。少年はそれに頷いた。二人一緒ならいいじゃないか。何年も何年も一緒にいた少年と少女の想いは一緒だった。
 谷底へと少年と少女の身体が墜ちていく。どこまで墜ちたら谷底に辿り着くのか。長い長い時間だった。いつの間にか、暗闇の中にきらめくものが見えてくる。それは引力を持ったように少年に近づいてきて、少年もまた、自分に何か引力のようなものが加わっているのを感じた。近づいてきたのは、あの対岸の少女だった。
 二人は出会い、手を握り合った。二人はこの時、お互いの声がないことに気づいた。そして近づいたその顔が、見知ったものであることを思い出した。
 その瞬間、谷底に二人はたどり着いた。深い深い谷底では、どこまでもどこまでも、業火が燃え広がっている。
 ––––––あたたかい。

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