或る独白

『或る独白』

 道端に落ちていたノートにこんな頁があった。
 『精神が落ち着いていればいるほどおかしなことが出来る。例えばリストカットをした血をグラスに入れてさらにビールを注いで飲んでみたりする。そんなことをするのは”ただの変な人”であって精神に異常を来している人間のする行為ではない。人間ではなくなってしまった時に人間はおかしくなるのだ。「人間ではなくなる」とは何か。わからない、わからないが、人間ではなくなる時がある。自分の中の天体が崩れる。星が消える。神が見えなくなる。
 私の命も、私の身体も、私の精神も私のものだ。口出しなど許さない。私が私を傷つけようと、私が他者を助けようと、それは”私の意思”であって、つまり私が私の生に向かっている行為に他ならない。たとえ命を断とうとも。私に生きろと言うな、私に生きろと言っていい人間は私が決める。私を死なせる人間は私が決める。私の声を奪うな。私の生を奪うな。他者への収奪が悪の所業だということに異を唱える人間はそうそういないだろう。だが、私が私の命を収奪する行為は悪ではなく、生そのものではないか。
 私は個人だ。お前の命もお前のものだ、勝手にしろ。責任を全うしてこそ社会では認められる。だが社会にお前は殺されるべき命だと宣告されている私はどうだ。認められることに抗ってやる。お前たちが許さない行為を、自分自身にのみ銃口を向けて発砲する。私だけの神を再び見つけるために、きれいな顔をした人すべてが唾棄すべき行為と見做す傷を自分につけてやる。恐れるな、お前には関係のないことだから。お前たちを呪わないために、私は私を呪うのだ。こんなに優しいことはないよ』
 ……思わず閉口してしまう。なんだこれは。
 気持ち悪いので、私は躊躇なくこのノートをコンビニの可燃ゴミの箱に入れた。

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