絵とワードの物語 『水底の夢』
ボートの縁から覗き込んだその先に、彼の知らない世界が沈んでいる。
きらきらとひかる宝石に封じ込められたその景色に惹かれて、彼は二日に一回はこの水辺に漕ぎ出してきていた。櫂が水面をかくのすら細心の注意を払って、そこでたくましく生きている皆の邪魔をしないように。
「飽きないね」
空から声が降ってくる。見上げなくても分かる。すうと高度を下げてきたのは、彼にとっては見慣れた一匹のトンビだった。
羽を広げて空をゆったり飛び回りながら、呆れた声で彼に警告する。また怒られるよと。
うなずいた彼はそれでもなお、目を伏せて視線を水面へと落とし、いいんだよと笑った。
「だって、僕の生まれたところなんでしょ」
世界に最後のニンゲンは、その水底に夢を見る。
絵 はしもとあやね ( @enayacomic )
文 ねきの( @nekino_e )
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