岡部えつ

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  • 岡部えつ|エッセイ|Essay

    岡部えつ(小説家)のエッセイです。不定期に更新中。

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    過去に雑誌や作品集などに掲載された短編を、加筆修正して掲載しています。 既刊の単行本一覧はこちら→ https://e-okb.com/

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GIベビー、ベルさんの物語(仮)

序章  アネッタ、麗子、ベル。その人には、三つの名前がある。  彼女が最初に認識した自分の名は、アネッタだった。物心ついてから18歳まで育ったカトリック教会系の児童養護施設で、シスターたちから呼ばれていた洗礼名だ。 「小学校に上がるまで、自分はアネッタだと思ってて、他に名前があるなんて知らなかった」  小学校に入学すると、ランドセルや学用品には「堤麗子」と書かれた。「麗子」は、おそらく彼女の母親がつけた名だ。どんな思いをこめて、どんな状況下で名づけたのか、彼女は誰から

    • ベルさんが、NHKのドキュメンタリー番組に

      ベルさんのお母さん探しの活動が、NHKのドキュメンタリー番組で取り上げられます。 9月17日(日)BS1/ 夜21:50〜夜22:39 BS1スペシャル「FIND MY LIFE〜戦後78年目のGIベビーたち〜」 これまでnoteに2本、関連記事を書いてきたので、詳しくはそれをぜひ読んでいただきたいのですが、わたしは今、GIベビーに関する本を書いています。 昨年の夏、十年来の友人であるベルさんから「お母さんを探してほしい」と頼まれました。 無理だろうと思いながら始めた、

      • 日本随一の歓楽街、新宿と女たちの歴史

        言わずと知れた日本随一の歓楽街、新宿。 ここを舞台にした日本の小説や映画が数知れないのは、この街に、作り手を魅了する何かがあるからでしょう。 かく言うわたしも、かつて『新宿遊女奇譚』という、短編連作を出版しました。 これを世に出してくれた当時の出版社が、のちに大手のKADOKAWAに吸収されたこともあるのか、紙の本は売り切れても増刷なし、デジタル化もされていません。 (ああ、わたしがもっと人気のある小説家であったならば!) 第一話は、江戸時代の宿場町「内藤新宿」を舞台にし

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        • 戦争と女性

          2つのニュース9月に入ってすぐ、二日続けて米兵が起こした事件がニュースサイトに掲載された。 1件目は『「友達の家だと思って入った」 民家侵入の疑いで米兵逮捕 沖縄』 2件目は『「酔っぱらい」米兵、現行犯逮捕 ビルの屋上に侵入容疑 那覇』。 同じ事件の後追い記事かと思って開いて読んでみると、まったく別の事件だった。 どちらも女性や子供のレイプ被害事件ではないとわかり、ほっとする。 悲しいことだが、日本に長らく暮らしていれば、ニュースに「沖縄」と「米兵」の文字が並ぶと、レ

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          『沈黙は共犯 闘う医師』を観た - ムクウェゲ医師の言葉とフェミニズム

           NHKのドキュメンタリー番組『こころの時代〜宗教・人生〜』の『アフリカの思想にふれる (1)「沈黙は共犯 闘う医師」』を観た。  アフリカのコンゴ共和国の紛争地域で、性暴力の被害に遭った女性たちの治療を続けている医師、デニ・ムクウェゲさんを扱った番組である。彼は、コンゴでは人、家族、コミュニティーを一気に破壊する"兵器"として、レイプが組織的に行われていると、世界に訴え続けてもいる。 性欲の捌け口ではなく、兵器として。  ぞっとする言葉だが、まさかとも思わない。レイプは暴力

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          掌編小説 『嫁入り人形』 (アンソロジー収録作品)

           仲のよい姉妹がおりました。二人には、末子の妹のように可愛がっている、市松人形がありました。  家は貧しく、姉妹は着物もお菓子もおもちゃも、分けあって使います。人形も、姉が髪を梳いてやれば、妹がおべべを着替えさす。妹が歌を歌ってやれば、姉が絵本を読んでやる。そうやって、仲良く世話をしておりました。二人には、人形が笑ったり泣いたりする声が、ちゃんと聞こえていたのです。  あるとき、母親が二人を呼んで、市松人形を売らねばならなくなったと告げました。古いものですが、たいそう値打ち

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          GIベビー、ベルさんの戦争が終わるときー天涯孤独に生きてきた“混血孤児”が、73歳にして最後の肉親探しの旅に出る……

          2023年12月に出版が決まったノンフィクション 『GIベビー、ベルさんの物語(仮題)』の 序章と第一章を、特別無料公開中です! ⇣⇣⇣⇣⇣ 孤児院での約束ベルさんは、物心ついたときには横浜の児童養護施設にいた。 1949年生まれの彼女は、連合国軍占領下の日本でアメリカ軍兵士と日本人女性の間に生まれた、いわゆるGIベビーだ。中でも、こうして施設に預けられた子供たちは「混血孤児」とも呼ばれた。 彼女の最初の強い記憶は、横浜から北海道へ移動する、列車での長旅だ。 施設のシスタ

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          短編小説・怪談 『奇木の森』 (アンソロジー収録作品)

           呆れ返る部屋だった。天井近くにお札や御幣が乱雑に乗った神棚があるかと思えば、その下の白壁には風呂敷大の曼荼羅図が掛かり、部屋に置かれた唯一の家具である飴色の水屋の上には、瀬戸物のマリア像とサイババのフォトフレームが仲良く並んでいるのだ。そのひきだしを開ければ、コーランが出てくるに違いない。  そしてそれらすべてを凌駕するのが、目の前にいるここの主だった。  霊媒師だというから、白い着物に緋色の長袴、首から大きな数珠でも下げて呪いのひとつも唱えるのかと思ったら、破れ襖から足踏

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          掌編小説(雑誌掲載作品)『夜光泉』

          「この島、夜光虫がいるんですって。見に行きませんか」  そう言い出したのは、北海道から来たという女子大生のアミだった。断ろうとしたが、その前に彰が「いいね」と返事をしてしまった。  宿の中庭で、たまたま同宿した客たちで始めた宴会は、夜半を過ぎ酒も尽きて、解散の頃合いだった。わたしは早く部屋に戻って二人きりになりたいのに、彰はいつもこうだ。若い女に色目を使われると、恋人のことなど忘れてしまう。むっとして黙っていると、 「俺も行くわ」  先ほどまで鼾をかいていた小太りの男が、ベン

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          妖怪"誤解"。口癖は「誤解させてすみません」

          先日、小学校3年生の姪を連れて、『水木しげるの妖怪 百鬼夜行展 』に行ってきた。幼い頃から鬼や閻魔大王が大好きな彼女は、最近妖怪にも興味を持ち始めているのだ。 わたし自身はその年の頃、アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の第2シリーズをリアルタイムで観ていた世代で、アッコちゃんやサリーちゃんと同列に捉えていた妖怪を、好きか嫌いかで考えたことはなかった。 妖怪にあらためて興味を持ったのは、おそらく1991年にNHKで放送されたドラマ『のんのんばあとオレ』だと思う。この年の誕生日、友人にね

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          アンビエントな夜

          荻窪ベルベットサンの、火曜日BARへ行く。 あっついあっついと言いながら入ると、先に来ていた友人二人と店長H氏が迎え入れてくれる。 この日はベーシストO氏が月に一度催している企画の日で、ステージには難しそうな機材とエレキベースが置かれ、抑え気味に氏の音楽が流れていた。 心地よいその音楽はアンビエント・ミュージックというもので、わたしはまったく詳しくないのだが、辞書を引くとブライアン・イーノが始めた環境音楽とある。 音楽知識の浅いわたしがブライアン・イーノの名を知ったのは確か

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          短編小説(雑誌掲載作品)『紅筋の宿』

          1 過ち 梅雨明けの炎天下、寂しい田舎道を男が歩いている。薄紫のポロシャツにジーンズ、黒革のショルダーバッグを斜にかけた姿は颯爽としているが、山に囲まれ一向に変わらぬ景色の中を、数歩行っては立ち止まり、黒いキャップをかぶった頭をきょろきょろとさせているのは、道を誤ったのである。  男は集落のとっかかりにある神社の境内まで来ると、由来板をざっと読んでから、その脇にある大石に腰を下ろした。胸ポケットから携帯電話を取り出して、午後4時を回っていることを知るが、予約した旅館に電話をし

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          短編小説(雑誌掲載作品)『アカシアの血』

          1 山犬「野焼きのときには犬を放すな。焼け死んだ蛇を食らうと、狂って山犬になる」  わたしが十五の歳まで暮らした故郷の村には、そんな言い伝えがあった。だからなのか、ちょっと頭のネジが緩んだ者などが「蛇食い」「山犬」と呼ばれ、蔑まれた。  わたしの叔母もその一人で、村の女たちから、山犬、犬畜生と陰で呼ばれて嫌われていた。賢くてしっかりした女だったので、なぜそんなふうに言われるのか、幼い頃のわたしにはわからなかったが、あるとき、近所に住む後家の志野が「あの女は、おシモのネジが緩ん

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          新宿午後八時

          新宿に、20年近いつき合いになる馴染みの店がある。 まん延防止とかのせいで、17時開店だというのでその時間に行ってみると、案の定、客はわたし一人だった。 「まったく、夜8時からウイルスが出てくるってわけじゃないのに、愚策だよねえ」 座るなり御上(おかみ)をくさすと、 「でもね、お客さんも歳をとってきたせいか、17時オープンのほうが嬉しいって人も結構いるから」 店主はにこにこしている。 しかし結局他に客は来ないまま、以前なら飲み始める頃に、そろそろ店じまいという時間になった。

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          Fire Waltz --- スガダイロートリオ+東保光 at アケタの店

           彼の演奏は、上澄みの清らかな水面を見せてしんとしているわたしの、底を叩いて水を濁らせる。その挑発に揺さぶられ、もがいて自ら溜まった泥を掘り返すうち、キラキラ舞い光る砂粒の中から、重要な宝物を見つけ出すことがある。  そんなスガダイローのライブは、わたしにとって、気軽に行って聴いて飲んで酔って陽気に楽しめばいい、というわけにはいかないものだ。へこたれて干涸らびた状態で底を叩かれたら、ひび割れて壊れてしまう。  だからここ最近、彼の演奏を聴けなかった。新型コロナウイルスも含めて

          Fire Waltz --- スガダイロートリオ+東保光 at アケタの店

           いつの頃からか、季節とは、これまでの時間を五感から想起させるノスタルジアのことではないかと思うようになった。  きっかけは、以前から夏になると現れる、心が過去の夏に紛れ込んでいく感覚、その、何万本という花の重石に圧迫されているがごとき息苦しさと官能を、何と表現すればいいのかと考えたことだ。ふと、それこそが季節というものではないかと思いついた。一旦思ったらもう、そうとしか考えられなくなった。  以来、風の匂い、空気の肌触り、風景、音、気配、そうしたものから過去を思い起こし、掻