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岡部えつ|エッセイ|Essay

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小説が仕事になってからも、趣味はずっと「書くこと」です。
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記事一覧

【essay】デタラメと良心とドラマ『グッド・ファイト』

昨年(2024年)から話題の、兵庫県知事問題。一度失職した斎藤元彦氏が出直しの知事戦で再選を果たしたとき、真っ先に思い出したのはアメリカのドラマ『グッド・ファイト』の冒頭シーンだった。 主人公ダイアンが、薄暗い自室で呆然とTVモニターを見つめている。映っているのは、第45代ドナルド・トランプ大統領就任式(2017年)だ。 民主党シンパであり熱烈なヒラリー支持者でもある彼女は、その日アメリカに初の女性大統領が生まれると信じて疑っていなかった(実際このドラマは、ヒラリー政権誕

[essay]性的同意と『プライマ・フェイシィ』

「性的同意」についてSNS上で議論になっていたのでチェックしてみると、いまだに「男の部屋に入った女はセックスに同意しているか否か」をやっていて、げんなり。 先日、一本の映画を観た。National Theatre Live の『プライマ・フェイシィ』である。National Theatre Liveとは、映画で観られる英国国立劇場厳選の傑作舞台で、わたしは今までに『フランケンシュタイン』『ハムレット』『欲望という名の電車』『夏の夜の夢』『戦火の馬』などを観てきた。ちょっとチ

[essay]割れたマグカップと心の黒いモノ

夜に洗い物をしていて、愛用のマグカップを割ってしまった。水切りして脇に伏せてあったのを、うっかり床に落としてしまったのだ。 手が当たった瞬間、「まずい」と思った。吸い込まれるようなスローモーションで、“お気に入り”が遠ざかっていくのを見た。そして、嫌な鈍い音を聞いた。自分の胃の辺りから響いてきたような気がした。 カップは決して高価ではない美濃焼で、何の気なしに覗いた近所の雑貨店で見つけ、ティファニーブルーのような美しい色に惹かれて自分用に買ったものだった。ところが最初のコ

[essay]記憶と事実とベルさんと

ベルさんから電話がかかってきた。 「思い出したの。あたしあの戸籍謄本、自分で取ったんだわ。お母さんのことを調べたくてA原先生に相談したら、僕がやってやるからって紙に書いてくれて、それを区役所の人に見せて、自分で取ったの」 ベルさんはいつも、いきなり本題を話し出す。言っているのは、今年出版した『母をさがす———GIベビー、ベルさんの戦後』のそもそものきっかけである、彼女の家にしまいこまれていた戸籍謄本のことだった。 「でもベルさんは最初、どうしてこれが家にあるのか覚えてな

[essay]旅と死と音楽と

広島と久留米を、3泊4日かけて旅した。大好きなピアニスト、スガダイロー氏のライブツアーに乗じての旅であり、広島に住む旧友に会う旅でもあった。 一日目 広島 新幹線の改札前で友人と再会すると、さっそく彼女が最近購入した新居へ連れて行ってもらった。静かな住宅街の奥まった場所に建つ二階建て。羨ましいことに、二階の一室が書庫となっていた。ドキュメンタリー映像作家の彼女と大学教授の夫という夫婦なので、書物の量は半端ない。ドアを開けると古書店の匂いがぷんとして、思わず深呼吸した。

[essay]妻と愛人が共感に向かう小説をどうして書いたのか

数年前に妻子がいながら年若い女優と不倫をし非難を浴びた男優が、SNSで話題になっているのが目に留まった。スキャンダルが原因で離婚したあと独身だった彼が、再婚することを発表したらしい。流れてくるのは主に、彼に対する批判的な内容だった。 芸能ゴシップにはあまり触れたいと思わないわたしだが、当時、彼の不倫騒動の記事は比較的よく読んだ。なぜなら、たまたまそのとき雑誌『レタスクラブ』で不倫をテーマにした小説『気がつけば地獄』を連載していたからだ。 書き始めた頃、昨今の不倫についてリ

[essay]旅と新幹線と戦争と

ここ数日、旅の準備をしている。来月九州へ行くのだが、最近は滅多に旅行しない生活をしているので、要領よくぱぱっとできずに何日もかけてしまっているのだ。 何に時間を食われているかというと、新幹線である。航空会社のタイムセールチケットの倍に近い費用をかけて、わたしは久留米まで新幹線で行く。新幹線が好きなのである。 はじめて新幹線に乗ったのは生後7、8か月の夏、大阪で生まれたわたしを連れて、母が群馬の片品村へ里帰りしたときだ。新幹線はわたしの誕生より2か月早く、東京オリンピックに

[essay]台風とお米と戦争と

昨日はもの凄い台風が来ると言うので身構えていたが、東京は直撃を免れて拍子抜けしてしまった。一日家にいられる状況だったので、贅沢なことを言っている。 一転、今日は快晴の酷暑だと予報を見て、涼しいうちにと朝一番でスーパーマーケットに走った。米を買うためである。昨日は売り切れており、代わりに蕎麦と切り餅を買って帰ったものの、やはり一日一食はご飯を食べたい。 ところが着いてみると、今朝も米の棚は空っぽだった。徒歩圏内にはあと3軒スーパーがあるが、外はすでに30度超えでとても回る気

[essay]小学生に刺激されて、インスタで、自著を朗読

首都高を走る車の後部座席で、隣に座っていた姪がスマホを車窓の外に向けて撮影し始めた。 小学四年生の彼女は、最近インスタグラムのアカウントを持った。正確には親がとってくれたアカウントを使っている形で、プロフィールにも父親が「わたしの娘が一緒に投稿してます」というような一文を載せて子供狙いの変態野郎どもからきっちりプロテクトしている。 そんなアカウントでも、以前から動画投稿をやりたがっていた姪は嬉しそうだ。フォローしてと言われて、互いにフォローし合った。 「X」のコピペをた

[essay]『怖いトモダチ』に出会ってしまったら

社会生活に支障をきたす"性格"刊行早々にTBS『王様のブランチ』に取り上げてもらったこともあり(→そのときの様子はこちら)、重版も決まって嬉しいスタートとなった新刊『怖いトモダチ』(KADOKAWA)。この作品のモチーフである「自己愛性パーソナリティ障害」にまつわることを、小説から引用しながら書いてみようと思う。 自己愛性パーソナリティ障害は、いくつかあるパーソナリティ障害のうちのひとつだ。ではそもそも「パーソナリティ障害」とはなんぞや? 人の性格は、ひと言では表せない複

[essay]ハロウィーンと銃事件

ハロウィーン・ヒステリー 渋谷のハロウィーンは、今や日本だけでなく世界的にも有名で、外国からも多くの人がやって来るらしい。 わたしは一度も参加したことはないし、その日に渋谷に行きたいと思ったこともないが、毎年報道されるニュースを通して、その暴力的とも言えるカオスの状況は知っている。主に地方からの若者や外国人観光客らが仮装して群れ歩き、路上で飲酒し、明確な目的もなく馬鹿騒ぎをする。あとには大量のゴミが散乱して残され、翌日の早朝に渋谷区民のボランティアが掃除するニュースも風物

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日本随一の歓楽街、新宿と女たちの歴史

言わずと知れた日本随一の歓楽街、新宿。 ここを舞台にした日本の小説や映画が数知れないのは、この街に、作り手を魅了する何かがあるからでしょう。 かく言うわたしも、かつて『新宿遊女奇譚』という、短編連作を出版しました。 これを世に出してくれた当時の出版社が、のちに大手のKADOKAWAに吸収されたこともあるのか、紙の本は売り切れても増刷なし、デジタル化もされていません。 (ああ、わたしがもっと人気のある小説家であったならば!) 第一話は、江戸時代の宿場町「内藤新宿」を舞台にし

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戦争と女性

2つのニュース9月に入ってすぐ、二日続けて米兵が起こした事件がニュースサイトに掲載された。 1件目は『「友達の家だと思って入った」 民家侵入の疑いで米兵逮捕 沖縄』 2件目は『「酔っぱらい」米兵、現行犯逮捕 ビルの屋上に侵入容疑 那覇』。 同じ事件の後追い記事かと思って開いて読んでみると、まったく別の事件だった。 どちらも女性や子供のレイプ被害事件ではないとわかり、ほっとする。 悲しいことだが、日本に長らく暮らしていれば、ニュースに「沖縄」と「米兵」の文字が並ぶと、レ

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『沈黙は共犯 闘う医師』を観た - ムクウェゲ医師の言葉とフェミニズム

 NHKのドキュメンタリー番組『こころの時代〜宗教・人生〜』の『アフリカの思想にふれる (1)「沈黙は共犯 闘う医師」』を観た。  アフリカのコンゴ共和国の紛争地域で、性暴力の被害に遭った女性たちの治療を続けている医師、デニ・ムクウェゲさんを扱った番組である。彼は、コンゴでは人、家族、コミュニティーを一気に破壊する"兵器"として、レイプが組織的に行われていると、世界に訴え続けてもいる。 性欲の捌け口ではなく、兵器として。  ぞっとする言葉だが、まさかとも思わない。レイプは暴力

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