スパイの妻 劇場版
日常に潜む違和感とか狂気みたいなものを独特の視点で描いて来た黒沢清監督がNHK BSのドラマとして制作したものをリメイクした劇場版。第77回ヴェネチア国際映画祭で最優秀監督賞である銀獅子賞を受賞した『スパイの妻 劇場版』の感想です。
太平洋戦争間近の神戸で貿易会社を営む福原優作(高橋一生)が、旅行先の満州で日本政府が秘密裏に行なっていたある計画を知ってしまい、妻の聡子(蒼井優)と共にアメリカに渡りその国家機密を暴こうとするという(こうやって書くとますます)黒沢清監督っぽくない話なんですが、スパイアクションというだけでなく、夫の考えを信じてついて行く妻の思いとか、憲兵の奏治(東出昌大)と聡子の関係とか、かなりメロドラマ要素が強いんです。つまり、これまでの黒沢作品の様な事件や何かのエピソードの裏で描かれる恋愛ではなくて、恋愛というのがストーリーを動かすメインの部分に置かれていて(恋愛がメインというと、黒澤作品では海外資本で撮った『ダゲレオタイプの女』とか『岸辺の旅』とかありましたが、それらでさえ"幽霊"とか"変質行為"とかいかにも黒沢清っていうテーマの中での恋愛でしたからね。)、もともとはNHK BSのテレビドラマとして作られたものなので(この前に観た深田晃司監督の『本気のしるし 劇場版』もテレビドラマの劇場版で、こちらもカンヌ映画祭のオフィシャルセレクションに選ばれてますね。テレビドラマからの劇場版で面白いの多いですね。最近。『本気のしるし』はポッドキャスト版で取り上げましたのでお楽しみに。)そのせいかな(ちょっと朝ドラっぽいノリがあるんですよね。)とも思ったんですが、これ、脚本が『ハッピーアワー』の濱口竜介監督と野原位さんのコンビなんですよね。映画観終わったあとに知ったんですが、それで納得しました。濱口監督の前作『寝ても覚めても』も、なんとも言えない不穏なメロドラマでしたからね。
僕はこの手の不穏な演出をする監督が撮ったメロドラマとかホームドラマが好きだということが最近分かったんですが(この辺の話は『本気のしるし』のポッドキャスト版でもう少し詳しく語ってます。)、その先駆的な作品が黒沢清監督の『トーキョウソナタ』だと思っていて、ただ、『トーキョウソナタ』はホームドラマではあっても、家族というものをもっとクールに描いていて、そこに人間的なパッションはないんですね(なんなら、ホームドラマなのに人間同士の関係が希薄なのが面白さだったわけです。黒澤清監督の映画では恋愛や友情に熱さはなく、犯罪者心理とか変質行為の方に熱さがあるものなので。)。なので、『ハッピーアワー』で普通の女性の日常のヤバさを、『寝ても覚めても』で恋愛のヤバさを描いた濱口監督が、恋愛そのものの狂気性みたいなものを(その熱さのままに)黒澤監督に撮らせたかったんじゃないでしょうかね。だから、今回の『スパイの妻』は、今までの黒澤映画が裏に潜ませていた"ヤバさ"がそのまま画面に映っちゃってる様で、なんていうか(プリミティブって言うんでしょうか。)、もの凄い映画的だったんですよね。
で、その"映画的ヤバさ"を表現出来る人っていうのがたぶんこの人しかいなかったんだろうなと妙に納得してしまったのが聡子役の蒼井優さんなんですが。あの、これまでの黒澤映画というのは虚構というのが物語の基本にあって、それを現実として描くという構成になってたと思うんですね(で、映画を観てるうちにその現実が虚構に凌駕されていくというのがカタルシスになってたんです。)。でも、今回の場合(歴史モノというのもあるし恋愛モノというのもあって)、このバランスが逆転してると思うんですね。つまり、とても現実的な話を思いっきり虚構として描くってことをしてるんですが、その虚構の大部分を担ってるのが蒼井優さんの演技なんじゃなんです。現実を虚構として描こうとして監督が何をしたのかというと、劇中の時代ら辺に作られた様ないかにも日本映画的な演技を俳優の人たちにさせていて、要するに当時の日本人を映画の中の登場人物という虚構として描いているんですよね。この虚構を虚構でコーティングするみたいなやり方がより女優・蒼井優っていう現実の人間を浮かびあがらせることになってるんですけど、そのバランスの取り方っていうか崩し方が絶妙で、これまでの現実的なストーリーの中から虚構が顔を覗かせることによって出ていた黒沢清的不穏さに変わるものになっていると思うんです。蒼井優さんの絶妙な虚構性というのが(もちろん夫役の高橋一生さんも凄く良かったんですが、高橋一生さんの場合は虚構性というよりも、その優男ぶりというか、この人ほんとにイケメンで優しくて良い人っていうのを嫌味じゃなく見せてるところが凄かったですね。この話にとって凄く重要なポイントだと思うんで。そして、僕らの東出くんは相変わらずそこにいるだけでとても不穏でした。)。
なので、今回は(いつもと逆で)現実が虚構を凌駕していく話なのかなと思って観てたんですが、さすが黒澤映画と言いますか(何度か現実というか、現状の日本を示唆する様なシーンというのが出て来るんですけど、その度に更なる虚構がそれを抑え込んで来るんです。蒼井優さんが笹野高史さんに「じつは私は狂ってないんです。でも、この日本で狂ってないということ自体が狂っているってことなんでしょうね。」と語るところなどですね。)、恐らく監督は映画というのは虚構だから面白いと思っているんじゃないかと思うんですよね。今回、もともと虚構性のある設定で始まって、そこからどんどん虚構が暴走して行くって感じになっていて(そのマシマシな感じがめちゃくちゃ面白いんですけど。)、どうやってオチつけるのかと思っていたら
、その暴走させた虚構性のまま蒼井優さんに見栄を切らせるっていう。ああ、もう、この理不尽さとか不平等さに本人が納得してるなら仕方ないじゃんというか、虚構を虚構で押し切ることでそこにほんの少しだけ現実の理不尽さが見えてくる様になっていて(これ、演出とか脚本のつじつま合わせを蒼井優さんひとりに丸投げすることで、この映画が裏で描いてる"女性に対する理不尽な社会構造"というのを表してる様にも感じるんですけど、考え過ぎでしょうかね。)、その黒澤映画的エンタメっぷりがとても刺激的でした。とにかく、映画の虚構性というのを存分に見せてくれるとても面白いメロドラマでしたね(あと、個人的には、黒澤監督、濱口監督、蒼井優さん、東出くんと好きな人が揃って、それぞれがやりたい放題やってる感じが良かったですね。)。
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