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ラストレター

岩井俊二監督です。監督の映画は『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』とか、『Love Letter』とか、『花とアリス』辺りは観てて割と好きです。『花とアリス』の終盤に蒼井優さんがバレエを踊るシーンがあって、何というか、それまでのストーリーの流れからしたら唐突ではあるんですけど。でも、その唐突さを凌駕する美しさと不穏さみたいなものがあって、そのシーンの為にそこまでのストーリーがあったんじゃないかと思わせる様な計算と、流れ上撮ってみたら思いがけずインパクトのあるシーンになってしまったという偶然性の両方を感じさせる、歪でありながらもだからこそ映画的という素晴らしいシーンだったんです(ポン・ジュノ監督の『母なる証明』の母親が唐突に草むらで踊り出すシーンも大好きなんで、単純に突然人が踊り出すのが好きなだけかもしれませんが。)。で、どうして、この手のシーンが好きなのかというと、それまでの映画の世界観が役者の身体性によって破壊された様な印象を受けるからじゃないかと思うんですね。映画の中の役を超えて演じている役者の身体性の方が勝ってしまうというか。映画だとタカをくくっていたところにふいを衝かれてハッとさせられるっていう(長回しのシーンにも同じことを感じるんですけど、映画っていう創造の世界と自分たちの生きてるリアルな世界が繋がった感じががするんです。)。で、僕はこの、ファンタジー性とリアルさや、純粋さとその中にある闇や、整合性を積み上げた果ての歪さみたいな相反するものが映画の中に混在してるのが岩井俊二映画の面白さだと思っていて(要するに思春期をファンタジーとして描いてる様に見えて、じつは監督の自己破滅的な欲望がちらっと見えるのがが面白いと思っているんです。)、今回の作品はそういうのの集大成なんじゃないかと思うんです。というわけで、岩井俊二監督最新作『ラストレター』の感想です。

えー、でですね。今回、広瀬すず&森七菜っていう、ほんとに(おっさんからしたら)ファンタジーとしか思えない、透明感の権化みたいなふたりを揃えてるわけなんで、当然このふたりを主演にした『花とアリス』的なお話なのかなと思ってたんですが、観たら全然違いました(いや、実際、この2人が出て来るところは『花とアリス』的ではあるんですけどね。)。あの、これ、これだけのふたりを揃えておきながら、完全に福山雅治さんが主人公なんですよね。福山さん演じる乙坂鏡史郎(この人は一応小説家なんですけど、このいかにもペンネームみたいな名前は本名です。)というおっさんが、高校生の頃の恋のトラウマを払拭する為に、別れた恋人のその後を探るっていう、ちょっとほんとに見ようによっては気持悪い話なんですね(だから、今回、ファンタジー要素よりも闇の部分の方が多めに出ちゃってると思うんですけど、それにはある理由があると思っていて。それについてはまた後で話します。ただ、そのせいで岩井俊二監督のダークサイドの面白さがより出てるとは思うんですよ。だって、あの福山雅治がほんとに気持悪いおっさんに見えるんですよ。そう描いてるんですよね。明らかに。)。なので、まず、広瀬すずさんと森七菜さんの話から福山雅治さんへどう繋がるかというのがあって。えー、この3人以外にも、松たか子さんとか神木龍之介さんとか『エヴァンゲリオン』の庵野監督とか中山美穂さんとか豊川悦司さんだったり、キャストの方でも岩井映画の集大成なんですけど、この人の繋がり方がミステリー的と言いますか。「あ、この人とこの人はこういう繋がりなのか。」、で、「この人とこの人は同一人物で。」みたいなのが複雑で、その複雑さがスリリングさになってるんです。だから、言ってみれば、人と人が繋がってるという、そここそが面白いって映画なんです。

では、その繋がりがどうなっているのか。まず、広瀬すずさんが演じる鮎美って子がいて、その鮎美の母親の葬儀のシーンから始まるんです。鮎美の母親は自殺していて。その葬儀に来ていたいとこの颯香っていう子を森七菜さんが演じているんですけど、颯香が鮎美のことを心配して、しばらくそばにいてあげたいということで、ふたりが夏休みを共に過ごすことになるんです。この友達でも姉妹でもないいとこ同士って関係性のひと夏の経験というのがまず新しいなと思ったんですけど、それには理由があって、この子たちはある姉妹の身代わり的な存在なんですね。それが福山雅治さんの元恋人の美咲とその妹の裕里の姉妹なんですけど、この姉妹は鮎美と颯香のそれぞれの母親なんです。で、妹の裕里の方を松たかこさんが演じていて、姉の美咲は広瀬すずさんが二役で演じてるんです。つまり、裕里は現在の姿として出て来るので松たかこさんの年齢になんですけど、美咲は死んでいるので福山雅治さんの回想の中の高校生としてのみ登場するんです(その高校生の美咲も広瀬すずさんが二役で演じているということです。)。で、福山雅治さん演じる鏡史朗(高校時代は神木隆之介さん。)は広瀬すずさん演じる美咲を好きなんですけど、じつは妹の裕里は鏡史朗に恋をしているということで秘めたる三角関係みたいな感じになっているんです(それが松たかこさん視点の時に語られるんですね。)。で、ということは、広瀬すずさん&森七菜さんと福山雅治さんとの関係は母親の元恋人と初恋の人ってことになるんですけど、子供たちからしたら、まぁ、ほぼ知らないおじさんなので、この2組の話は交わらないまま進んで行くことになるんです。で、ここに配役的な関係性っていうのが加味してくることによって、更に岩井俊二ワールドになって行くわけなんです。

えーと、鮎美のいとこの颯香の母親は美咲の妹で松たかこさんなわけですけど、その松たかこさんの高校時代を森七菜さんが演じているんですね。つまり、森七菜さんは松たかこさん演じる裕里の娘の颯香と裕里の高校時代の二役を演じてるんです。広瀬すずさんも鮎美と美咲の高校時代の二役を演じてますけど、美咲は現在パートでは出て来ないのでそっくりな親子ってことで成立してるんです(これが、もちろん親子だから血の繋がりはあるというのを感じさせながらも違う人間ていうのをめちゃくちゃさりげなく演じていて、広瀬すずさん凄いなと思いました。)。なんですけど、森七菜さんの場合は、颯香と裕里の高校時代っていうのの上に更に、実際の松たかこさんの少女時代というのも加わるわけじゃないですか(結構複雑な役柄なのに、森七菜さんの徹頭徹尾普通の子っていう空気感も凄く良かったです。)。で、ここが面白かったんですけど、松たかこさんと森七菜さんは別に顔は似てないんですけど、まず親子だっていう配役上の刷り込みがあるわけです。だから、松たかこさんの高校時代っていうパートが始まって森七菜さんが出て来ると「ああ、この子が松たかこさんの子供時代なんだ。やっぱり親子だからそっくりだな。」って反射的に思うんですよ。で、そこに笑い方とか手振りなんかのクセの部分を演出として似させていて、更にサバサバしてるけど肝心なところでいまいち強く出れないみたいな性格的にダメなところを踏襲させているんです。そうすると「ああ、こういうところは大人になっても変わらないんだなぁ。」って感じで、観ているこちら側がそのキャラクターを子供の頃から知ってる様な気分になってくるんです(つまり、愛着が湧くんです。)。福山さんと神木くんも顔は似てないんですけど、そういう性格の部分が踏襲されていて、そうすると福山雅治さんほんとにダメな中年男なんですけど、そのダメさに愛着を感じてしまうということになるんですよね。

えー、なので、広瀬すずさんと森七菜さんの夏休みと福山雅治さんと松たかこさんの再開を描く現在パートと、その高校時代(鏡史郎と美咲と裕里の出会い)を描く過去パートを行ったり来たりするって構成になっている(で、その過去と現在を繋ぐのが手紙なんですけど、とりあえずそれはどうでもいいです。)んですけど、物語上は福山さんと松たかこさんの昔の話なのに、実際には画面に広瀬すずさんと森七菜さんと神木くんが映ってるという、ちょっとパラレルワールド的な感じになるんですよ。で、僕がなぜこの映画を関係性の映画だと言ったかというと、現在パートで、福山さんが広瀬すずさんと森七菜さんに偶然出会うシーンていうのがあるんですけど、そこが完全にこの映画のクライマックスになってるからなんですね。で、これって『花とアリス』の蒼井優さんのバレエのシーン同様、広瀬さんと森七菜さんの身体性ありきのシーンなんですよ。普通に考えたらいくら親子とは言え街で偶然見掛けた女の子が自分と関係あるとは思わないですよね。でも、それまでの過去パートをパラレルワールドの様に見せられて、その上でふたりが並んで立ってるのを見たらそういう奇跡もあるかもな。いや、あって欲しいと思ってしまうんです。だから、これは完全に映画的演出(しかも、結構な力技)でそう思わされているだけなんですけど、奇跡を見てるみたいな気分(というか映画的なお約束を超越した気持ち良さっていうんですかね。)になるわけなんです。あの、昔、『ドラえもん』の映画を観に行ったら同時上映でやってる『21エモン』とあるシーンで繋がるっていうのがあったんですね(ドラえもんとのび太がタイムマシーンで過去に行こうとして間違えて21エモンのいる未来に行ってしまうというシーンだったと思うんですけど。)。あの感じです。ふたつの虚構が繋がることによって作品世界の一部が破堤して妙なリアルさを持ってしまうというか。この破壊的な感覚が僕が岩井映画で好きなところなんですよね。

で、今回、このリアルとフィクションが混在するところっていうのが他にもあって、例えば、中山美保さんと豊川悦司さんのコンビは『Love Letter』の主演のふたりだし、松たかこさんは『四月物語』の主人公だったり(この2組のその後を描いてるんだとしたら、ファンタジーで閉じた物語をリアルに変換しようという意思を感じますよね。)。で、一番それを感じたのは、今回、岩井監督の故郷の宮城でロケがされてるんですけど、そこで語る物語が中年男のトラウマ克服っていうのは、恐らく岩井監督自身の話なんでしょうし、この作品で一度過去の作品を清算しようとしてるんじゃないかとも思えてくるんですよね(そして、美しさと同じくらいその反面のいろいろも知っているであろう故郷をよくあれだけ美しく撮れるなと関心しました。女性の描き方もそうなんですけど、"愛する物は完璧に美しく、汚れているのは全て自分自身"ていう岩井俊二イズム。いや、泣けるくらい美しいんですけど、その見返りの闇もちゃんと描かれててとても良かったんですよね。)。

https://last-letter-movie.jp/

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