内緒の話
ありの坊やアーリーは、とってもいいことを思いついた。
そこで、アブラムシのラムのところへ教えに行った。
ラムは、「ええ!」と大きな声を出して驚いた。
アーリーはあわててラムのおちょぼ口をおさえる。
「大きな声出さないで」
「だって、そんなことをしたら、サンが怒るんじゃないかしら?」
ラムはひそひそ声で言うと、心配そうに首を横にふった。
「サンだってたまには休みたいさ」
アーリーもひそひそ声。
「本当にできるなら、すてきね」
ラムは、小さな手をこすりあわせて、目をつむった。
「誰にも言わないで。内緒でやって驚かせるから」
「もちろんよ」
***
アーリーと別れたラムは、テントウムシのサンバを訪ねた。
「ねえ。とってもいいアイデアがあるの」
ラムは、サンバの触角に口をつぼめてあてた。
「あのね…」
サンバは驚いてひっくり返ると足をばたばたした。
「そんなことしたら天地がひっくりかえるぞ!」
「ちょっと静かにしてよ」
ラムは起き上がれなくなったサンバを手伝いながらこそこそ声で言った。
「でも、サンが淋しがるんじゃないかな」
サンバもこそこそ声。
「大丈夫よ。ちゃんと出番があるから」
「みんな喜ぶだろうなあ」
サンバは目をつむってからだを右に左にゆすった。
「誰にも言っちゃだめよ」
「大丈夫だよ」
***
ラムが帰ったあと、サンバは、蝶のアゲハに会いに行った。
「愉快な話を聞きたくないかい」
ひとりで踊るのに飽き飽きしていたアゲハはすぐに飛んできた。
サンバがアゲハの耳につぶやく。
「本当なの?」
大きな声で叫ぶとアゲハはあっちこっちに飛び回った。
「しーっおとなしくしてよ」
サンバはあわててアゲハの羽をつかまえた。
「ムーンはどう思ってるの」
アゲハはこちょこちょ声で言った。
「まだ知らないんだ。でもきっと張り切るさ」
サンバは「絶対言わないでね」とこちょこちょ声で耳打ちすると、帰っていった。
***
サンバの黒い星がついた赤い背中が見えなくなる前に、アゲハは、ツバメのクルリに内緒話をした。
クルリは、コウモリのホーンに、ホーンは、夜鷹のケルンに、ケルンは、月のムーンに…内緒話をした。
ムーンは胸をドンとたたいて言った。
「任せてくれ。真夏の太陽より明るくするさ」
それから、穴ぼこだらけのほっぺをきゅっとあげてニッと笑った。
「とってもいいことを思いついたよ。アーリーには内緒だぞ」
ムーンから内緒話を聞いたケルンはホーンに、ホーンはクルリに、クルリはアゲハに、それからそれから……。
***
さあさあ、今夜は特別な夜。
ラムとサンバとアゲハは、アーリーの頭にホタルブクロをかぶせて目隠して手をひいて歩いていく。
「いったいどこへ行くの?」
「とってもいいところ!」
目隠しなんてしなくても夜空には月はおろか星ひとつなく墨壺の中にいるみたい。
「せえの」
ラムとサンバとアゲハがぱっとホタルブクロを取ると、アーリーはわあっと歓声をあげた。
ゲルみたいな形のテントは、公園がいくつも入る位広くて、天上がかすむほど高くて、いちばんてっぺんにムーンがミラーボールみたいに輝いていた。
「レッディィイイイイイス!、エーーーーンド ジェントルメ―ン!」
ホーンが甲高い声で叫ぶと、埋め尽くす虫という虫、鳥という鳥、動物という動物が、一斉に「レッツゴー!ムーンライト・カーニバル!」と声を揃えた。
トップバッターは、ラム率いるアブラムシの綱渡り。花の蜜をたっぷり塗ったロープの上を綱渡りするけど、じっくり味わうから中々進まない。渡り切る頃には、テニスボールみたいに真ん丸になって観客席へ落っこちる。観客たちは大喜びで、ぽよぽよのおなかを触ろうとするから、あっちこっちで緑色のアブラムシ・ボールがポーンポーンと観客席の上を転がっていく。
アゲハは片思い中のトンボのヤンマと空中ブランコにチャレンジ。黒いドレスのアゲハと黒い細身のタキシードを着たヤンマを見て、皆「お似合いだね」と隣の席の人に耳打ちする。アゲハの乗ったブランコが、テントのてっぺんに届くほど高く上がる。アゲハは、すっと羽をたたんで目をつむり、ヤンマの胸に真っ逆さま。しっかり抱きとめたヤンマにやんややんやの大喝采。くるくるダンスを踊りながら、暗幕の影に消えていくふたりを見送るあたたかな拍手、ケルンが、ピーウと口笛を吹いた。
サーカスは三日三晩続き、さまざまな曲芸を披露する虫たち、鳥たち、動物たち。でも、アーリーとサンの出番は一度もなかった。
いよいよカーニバルのクライマックス、サンバがジャアンとシンバルを叩いた。
恥ずかしそうに舞台にあがったのは、アーリー。
小さな手をこすりあわせると、虹色のステッキが現れた。手拍子にあわせて、ステップを踏みながらステッキを回すと小さな虹が現れてステージから転がりだす。皆、虹を捕まえて首にかけたり、頭にかぶって、飛び跳ねたり、足を踏み鳴らしたりした。
最後にアーリーは、ステッキを逆さにしてトン!と床につけると思い切り、天上へ放り投げた。ステッキは銀色に輝きながら虹を引いて飛んでいき、テントを突き破って夜空に突き刺さった。すると、真っ黒なカーテンがスルスルスルーっと上がって一筋の光が差しこむ。
顔を出したのは、ほっぺを膨らませた曙色のサン。
「もう! 待ちくたびれたよ。さあさあ、サーカスはもうおしまい」
朝日を浴びながら、みんな大満足で家路につく。
「素晴らしかったわ」とラム。
「うん。でも、内緒って言ったのにな」とアーリー。
「わたしも」
「ぼくもさ」
皆一斉に、大きな声で笑いました。
(おしまい)
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