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ルポ・図書館司書~性欲が枯れてない人もいるんだから!~

手取り17万円の激務

図書館司書の朝は早い。
午前9時ぴったりに図書館を開くため、Aさんは毎朝6時30分にベッドを出る。のんびりとはしていられない。自動扉の前で待ち構える常連の老人が、1分でも遅れるとクレームを入れてくるからだ。意地の悪い老人は、腕時計の秒針に目を光らせている。自動扉をこじ開けて、館内に入ってきてしまうことすらあった。油断はならない。

都内P区の図書館に勤めるSさんは22歳の女性だ。千葉県の短大で図書館司書の資格を取得したあと、都内の総合代理店に入社した。

あまり知られていないが、我々が普段利用する図書館は、行政から委託を受けた民間企業が運営を行っていることが多い。たとえば全国を網羅する有名書店チェーンも、一部門として図書館の運営業務を行っている。
複数の企業がひとつの図書館に人を出していることもあるので、同じ館で同じ業務を行っていても給与が違う場合があった。

役職は上から、館長、副館長、リーダー、サブリーダーと序列化されており、その下でパート職員が働いていた。Sさんの勤める図書館は分館なので、総勢13名ですべての業務を行っていた。
入社2年目、サブリーダーであるSさんの手取りは17万円。家賃補助などは一切なかった。決して高いとは言えない給与だが、大好きな本に関われるのが、なにより嬉しかった。

主な業務は受付対応と配架作業で、だいたい一時間半ごとにこれを繰り返した。
正社員であるSさんは、パート職員が受付にいるあいだ、来館者増加のための企画立案も行った。児童担当という役割があるので、七夕会や読み聞かせ会などの企画・運営が主だった。人を集めるのは難しかったが、子どもたちに本の面白さを伝える仕事は、とてもやりがいがあった。読み聞かせをした子どもが図書館に通ってくれるようになると、言葉では言い表せないほど嬉しかったという。

司書業務は、老人たちとの闘い

一方、苦労をしたのは年配の来館者への対応である。仕事をリタイアした老人は、毎朝早くから図書館を訪れる。もちろん固定席などはないのだが、みんながみんな、毎日同じ席に座りたがった。他の来館者が座っていると、因縁をつけて喧嘩を始めてしまうこともあった。そんな時はSさんの出番だ。言い争う老人たちの仲裁をしなければならない。

「他の来館者の新聞をめくる音がうるさいと文句を言われることはしょっちゅうでした」
みんな異常なほど、音には敏感だった。
それでも、そういったクレームが大きな問題に発生することは少ないという。
「一番気を遣うのは、個人情報の取り扱いですね」
Sさんは断言した。

貸出履歴のせいで離婚に発展!?

「いつも、そろってご来館されるご夫婦がらっしゃいました。ある日、旦那さんがおひとりでご来館されたんです。珍しいなと思っていると、離婚に関する書籍を借りて帰られて……。職員同士で噂話をしていたところ、まわりまわって奥様の耳に入ってしまったことがありました」

「所詮は借りた本の情報だからといって、馬鹿にはできません」
Sさんは、少し語気を強めた。
図書館では、地域に密着した施設ならではのトラブルが起こり得るのだ。

全身にタトゥーを入れた男性が図書館にやって来たこともあった。差し出された本を見ると、すべての書籍に「ヤクザ」というキーワードが入っている。緊張感が走ったが、Sさんは平静を装って受付業務を行った。
貸出履歴は、その人を映す鏡だ。余計な詮索は無用なのである。

性欲が枯れてない人もいるんだから!

「次に気をつけないといけないのが、身だしなみ、言葉遣いですね。気を抜くとクレームにつながりますので」
Sさんは背筋を伸ばした。

図書館には月に2回、完全閉館日があった。そのうちの1日はミーティング日に設定されている。この日に限って、いつもはシャツにエプロン姿の職員たちも、私服で業務に就くことが許されていた。
Sさんは、肩に薄いレースがあしらわれたワンピースを着て出勤した。しばらくすると、副館長の女性が血相を変えて飛んできた。
「性欲が枯れてない人もいるんだから、気を付けてちょうだい!」
Sさんは思わず苦笑してしまった。

「司書のあいだは、髪を染めることも、ネイルをすることも、スカートを履くことすらできませんでした。許容のラインは、館長の趣味嗜好によって変わります」
そう言うとSさんは、「学校みたいですよね」と零した。

「見てください。いまはバッチリ」
人間関係に悩んだSさんは、ついに図書館を退職したという。
綺麗に手入れをされたネイルを私に見せると、にこやかにほほ笑んだ。
いまはイベント企画会社で受付をしている。

「受付という点では共通しいますね」
Sさんはゆっくりと紅茶に口をつけた。(円)


北山:1994年生まれ。ライター。「文春オンライン」、「幻冬舎plus」などに寄稿。文系院卒。世の中で一番尊い出版社は河出書房新社だと思っているが、まだ依頼はない。署名は(円)。

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