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【コラム】自分のことは自分が一番知っている?→解明と説明をします #022



■「自分のことは自分ではよくわからない」・・・・は本当か?


よく聞くセリフ「自分のことは自分ではよくわからない」に、多くの人が曖昧に頷く。「そうかもな」と思えてしまう。

この理由は、自分で自分のことをフィードバックしたり知ろうとした経験が少なく、そのため、自分ではよくわかっていない自分を人から指摘されたことの驚きによって気がつくからだ。

自分の姿は鏡を見ないとわからないが、人はずっと見ている。だからわかる・・・という最もらしい理由が正しいように思える。

だが実際そんなことはない。
人が見ているのはその人のフィルターによる自分だし。わざわざ指摘する内容は「あまりにも気が付いていないから言っておこう」というものだ。
「もしかして」とか「思い込みかもしれない」という確証ないものを伝えることはしない。他の誰かも思っているようなことで、本人に意識がないことを指摘したときに自分のことは自分ではよくわからないと思ってしまうだけのことだ。


■自分とは何者で、そのことを自分で知っているのか?


他人と比較すると、自分は自分のことを知っている。
他人が見えていない自分しか知らないことは無数にある。頭の中で考えたこと、心で感じたことで誰にも話していないことを一番知っているのは自分だ。ただ普通にしていても「自分が自分を知っている量」は「他人が自分を知っている量」より多い

その証拠に「家族が自分のことを正しくわかってくれない」と思うことが誰にでもあるだろう。多いか少ないかは別として、つまり他人は自分のことをあまりよくわかっていない。

だが、では、
実際じゃあ自分で自分のことをどのくらい知っているんだ?
となると話は違ってくる。

もし自分自身のことを完璧に知ることができるとして、それを100点だとしよう。なら、今現在わかっている自分とは2点や3点だ。
「そもそも自分とは何者か?」を考える習慣がない。ごく稀に子供の頃からずっと疑問に持つ人もいるが、それを見極める方法論がない。
方法論のようなものはある。血液・星座占いや診断ツールなどを利用して「当たってる!」と思ったことがある人もいるだろう。それらはただのカテゴリ分けでしかない。自分自身を明らかにしない。

だがそれでも、自分のことは自分が一番よく知っている。
少なくとも、自分のことを今後一番よく知ることができるのは自分しかいない。100点に近づけることができる人は、地球上で自分しか存在しない。
他人はどれほど身近でどれほど愛の関係を築いても100点はおろか、その半分も知ることはできない。


■誰にでもできる一番簡単な方法


自分が何者か?を知るには、アサガオの観察と成長記録を取ることをすればいい。夏休みアサガオの成長を毎日測定するとアサガオの成長のなんたるかがわかる。同じように自分で自分の行為やあり方を記録してフィードバックする

昔から強み発掘のための様々な方法を伝えてきたり、もっと包括的に個性を判断するための方法をたくさん紹介してきた。
別にネットで調べてそれをやってもいい。ある種の診断ツールは組み合わせることで意外に役立つものもある。それらの手段を例えば20種類ほど、5年続ければ誰だって2、3点から60〜70点まで伸ばすことができる。
方法論に頼らなくても日記をつけて定期的にフィードバックしてもいい。

ここでは細かい方法は書かないけども(書くと膨大な量になる)、つまりは

自分の行為行動と成果の関係
能力と成果の関係
感情と出来事の相関性
決めたこと、選んだことのその後
後から考えてあってもなくてもよかった物事

などを目安に、自分に何が起こったか。起こっているか。
何をどうすると、自分の場合どうなるか。その理由は何か。
そういったことを自分で自分のこととして注目して探るだけで、かなり詳しく自分自身を知ることができるようになる。

これまでアサガオのことなど何一つ知らなかったが、毎日観察して記録するだけで多くのことがわかるようになる。
記録したものを一定期間で見返えせばさらに多くのことがわかる。


■過去の行動とその結果は自分ではない


より大事なことがある。
誰も彼もが自分自身に興味関心を持っていない。たとえば1日に何回も鏡を見て自分が今どんな顔をしているかチェックしない。
「自分のことが大好きだ」という自分に興味がある人も、自分が興味を持ちたいところにしか注目していない

自分に無関心な振る舞いを続けていると、例外なく人はこうなる。
【自分がこれまでに成し遂げてきたことや行動が自分である】

成果や実績、フォーカスされたライトアップに相応しい何か。例えば過去の栄光。得意なこと、好きなこと、楽しいこと、優秀なことなど行動の良いところを自分だと判断するようになる。
「俺がやったんだぜ!」と満足度も高いし、人も認めてくれる。これが俺の本質だ!とおもいっきり勘違いするようになる。

アサガオで例えるなら「はじめての朝、花開いたときは美しかったんだぜ!」「そしてそれを今日で4回も毎日できてるんだ!」と言っているようなものだ。
部分的な成果が、イコールアサガオという乱暴な括りになってしまう。

前提を変える必要がある。
まず「自分のことは自分が一番わかっている」前提にする。この瞬間、何をどのくらいわかっているかが問われる。行動や成果、実績や経験もわかっているが、表に出ない知識、複雑な感情、裏の努力など何十倍何百倍ものわかっていることがあるはずだ。
そしてその全体が自分なのだという前提で日々過ごしたり、さらにフィードバックを重ねる。

自分で自分のことをもっと知ろうと努力するようになれば、ほんの一部分でしかない輝かしい実績に目を奪われることはなくなる。
逆に自分の正しい理解によって、以前より効率よく実績を上げることができるようになる。結果、実績はいくらでも上げられるので、やはり注目する必要がなくなる。もとい注目する気分が失せる。

そんなことよりも、実績の背景に何があるか。実績とは関係ないところで自分の価値を大事にしたり、自分自身を磨くこと、何もしていなくても肚が座っている自分に気がついていく。

そこまでできると、もはやアサガオ博士になっていると言ってもいい。
他の誰よりもアサガオの生態に詳しく、また生態以外にも造詣が深い博士になるだろう。
自分を知るためにやることは簡単だということだ。

昨日開催した【SIT】コースの内容から抜粋しました

セルフ・インテリジェンス・トレーニング


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