【読書感想文】ストーリーが世界を滅ぼす
最近,ビジネスの世界ではストーリーテリングやナラティブといった言葉が広がり,物語の重要性が語られるようになりましたね.
事実(ファクト)よりも物語(ナラティブ)という風潮は強くなり,自分たちの活動(プロセス)を売っていくプロセスエコノミーという概念も出てきました.
またサピエンス全史では,人類は虚構(フィクション)を信じることで発展してきたという論も展開され,私たちにとって物語が重要性が強調されるようになってきました.
今回はそんなストーリーが世界に与える影響について論じたストーリーが世界を滅ぼすという本を読ん見たので紹介していこうと思います.
ストーリーは人間に影響を与える
物語,ストーリー,ナラティブどれも同じような使われ方をしますが,いずれも真実や真理とは限らず,誰かが作った虚構(フィクション)になります.
例えば,宗教や陰謀論,オカルト,スピリチュアルなどはその良し悪しを議論せずとも,多くは自然科学的な根拠に基づいたものではなく虚構であるといえます.
しかし,そんなストーリーは私たちの生活や生理現象に大きな影響を与えるといいます.
現に,宗教などを信じる人たちからすれば,彼らの生活は宗教に根付いたものになり,着る物や食べるものに影響を与えます.文化や社会的な規範は多くの人に信じられたストーリーに基づいたものといえるでしょう.
また,ストーリーは読者や視聴者の脳内物質や心拍数などに影響与え,生理的な現象に直結するとも言います.
たしかに,躍動感のある映像や恐怖映像を見ると,興奮したりドキドキしたりするのは不思議ですよね.なにか化学物質に触れたわけでもないのに,私たちの脳は勝手に反応してしまいます.
自然科学分野で研究していた私は文学や物語,ストーリーよりも科学的事実,ファクトが重要だと考えていました.
しかし,この本を読むといかにストーリーが重要なものか直感的にも理解できました.そして,ストーリーが持つ影響力は人類文化全体に波及し,それは文明の発展と同時に破壊にも寄与するということがわかります.
ストーリーテリングの効果
いかに人を引き付けるストーリーテリングができるかが肝になります.本書では,アメリカの大統領選や有名な陰謀論である地球平面説などを引き合いに出して,面白いストーリーテリングが人々に多大な影響を与えることを示しています.ここは個別具体な例になりますが,まあ一理あるなと思える展開です.
少なくともストーリーテリングが上手ければ,良くも悪くも世界を牛耳ることも可能です.実際に世界の約3割を占めるキリスト教信者はたった一人のイエス・キリストとその最初の信奉者たちが作り上げたストーリーを信じているといっても過言ではないからです.
面白いストーリーを持った活動はそれ自体が人々に応援され,お金になる時代がやってきました.冒頭で示したプロセスエコノミーは評価経済社会とも呼ばれる現代のフォロワー文化(お金よりも人気が重要)とうまく混ざり合って機能しています.お金がなくても人気と知名度があれば,フォロワーに助けてもらって生活ができる時代になりつつあります.
ストーリーテラーなろう?
これまで私はストーリーテリングに興味がありませんでした.
学生時代,論文執筆の中でストーリーが面白くないといわれて,科学的事実を表現する論文にストーリーが重要とは思えませんでした.しかし,ストーリーが世界を滅ぼすを読んで考えが変わりました.
たしかに論文において書けるのは科学的事実(ファクト)のみです.しかし,なぜその研究をしたのか?どのような価値があるのか?どんな未来が描けるのか?という論文の冒頭と最後に記述できるイントロダクションと結論には,ある程度の自由度が許されています.
もちろん,ファクトから導き出せるものでなければなりませんが,それでも多少のストーリー性を持たせることはできます.
これは何かの執筆作業のみならず,プレゼンテーションも同じといえます.会社,学会,ビジネスカンファレンス,アウトリーチ活動,なんでもいいですが,面白いストーリーテリングができるかが聴衆を引き付け影響力につながります.
多くの人々は誰かに対して何かを発表や説明する機会があるでしょう.そこで自然なストーリーテリングができれば,聞き手の感情を揺さぶり,共感を得て,仲間を増やすことができます.目的達成につながるというわけです.
果たして,みながストーリーテラーになることが本当に良いことなのかはわかりません.著者がいうように過度なストーリーテリングは世界を滅ぼしかねないというのもまた事実だと思います.
ただ,世界を滅ぼすようなストーリーテラーはごく一握りだと考えると,自分の目標達成のために優れたストーリーテラーを目指すのも悪くはないのかなと思います.
最後に
今回はストーリーが世界を滅ぼすという本を読んだ感想を書いてみました.人文系の研究であるためその正しさの評価は難しいところがありますが,一説として考えるにはとても興味深く,信じてもいいのかなと思えるお話でした.
そしてこの本自体が一種のストーリーであることを忘れてはいけません.私はまんまとその罠に引っかかってしまいました.そのことを自覚しながら,過度な信仰には気を付けて,考えていかなければなりませんね.