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クモの糸から生まれるナノサイズの魚

ナノロボットが私たちの体の中で病気を治してくれるなんて言うと、多くの人は100年後の未来の技術だと思うかもしれません。

しかし、現代科学の歩みは想像よりも早く、ナノテクノロジーを応用したロボットが少しずつ開発されています。

今回はそんなナノサイズに迫る小さな魚を電子線リソグラフィーと呼ばれる方法で作製する技術を紹介したいと思います。

電子線リソグラフィーとは

目に見えないぐらい小さなナノ~マイクロスケールの材料開発には2つのカテゴリーがあります。1つは原子や分子が化学結合などを通して少しずつ大きくなっていくボトムアップの手法、もう1つは大きなものを切ったり削りだしたりすることで形を整えていくトップダウンの方法です。

化学反応や物理的な相互作用で制御しようとするボトムアップな手法だと数ナノメートルぐらいまで大きくするのはやりやすく、一方で切ったり削ったりするトップダウンの方法だと数百マイクロメートルぐらいまでがやりやすいとされています。

どちらにしてもその間の領域である数十ナノ~数マイクロスケールの物を作ろうとすると、ボトムアップでもトップダウンでも骨が折れる作業になるんですね。

この数十ナノ~数マイクロスケールの領域というのは研究段階ではありますが、ここ数年でようやくこの領域のものづくりが自由自在にできるようになってきました。

今回紹介する電子線リソグラフィーは大きいものを加工するトップダウンの方法です。この手法では、電子線という電子ビームを標的に当てることで必要な領域を削ったり焼いたりして加工することができます。

そうはいっても、電子線リソグラフィーは2次元の加工が一般的であり3次元の立体構造を作るのは得意ではありませんでした。

参考文献より引用

この研究の面白いところは、電子線の加速電圧(どのくらい強く電子を打ち出すか)を制御することで、上に示したような立体的なナノサイズの加工を実現した点です。それも一般的に売られている商用の電子顕微鏡を改造しているので、技術が確立すればだれでもこの装置を手に入れることができるのも大きな利点といえるでしょう。

クモの糸でできた土台

電子線リソグラフィー技術に合わせてもう1つ重要なことがクモの糸を使った素材です。

電子線リソグラフィーを使ってもそう簡単には3次元ナノ構造を作ることができません。これができたら誰も苦労しませんからね。

この研究で肝になってくるのは、電子線をクモの糸にあてることで、特定の位置でクモの糸を固めて立体造形を可能にする点です。ちょっと何言ってるかわからないですよね…

何も考えずにクモの糸に電子ビームを当てると、例えば表面のみに傷をつけるだけで内部に影響を与えることができなかったりします。すると表面のみ加工するので2次元の加工になってしまうわけですね。

一方で、電子を強めに打ちだした(加速電圧が高い)場合、電子はクモの糸の中で強く吸収されるんです。加速電圧が高いと電子が中まで潜り込むことは一般的にも知られていることですが、研究グループは計算により具体的にどこまで電子線が侵入できるのかを突き止めました。

参考文献より引用

そして、加速電圧を制御することで、クモの糸の表面だったり中だったり、好きなところで電子を吸収させることができるようになりました。ここでクモの糸である理由が大事になってきます。

クモの糸は電子が吸収されるとそこで構造が少し変化して強くなるそうです。つまり、電子線の強さを変えて当てることで、クモの糸の中に立体的に強くなった部分と弱いままの部分を作り出すことができます。

弱い部分のみ除去してやれば補強された部分のみが残り、立体的な造形が可能になるというわけです。詳細は割愛しますが、研究グループはクモの糸の特徴に関しても検討しており、どんな種類の糸がちょうどいいのかも考えています。

この立体的に樹脂を固めていく方法は現代の3Dプリンターにも通じるところがありますね。これをナノ~マイクロスケールで実現しているのがこの研究のすごいところです。

ナノフィッシュ

研究グループのすごいところは、単にナノサイズの加工技術を開発しただけではありません。このナノ加工技術を利用して様々な機能を搭載したナノフィッシュを作製しました。

参考文献より引用

ナノフィッシュは数百ナノ~マイクロメートルスケールのサイズですが、その要所要所ではナノサイズの構造があります。そしてこのナノフィッシュは酵素の力でガスを発生して前方、後方、横向き、回転など様々な運動を行うことができるんです。

決められた患部に自由に薬を運ぶドラッグデリバリーシステムという技術がありますが、このナノフィッシュも薬を運ぶお仕事ができそうですね。

そうすると体の中で使うのは怖いな~と思われる方も多いかもしれません。確かに、体の中で使うには様々な試験をクリアする必要がありますが、基礎研究としては非常に面白い内容ではないでしょうか。

もともとナノフィッシュはクモの糸からできており、怪しげな化学物質が使われているわけではありません。そのため、生体適合性は高いと論文の中では述べられています。

とはいえ、薬を患部まで運んだあとナノフィッシュが体の中に残るのはちょっと嫌ですよね。そこでナノフィッシュはあるきっかけを与えると自動消滅するようにできています。

方法は3つあり、近赤外線、熱、pHの変化です。これらのきっかけを与えるとナノフィッシュは自発的に消滅します。これはなかなか面白い材料ですね。

b: 酵素によって運動する様子、c: 赤外線、熱、pHの変化によって消滅する様子
(参考文献より引用)

最後に

今回紹介したナノフィッシュは人類の英知の1つである電子線技術と生物が生み出す糸(スパイダーシルク)の特徴を上手に組み合わせた新しい技術だと言えます。

このような技術革新には幅広い科学の知識を併せ持っていないければなりませんが、同時に異なる科学分野の組み合わせは無数に存在します。

複数の技術を組み合わせて新しい技術を生み出すのは研究者の腕の見せ所です。今後も面白い研究がたくさん生み出されるのを期待しましょう。

参考文献

3D electron-beam writing at sub-15 nm resolution using spider silk as a resist

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