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芸能人妻、デビューします! 4 再び

「紘子(ひろこ)さん、すみません」

イタリア土産を持って義実家に行くと、義母の紘子さんがお茶を淹れてくれた。

「すみませんじゃなくて、ありがとうがいいなぁ」
「はいはい、母さんありがとう。もういいから、座って」

口数の少ない義父も相変わらず喋らないが、元気そうで何より。娘の紀和(きわ)は義父に一番懐いており、義父の膝の上でニコニコしている。

「これ、お土産です」
「あら、マロングラッセ。すごく大きいのね」
「そうなんですよ。試食したら美味しくて。たくさん買ってきたので、どうぞ。他にもオリーブオイルやワインもあります」

「ありがとう。これは?」

「千帆(ちほ)ちゃんに。千帆ちゃん、ピスタチオお好きでしたよね?あとこのキャンディは、陽菜(ひな)ちゃんに」
千帆ちゃんとは、稔紀の妹だ。そして陽菜ちゃんは、その娘。千帆ちゃんは私より1歳上で、陽菜ちゃんは娘の2歳上だ。

「千帆のところにも買ってきてくれたの、ありがとう。渡しておくわね」
「お願いします」

「どうだった?イタリアは」
「ん、楽しかった」
「どこに行ったの?」
「ミラノとベルガモ」
稔紀(なるき)は無愛想に単語で答えながらお土産を物色している。

「聖和(せな)ちゃん、ゆっくりできた?」
「はい。良いリフレッシュになりました」
「それはよかった」
「紀和も稔紀さんも、とても楽しそうで」
「うんうん。良いわねぇ。私達も新婚旅行でヨーロッパに行ったのが懐かしいわね、パパ」
「あ、あぁ」
「もう、パパったら相変わらずね」
無愛想だが、膝の上に乗る娘の頭を撫でる手はとても優しい。

何だかやっぱり、この父があってこの子ありって感じ。義父と稔紀はよく似ている。

「写真とかないの?」
「ありますよ」

そう言って私のスマホを渡す。そこに映るのは、ミラノの街並みや稔紀、紀和がうつる写真ばかり。母親あるあるだろう。

「聖和さんが写ってる写真ないの?」

そういえば、ある。1枚だけ。

「ありますよ」
あのお姉さんに撮ってもらった写真だけだ。

「良い写真ねぇ」
「偶然出会った日本人の方に撮ってもらったんです」
「旅先での出会いって素敵ね」
「はい」
「この写真、和紗(かずさ)さんにも見せてあげたいわねぇ」

和紗とは、私の実母だ。稔紀と入籍前に両家で食事した時以来、会っていない。
義母の紘子さんと私の母は、よく連絡を取っているようだ。私の代わりに紀和の写真なども送ってくれている。

「そうですね」
「聖和、そろそろ会いに行ってもいいんじゃない?紀和も合わせてやりたいし」
「うん、とりあえず連絡はしてみる」
「和紗さんも紀和ちゃんにきっと会いたいと思うよ」
「はい」








「せーなー」

「なに」

帰国して6日。初海外で疲れただろうと、1週間のオフをもらえた。久しぶりにこんなまとまった休みがあり、やりたいことがたくさんあったはずなのに何をしていいかわからず、暇を持て余してた。娘の紀和はほとんど時差ボケが無かったみたいで、帰国して2日目から幼稚園に通っている。元気だ。

「昨日母さんが言ってたあの件、いつ行く?」

久しぶりに稔紀と2人きり。旅行中も必ず娘がいたし。

「私の実家?」
「うん」

マグカップを2つ持ち、ソファとローテーブルの間で雑誌をめくっていた私の後ろに座る。

「これでも飲みながら、ね」
手渡されたマグカップの中身は、稔紀がドリップしたコーヒーが。

「ありがと。うん。おいしい」
相変わらず好きだな、エチオピア。私も好きだけど。

「聖和はさ、そんなにご両親と会いたくないわけ?」
後ろから包みこまれる。
ふわっと香るコーヒーと稔紀の香り。落ち着く。

「会いたくないというか、会いに行く理由が無かったし、英家みたいに仲良くないし」
「でもさ、紀和も生まれて、聖和もいろんな活動しているし、きっと会いたいと思ってるよ、ね?俺も会ってちゃんとご挨拶したいし」
「うんまあ、行くけど」

「じゃあ、いつにする?連絡してみようか?」
「いい、私がする。稔紀はいつでもいいよね?」
「うん。決まったら教えて」

「それより稔紀」
「なーに」
振り返り、稔紀のお腹を触る。

「なんか痩せた?」
「お、わかる?」
「前はもっとお腹ぷにぷにしてたのに」
「そりゃさ、前言われたアレがショックで」
「言い過ぎたよね、ごめんなさい」
「大丈夫。あの言葉のおかげで頑張れてるから」
「現役の時みたいに痩せ過ぎはだめだよ。細すぎたから。ちゃんと筋肉はつけてね。私と紀和を守れるように」
「はい。頑張ります」







「わぁ、はやーい」

新幹線で夫の膝の上に座る娘は楽しそうに窓の外を眺めている。

「もうすぐ、富士山見えるよ」
夫の稔紀がそう言うと

「ふじさん?だぁれ?」

可愛すぎる質問。

「人じゃなくて、おやま。もうすぐ見えるから」

窓の外を観ている2人の後ろから、私も外を見る。すると、綺麗な富士山が山頂までしっかり見えた。

「ほら、あれだよ富士山」
「ふじさん、おおきいねぇ」
「うん、大きいね。上の方には雪が積もってるんだよ」
「そうなんだ、寒いの?」
「寒いと思うよ。冬はもっと寒くて雪ももっと積もってるんだよ」
「へぇ」
相変わらず微笑ましい。

「ねぇママ」
「なぁに」
「じぃじとばぁばに会えるの、たのしみだね」
「そうだね。ママも久しぶりに会うからね」



ピンポーン

「どうぞ」

オートロックの鍵が開き、久しぶりにくぐるマンションのエントランス。
エレベーターに乗り、部屋の前に着くと母が扉を開けて待っていた。

「ただいま」
「おかえり、聖和」

あぁ、全然変わらない。元気そう。

「お久しぶりです、お義母さん。稔紀です。そして娘の紀和です」
紀和は稔紀の後ろに隠れて、顔だけ覗かせている。

「ほぉら、紀和、ばあばだよ。挨拶して」
「英紀和です。こんにちは」
「こんにちは。立ち話もなんだから、中入って」

「お父さん、ただいま」
「おお、聖和、おかえり」

文庫本を読んでいた手を止めて、父がこちらを見上げる。6,7年振りに見る父は、白髪が増えていたが顔色が良く、日に焼けていて相変わらず外で運動していると思われる。

「日焼け止め塗ったほうがいいんじゃない?」
「一応塗ってはいるんだけどな、ずっと外いるから仕方がないんだ」
「体調には気をつけてね。水分補給とか」
「それは聖和もな」
「うん、ありがと」

リビングのテーブルに4人で向かい合って座る。紀和は夫の膝の上。こうやって改まると、すごく緊張する。
黙って向かい合うのが耐えられなくて、とりあえず出された麦茶を口に含む。

「全然帰ってこなくてごめんね」
「いいの。元気そうな顔が見れただけで安心したから」
「それと、娘の紀和。来年から小学生」
「もうそんなに大きいの」
「うん」


「がんばったね」
「うん、がんばった」
「紀和ちゃん、じいじと遊ぼっか、おいで」
優しく微笑む祖父に、走り寄っていく我が子。
初めて会うはずの父にも、人見知りしない。良い子に育った。本当に。頑張ったよ私。

「ここ2,3年は稔紀が家の事とかやってくれてて、だいぶ助かってる」
「稔紀さん、ありがとうね」
「いえ、僕はそれほど。聖和さんが辛い時に助けてあげられなくて、今でも後悔しています。父親の自覚をしっかり持っておくべきでした」
「いいよ稔紀、言わなくて。今やってるんだから。紀和も私より稔紀にべったりだし」
「ちゃんとできてるのは伝わるよ。紀和ちゃんを見ていれば」
「ありがとうございます。あ、少し前にイタリアに行ってきたんですよ。僕の母から写真送られてきてるかもですけど、ご覧になりますか?」
「ぜひ、見せてほしいな」

「どうぞ」
そう言って稔紀がスマホを手渡す。

そこには、私が写る写真ばかり。ベビーカーを押す私、ピザを頬張る私、紀和が寝たか確かめる私、紀和と手を繋いで歩いている私、そしてドレスアップして出かける私─

私のフォルダには紀和と稔紀ばっかりだったのに、彼のスマホの中身は逆。

「いい写真ばかりね」
「ありがとうございます」
「私はこれがお気に入りよ」
それはやっぱり、家族3人が笑顔で並んでいる唯一の写真。

「紘子さんからも送られてきてたけれど、3人がいいわね」
「私もお気に入り」
「あ、これ。よかったら」
何か手渡す稔紀。

「僕らの写真を本にしてもらって。紀和が生まれる前から最近までが載ってます。そんなに枚数は多くないんですけど」

「なにあれ、作ってたの?」
こそっと稔紀に耳打ちする。

「うん。せっかく実家に行くんだから、ね。写真は物で残したほうが見返して楽しいじゃん」
「分かるけど、変な写真は入ってないよね」
「さぁ?俺は全世界に公開してもいい写真しか選んでないから」
なんか、意地悪な顔してる。これは、あるぞ変なのが。

「お母さん、見終わったら私にも見せて」
「わかった」
そう言い、ペラペラとページを捲る。

「ふふ、これもいい写真ばかりだったわありがとう」

母から手渡されたアルバムを開く。

「ちょっと、なにこれ」

私がカフェで働いていた頃の写真や、懐かしいプリクラ。
妊娠中大きなお腹で眠っている私、同じ体勢で寝ている私と紀和。いつ撮られたのか分からないような写真が多く、初めて見るものもたくさんあった。

「いい写真ですよね、お母さん」
「大切にするね。お父さんも見る?」

ラグの上で紀和と遊んでいた父がこちらを向き、

「紀和ちゃん、写真見る?」
「うん!」

孫娘である紀和を軽々と抱き上げて、こちらへ来る。

「どれどれ」
「わぁ、ママだ!」
「そうだねー、ママだね」
「おなかおっきいね」
「紀和ちゃんがお腹にいた時だよ」
「ママかわいいね」

「ありがとう」

積もる話もたくさんあり、あっという間に帰る時間。

「明日仕事あるし、帰るね」
「うん、またね」
「ちゃんとたまには連絡しろよ」
「すみませんお義父さん。僕も連絡させていただきます」
「じゃあね、次は東京に来てよ」
「はいはい」

「おじゃましました。ほら、紀和もご挨拶」
「じぃじ、ばぁば、またね」
「うん、紀和ちゃんまたね」

「聖和、何かあったらすぐ連絡してね。誰かの助けが必要なときもあるでしょ。活躍も見てるから、忙しいのも分かるけどちゃんと休んでね。頼れるものには頼ってね、元気が1番だから」 
「うん、ありがと」

そう言って実家を後にした。

「稔紀、ありがとね」
「ん?」
「久しぶりに帰ってこれてよかった」
「そうだね」
「またこよーね」
「うん。また来ようね。紀和はじぃじとばぁばにまた会いたい?」
「うん!」







〈聖和さん、ドラマの出演オファー来てますよ。詳細送ります〉

ある日、マネージャーからそんな連絡が来た。

ドラマかあ。

添付された資料を見ると、どうやらドロドロ系。主要キャストも大方決まっており、そこには元カレの吉野友亮(よしのゆうすけ)の名前もあった。彼の役は主演女優の不倫相手。私に来たオファーは、彼の妻役。
別れて以来、1度も会うことも連絡を取ることもなかったが、なんだか面白そうで受けることにした。



─台本の読み合わせの日。

「よろしくねお願いします、吉野さん」
そう言って隣に腰掛けると、うげ、という顔をする吉野友亮。

「なんで受けたの」
そう、こそっと言ってくる。

「せっかくのドラマオファーだもの。断る理由なんてないでしょう」
ニンマリと笑って吉野のほうを見ると、ため息をつきながら額をぽりぽり掻いていた。イライラした時の癖だ。

女性関係で週刊誌に撮られ、しばらく謹慎していた吉野だが、ここ5年ほどはドラマや映画に出演しているようだ。
あのまま行けば、王道イケメン俳優の道まっしぐらだったはずなのに、勿体ない。今は三枚目な役や、今回のように不倫する役、ダメなヤツや悪役などが多い。
仕事もらえるだけいいじゃん、とも思ってしまうが。


撮影が始まると、私達は抜群のコンビネーションを発揮した。
10年前でも、数年を共に過ごした仲で。少し気まずさはあったが、そこは仕事だからとお互い割り切った。

ドラマ中盤、私と吉野二人での一番の見せ場。離婚届を突きつけるシーン。
台本には、彼の頬を殴るシーンがあり、心の中で〝やった!〟とガッツポーズをした。

実際は叩くフリで良いのだが

「うーん、もっと強いほうがいいかなぁ」
と、監督に言われ

「まじで殴ってもいいから」
と、吉野本人に言われたので遠慮なく

〝バシーン〟

と、一発やらせていただいた。

「いいねー!それそれ」
という監督の声でOKが出たので一安心。さすがに、商品である俳優の顔を何度もひっぱたくのは気が引ける。

「ごめんね」
と、ちょっとおどけて謝ると

「すっげぇいったかったーガチじゃん」
「そりゃあもちろん、10年前の気持ちを込めたので」
「演技というか、ガチかよ」
「ごめんって」
頬を冷やしながら台本をチェックしている。

何だかスッキリした。




ドラマの最終回が近づくと、番宣にも力が入る。
後半、あまり出番がなかった私はなぜかバラエティ番組に吉野と一緒に呼ばれた。

「今回のゲストは、俳優の吉野友亮さんと、英聖和さんです。よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」

MCに紹介され、私達は2人で会釈をする。

「今回のテーマは〝ココだけの話〟他では話していない秘密を教えてください」
出演者たちのトークやVTRを見ながらリアクションをしていると、あっという間に時間が過ぎていった。

「お二人の、〝ココだけの話〟ありますか」
「実は私達…大学の同級生なんです」
「しかも、ゼミも同じでした」
「へぇ、凄いですね」
「吉野さんは、学内でキャーキャー言われていました」
「やめろよ、嘘つくなって」
「ドラマに出だしてから声をかけられるようになって、ニヤニヤしていました」
「ニヤニヤはしてません」
「してました」

「仲がいいですね。英さんのエピソードはありますか?」
「英さんは、男女共に好かれていましたね」
「そうなの?男子から好かれてた記憶ないけど」
「皆さんご存知の通り、綺麗じゃないですか。今はさらに綺麗になられてますけど」
「ありがとうございます」

照れる。

「自立していて、頼りがいがありました」
「ほとんどママみたいな感じでしたね」



「さて、このお二人といえば、あのシーンが話題になりましたよね」
「私も観ていてスッキリしました」

「ビンタのシーンですね。SNSでもたくさんつぶやかれていました。このシーンについて、お二人は何か思い入れはありますか?」
「そうですね、監督に思いっきりと言われたので。思いっきりいきました」
「僕も、ガチで殴っていいよと言ったので」
「あれ、フリじゃなくて実際に叩いているんですか?」
「そうなんです。申し訳ないんですが、あたってます」
「結構痛かったです」
「しっかり役の気持ちを込めさせていただきました」
「おかげで、良いシーンになったので良かったと思います。ただ、あの後だいぶ腫れました」
「ほんとごめんなさい」



「「今週◯曜日、夜◯時より最終回です。ぜひご覧ください!」」 







「聖和」

家で次の日作品の台本をチェックしていたら、夫の稔紀から声をかけられた。

「なに」
「やっぱり結婚式、やらない?」
「なんでー?」
「色々落ち着いてきたし、来年ちょうど結婚10周年でキリが良いからさ。少人数でもいいから呼んでやらない?聖和が嫌ならやらないし」
「ん、いいよ」
「じゃあ、スケジュール見ておいて。良さげな式場探して、予定立ててこ」
「うん」

この頃私達は、夫婦関係が良好になってきていた。
紀和のことも、二人で分担すれば負担もなく、生活に余裕が持てていた。夫の稔紀は空き時間にランニングをしたり、ジムに通って以前よりはだいぶ痩せて、筋肉がついて男らしくなっていた。前より断然こっちがいい。
そして無職だった夫は、数年前からリモートで仕事をするようになった。

紀和が小学校に通いだし、二人共オフの日はデートしたり、食事をしたり。
たまに私の両親が遊びに来てくれるので紀和をみてもらったり、もちろん義実家にも頼ったり。

2人で過ごせる時間も増え、旅行も3人でしたり夫婦水入らずでやったり。

自分の写真が少なかったスマホのフォルダにも自分が写るものが増え、空き時間に見返すだけで幸せを実感した。





結婚式当日。

純白のウエディングドレスに身を包み、稔紀と向かい合う。

参列者の中には、夫の元メンバー達、真裕(まひろ)、陽歌(はるか)、私の元職場の店長侑那(ゆうな)さんなどがいた。

娘の紀和はリングガールとして、私達の指輪を運んできてくれる。
少し恥ずかしそうだが、背筋を伸ばしてる姿は、とても頼もしくてさすが我が娘という感じ。

紀和から受け取ったのは、今回新調したリング。
傷だらけだった以前の指輪は今、イタリアで撮ってもらったあの写真の前に並んで飾られている。


懐かしい顔ぶれの前でキスするのは小っ恥ずかしいが、

「「おめでとう」」
と祝福されるのは、とても嬉しい。



─ここからまた、私達の新しい幸せが始まる。

そっとお腹に手を添え、私たちはまたキスをした。


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