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55日間外出禁止中、シェフの夫は何を作っていたか。〜3月15日バヴェットのステーキ

フランスでは、55日間のコンフィーヌモン(ロックダウン)が解除となり、一応の自由が戻ってきた。気づくと、何もしなかった。やっていたことといえば、朝夕の運動と三度の食事をとることだけだ。ならば、食の記憶を愚直に、少しでも残しておこうというのが、この原稿の趣旨である。

 わたしの家は夫との二人暮らし。夫は、在仏16年目のフランス料理人である。日本人だ。料理人にはおそらく2タイプいる。家で料理をする人としない人。夫は幸いにも前者であり、毎日仕事でハードに料理をしているというのに、それでも「料理が大好き」と週末にはごちそうを作ってくれる。わたしはおいしいものを食べるのに、実に恵まれた環境にいると躊躇なく言える。外出禁止となった3月17日より、夫は毎日、毎食、食事を作ってくれた。おいしく彩り豊かな食事のおかげで、塞ぎ込みがちな期間を楽しく過ごせたことは言うまでもない。また、食べ物について書くという自分の職業にとっても、フランス料理のシェフの仕事を毎日横で見られたのは大変貴重な経験であった。

 外出禁止期間に入る前、3月14日の夜8時に「深夜0時よりカフェとレストランを閉鎖せよ」というお達しが出た。テレビを見ていたわたし達は、「とうとう来たか」と、とりあえずの食料を買いに近所のスーパーへ向かった。しかし、ちっとも混んでいない。その後、その日は休日だった夫は勤務している店の片付けへ向かったが、なんと店は満席。それも、夜8時以降の駆け込み客ばかりだったそうだ。ロックダウンになりそう、となると「とりあえず生活必需品と食料を!」と買い出しに走る我々日本人と、「もうレストランに行けないから」と最後の晩餐に走るフランス人。ここまで行動に差が出るものかと感心してしまった。この国の人々は、わたしの生まれ育った国の人々とは違う。これまでも違うと感じることは多くあったが、今回ほど思い知らされることもなかった。ああ、自分は異国にいるのだ。まぎれもない事実に、やっと気づくことになった。

3月14日の時点で、これから何がどうなるか全くわからなかったので、手当たり次第食べたいものを買った。夫は肉コーナーで、「このバヴェットすごくおいしそう」と手にとった。バヴェットとは、牛肉のハラミの一部で、食感がしっかりしており旨味も強い。少しワイルドな内臓っぽさもある上に、価格もそれほど高くないので、わが家では好んで食べられている。主にわたしが好んでいる。シンプルにセニャン(ミディアム・レア)に焼く。

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 アコンパーニュモン(添え物)は、季節の白アスパラのソテーだ。ほのかに甘く瑞々しい白アスパラは、春を告げる畑からの使者の一人である。この外出禁止期間中、アスパラはたくさん食べた。一年で、もっとも食材が華やかになる春。この期間に料理を提供できない料理人達の悔しさたるや、想像に難くない。これからのレストラン、外食産業はどうなっていくのか。フランスでも、その不安は他国と同様である。わたしはライターという外野の立場ではあるが、出来うる限りの注意力を以って、このフランスでの変化を見ていきたいと思っている。


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