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グラム・ファイブ・ノックアウト 3-4

 まず言っておく。
 てめぇの兄貴は紛れなく殺人鬼だ。
 俺らの仲間も二人殺されている。
 編集長である俺も含めて記者は元々七人だった、その内の二人が殺されて残りは五人、そこから寿退社したのが二人だ。
 今はたった、三人。
 お前の言う、男性記者と女性記者と編集長である俺の三人態勢だ。
 まず、この新聞社の代表として言わせてもらう。
うちの記者の男と女、あの二人がどう思っているかなんてことを俺は知らないが、俺はお前の兄貴をぶっ殺すつもりだ。
 うちの社員を殺された。だからこそ殺すつもりで調べてる。
 男の記者がいるだろ。
 あいつの弟はお前の兄貴に重傷を負わされているんだからな。
 そして。
 お前の兄貴が二番目に殺したのは、あいつの友達だからな。
 お前の兄貴が三番目に殺したのは、あいつの婚約者だからな。
 いいか。
 これは偶然の重なりでそうなった訳じゃない。
 俺だけじゃない、男の記者だけじゃない。
 お前のことを全員が何かしらの感情で見ている。
 その上で俺ら新聞記者とお前は一つの組となって兄貴を追うことになる。この町の都市伝説もそうだ。そのためにこの事件を追っている。
 警察の協力を仰がない理由は、まぁ、説明する必要もないな。
 俺もお前も大きな声じゃ言えない目的で、事件に関わろうとしているってことだ。それ以上の理由なんてものはない。
 殺人鬼の身内として一番近いお前を、俺たちの感情がおいそれと消化しきれるわけがない。
 それでも関係は続ける。それだけお前の存在は俺たちにとって、殺したい相手を追うために必要な鍵だからだ。
 新聞記者として動くようなことは今後ねぇ。
 気づいているとは思うがな。
 最初はただ囲っておくだけのつもりだったが、お前自身も兄貴の居所を掴みたいなら、そうしよう。
 ただし、殺すのは俺たちだ。
 お前じゃない。
 お前が兄貴を殺すなら。
 先に。
 俺たちがお前を殺す。
 お前の兄貴を殺す理由が出来上がる前に、お前を殺す理由を一つでも減らしてやりたい。分かりやすい話だが、これから話すことは秘密にしたほうがいい。そして必ず覚えた方が良い。
 大切なことだ。
 大切なことは覚えた方が良い。
 都市伝説という話をする。
 これが重要だ。
 町で都市伝説が起きているだろ。そんなことは言う必要もないくらい分かってるとは思うけどな。
 不気味な話じゃねぇか。別にどうってことないこの町に突如増殖し始めた都市伝説という物語は、ずっとそこに生き続ける訳だ。たいして何の盛り上がりもねぇわけだから、それ故の伝播していく速度は追いつけない程じゃない。
 お前の兄貴の趣味って知ってるか。
 知らないだろ。
 殺人鬼になって警察に追われるようになってから始める様になったみたいだし、知らなくて当然だな。
 都市伝説を追うことだよ。
 だからどっかのバカがな。
 おびき出そうとしてるんだよ。
 この町で殺人まがいの都市伝説を頻発させて、てめぇの兄貴をおびき出そうとしてんだよ。
 今の俺たちでさえ、どうやって殺すかなんてことしか考えてない。他にも、お前の兄貴を殺人鬼として崇めてるやつとか、単純に興味本位のやつもいるかもしれない。
 本当にそんなんばっかなんだよ。
 ここまで都市伝説が起きまくる町なんて、そうそうねぇだろ。
 日本中がこの町にピントを合わせてるよ。それこそ、てめぇの兄貴もな。
 おそらくお前の兄貴にとって都市伝説に関係する事件を解決するのは、人生を使って行える趣味みたいなもんなんだろ。逃走し続けることに飽きちまったのか、それとも、自分自身が都市伝説みたいな存在だからそれと親和性の高いものを目に映したいということもあるかもな。
 他にも考えられることがあるとしたら、誰かに頼まれてるとかな。
 前に、ある娼婦の息子が首を吊られて殺された事件があって都市伝説的なそういう噂が流れた時。その娼婦は、別の小せぇ事件で捕まってたんだよ。
 てめぇの兄貴はあろうことか、警察内部にいる自分の配下の人間に頼んで、その娼婦に会いに行って。
 その娼婦が自殺を企てて。
 その娼婦が死ぬ間際にてめぇの兄貴を殺そうとして。
 その娼婦が警察官に脳天を打たれて死ぬまでを見てるらしいぜ。
 どう考えても、そのでけぇリスクを承知で、都市伝説を解き明かしに来るんだよ。
 もっと分かりやすく言ってやろうか。
 あいつは、自分の名前を出したうえで警察に何度も何度もカセットテープを送ってる。
 その内容はすべて。
 とある事件の真相だ。
 真相を言い当てた事件に共通する事柄は、すべて都市伝説。
 分かるか。
 あいつは逃走中の殺人鬼でありながら、その裏では都市伝説と名の付く死人が出たような事件を姿も現さずに警察に助言して解決へと導いてるんだよ。
 都市伝説専門の探偵でもあるんだよ。
 都市伝説ってジャンルを固定すれば、てめぇの兄貴の右に出るものはいねぇだろうな。もう、警察も普通にあてにしてるって聞いてるし、それは事実としてみて間違いない。
 その娼婦の息子が首を吊って殺された事件も、てめぇの兄貴は変声器を使って自分の声をカセットテープに吹き込んで真相を警察に送りつけたらしい。しかも、見事に解決してる。
 お前も、お前の兄貴が賢いことくらい分かってるだろ。
 そんな賢いお前の兄貴をここに呼び出そうとするどっかの馬鹿が作った都市伝説で、この町の人間が死にまくってんだよ。
 少なくとも俺たち記者は、お前の兄貴をおびき寄せるために都市伝説を起こすような馬鹿なことはしない。
 けどな、間違いなくこの町の誰かが事件を起こしてる。
 所詮は素人がやる殺人と噂の融合した事件だ。内容なんてお粗末に過ぎねぇんだけどよ。
 高い場所なんてどこにもないのに、転落した女子生徒の事件があるだろ。
 あれは都市伝説になる。
 聞いたぜ俺は。
 お前の兄貴は間違いなく、その事件にご執心なんだってよ。
 解決してみろ、兄貴よりも先に。
 絶対にあっちから接触してくる。
 間違いない。
 お前の兄貴は、最強の探偵で、殺人鬼で、俺たちの仇だ。お前がそんなに自分の兄貴にそんなに会いたいなら、事件を解いて先に解決したことを大っぴらに公表してお前の兄貴を呼び寄せろ。
 探偵としての能力を見せつけて兄貴に帰って来てもらうんだよ。
 弟なんて魅力じゃ帰ってこねぇんだから、それくらいのおまけの一つでもお前の努力で身に付けてみろ。俺たちも協力してやるからさ。
 ただし都市伝説なら何でもいいってわけでもねぇから、この事件にだけお前は関わっていればいい。
 電車のやつも確かに都市伝説だが、あれは大したことはないしな。
 ああいう小さい事件でも確かに、解決には来るが当然関わってくれる時間が短くなるから接触しにくい。
 あぁ。もう解決してあるから話してやろうか。
 電車の都市伝説の真相が、聞きたいなら教えてやるよ。
 本当に、あれは大した話じゃない。
 歩行者用の橋が線路の上を通っている場所が四つある。場所は当然まちまちだし、その橋がそこに掛けられた理由も当然様々だ。例えば一つは、踏切を作ることができなかったから遠回りでも橋を作って向こう側への道を作った。他のものは登山道を突っ切る形で線路が通ってしまったため、その上を通す橋が必要になったということだ。そのあたりのところを調べても意味はねぇよ。
 重要なのは、だ。
 その橋から誰かが何かを落としている所を見たという目撃証言があることだ。
 分かるか。
 ワイヤーと釣り針だそうだ。
 強固なワイヤーと細いわりによくできた釣り針だよ。
 そいつが電車に引っかかると釣り針が電車の周りを漂い始めやがる。後は簡単だよ。駅のホームに入ってきたときに、その釣り針が運の悪い客の服に引っかかって、そのまま引きずり込む。
 実際は、そこまで釣り針が固くなくても問題はない。ワイヤーが千切れないくらいにしておけば引きずり込まれなくても、バランスさえ崩せば大抵は引きずりこめる。
 特に線路の側から引っ張られるなんて言う、現実的には全く考えられない、精神的な死角を使って人を殺すわけだ。待ってる客も油断してるからそれなりの確率でうまく行く。
 だからこそ。それなりの確率で上手くいくのが厄介なんだよ。
 電車はトンネルを通ったり、それこそ急カーブを通ったりして、駅のホームへと入ってくる。その時に人間以外の障害物があるわけだ。それこそ人間よりもしっかり地に足つけて立ってる電柱とか看板だ。
 釣り針がそいつに引っかかったときは、当然、釣り針かワイヤーのどちらかが千切れる訳だ。
 だから、別にそこまで成功率が高い訳じゃない。
 成功率が高い訳じゃないからたまにしか起きない。
そのせいで事故として処理されて、事件案件にならない。
 都市伝説としてどこまでも長く存在させようとしてやがる。
 嫌な話だよな。
 俺は都市伝説っつう餌をばらまいた野郎を馬鹿にはしている。でもよ、その実そこから生まれるてめぇの兄貴を捕まえる可能性が上がってきていることには感謝してる。
 都市伝説でもうちょい人が死ねばな。
 もっと数えきれないくらい人が死ねばな。
 もっと死ねば、てめぇの兄貴はもっと大っぴらにこの町で動き始めるかもしれねぇな。


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