見出し画像

失敗やつらい経験は、小さな自信につながる

大学を卒業してから、いきなりフリーランスになった私は、30代後半に差しかかる今でも、一般企業にお勤めの経験がないハンディキャップを感じることが日常の中でたくさんあります。
 
もっと器用にメンバーと共有できるノウハウが欠けてしまっているのかな、基本的なツールの使い方がいまだに回しきれないなとか、もうそれは山ほどあって、だけど、会社を立ち上げて、さまざまな方と一緒に働かせていただいています。
 
いきなりフリーランスになるのがおすすめかどうかと聞かれたら、開拓精神があればおすすめだけど、フリーランスや起業ほどバックグラウンドがないと、私のように少し手放すものをつくりながら時間をかけないと、なかなか前には進めないかもしれないと伝えてしまいそうな自分がいます。
 
とはいえ、今はたくさん人生経験を積んできて、手先も器用になったけれど、それ以上に仕事全般に対して器用になりました。

たとえまったく違うお仕事でも、過去に経験したあの仕事と似ていて、こうしたらいいのかと、まるで千と千尋の神隠しの釜爺のように、人生という名の棚がいっぱいあって、必要に応じて棚から、記憶やスキル、そして感覚を状況に合わせて引っ張りだしてきます。
 
失敗やつらい経験は、できれば避けていたい。それが誰もが願うことであるし、ほんとうにできれば常に成功し続けていたい。でも、ひとつお伝えできるとしたら、失敗やつらい経験は自分自身に対して、そのあとの人生を過ごすにあたり大切なことを伝えてくれているのです。
 

不登校を経験して、開拓精神の礎が築かれた


誰がなんと言おうとも大切な1冊目。


 
14歳のときに不登校を経験したときに、一時は中卒を覚悟していたほどでした。

もちろん、中卒や高卒でも立派に社会人として働いて、活躍されていらっしゃる方々はたくさんいますが、それでも当時はまだまだ学歴社会で、どこか「大学は入学するべきだよね」という暗黙の了解があった時代だったと思います。
 
小学校まで当たり前のように行っていた学校。そこからいきなり学校に行けなくなったわけですから、親もテンパるし、本人は泣き叫ぶし、山口家は非常事態だったのです。

本人としては、自宅で眠り姫になりながらも「私は一体これから先どうなるのだろう?」と、不安になっていたのを今でもはっきりと覚えています。まず、こんな状態で中学を卒業できるのかどうかがわからないほど未来がみえていない状態でした。
 
どれくらいだったか覚えていませんが、段々と自分の中で「このままではいけない」と思いはじめて、パソコンで自分と同じ境遇の子たちがどうしているのかを曲がりなりにも調べはじめました。

すると、フリースクールという居場所があるのを知って、やがては通うわけですが、そう、私の妙なバイタリティと開拓精神はこの時点で生まれていたのです。
 
学校に行かないからこのままでいいやとは思わなかったし、14歳の少女なりに自分でどうにかしないと思ったのでしょう。

そこから実際に行動に移しているのは自分としても無意識のうちでしたが、やはりどの世代においても、今の人生に納得したかったら、目標を設定して、行動に移すしかないのです。その大切さを、私は3年近くの不登校から教えてもらいました。
 

父から教えてもらった潔く、一生懸命生きること


内面の輝きは、きっとみえないようでみえるなにかに映しだされる


 
私は、パパが大好きでした。おこりんぼうのママにやさしいパパ(ママからしてみるとパパはずるいと言うのがテッパンの話なのですが)に囲まれて30年間育ちました。

亡くなった当初は父を失った悲しみしかなかったのですが、私は30年の記憶と思い出があります。(ここからは少し病気の話になるので、抵抗のある方はスルーしてください。お願いいたします。)
 
時間薬が解決してくれて、今は冷静に父から教えてもらったことを自分の人生にゆっくり反映させています。

たとえば、父は自分の体がきついのに、働いている母には常に気を遣っていました。もちろん薬の影響で人が変わってしまうことも何度もありましたが、私は今でも腰が痛いといいながら、家の中で自分ができることを探し、自分自身を認めていた父の後ろ姿が印象的です。
 
よく病気と向き合うためにノートをつけるといいなんて言いますが、父を含め多くの当事者がそんな余裕などなく、でも父は一生懸命生きていました。

noteを更新するとき、いつも「今日一日を大切に。太陽の恵みに感謝。」と綴っていますが、これは父がよく私に語りかけていた遺言です。
 
「なぜ、病気になったのだろう」ではなく、今の自分ができることをする。そして、やるべきことを進めたら、ゆっくり休む。

ほんとうは泣きたかったのかもしれないし、もっと「どうして」と騒ぎたかったのかもしれないけれど、父はそうやって今日今この瞬間を駆け抜けていきました。

その人生に対する潔さと強い精神が私の中にもDNAとして宿っているのは、娘ながら誇りに思います。
 
父から教えてもらったことは、強く生きていくことです。

これはメンタルをタフにしなさいという意味の強さとは少し違います。どちらかというと、どんな状況であっても地に足をつけて、周りに対してのやさしさを忘れず、夢に没頭しなさいということです。

思うように事が進まないときも「動かない!」と嘆くのではなく、だからといって神様が決めているタイミングを無理やり動かそうとするのでもなく、そのときにできる努力を探して、徹底的に努力したら、あとは身を委ねる。

心ゆくまでダラダラする、まったりする。これはメンタルが強いというより、人生に対する覚悟があるかどうかだと思います。
 
そんな私もまだまだ修行中で、失敗するときはたくさんあります。けれど、あきらかに違うのは20代のときより30代の今のほうがめちゃくちゃ楽しいし、しあわせであることも紛れもない事実です。家族を亡くして、でも、しあわせですと言えるまで4年間かかりました。


***


フリーランスになってから10年、会社を立ち上げてもう少しで1年。多様な働き方をしている今、そんな自分に落ち込まないときが0ではなく、むしろ、はっきりとしたスキルがなかったり、どうしても外の力に頼ろうとしたり、欠点を挙げれば数えきれないほど(笑)
 
それでも35歳を目前にした今、これからどんなライフスタイルになろうとも、20代のときより楽しいといえるのは、葛藤に負けずに打破し続けて、夢を追いかけてきた自分に小さな自信があるからです。

決して大きな声で自慢するような人生ではないけれど、それでも、空が晴れたら、カラフルな洋服を着て、正々堂々と胸を張って歩ける小さな自信は私の中に存在しています。
 
もちろん、これからもいろいろな葛藤を抱えながら、ときに「もうダメだ」と泣きながら走り続けていくとは思いますが、失敗やつらい出来事を昇華させ、生きていく強さに変えられたことはまたひとつ貴重な経験です。
 
Self0のロングセラー商品も、そうやって紙に書きだすことで新しい自分が待っているんだよとお伝えしたくてつくりだした商品でもあるのです。

私は時間があれば、すぐにひとり会議をします。自分の目の前を通過しようとしているアイデアや感覚、思考を逃さないように、書いては、日々の活動に活かしています。
 
自分の人生に小さな自信をもてるようになったら、たぶん、きっと、瞳の深さや肌ツヤ、背筋、なにもかも変わってくるでしょう。一番輝きだすのは、まぎれもなく、あなたの魂と内面からあふれでる光の柱です。

今日一日を大切に。
太陽の恵みに感謝。

Self0|ERICA YAMAGUCHI(atelier ERICA inc.)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?