見出し画像

【生き方】人生解像度を上げる

今回の入院もそうなのだが、人生で何か起こると新しいことを知るきっかけになったり、またそれによって見えなかったものが見えるようになることが度々ある。
私はそのことを「人生解像度が上がった」と言っていて、意識的にそうなるよう気を付けている。

「視野が広がる」「アンテナ感度が高くなる」「経験値が上がる」など似た表現はたくさんあるのだが、個人的に解像度という言葉がしっくり来ている。
PC関係の作業が好きということもあるのだろうが、おそらくは自分の経験とマッチするところがあるのだろう。
まぁ言い方は人それぞれとして、私はこの感覚をとても大事にしている。

スケボーとアスファルト

記憶の中で明確に人生解像度が上がった感覚は、専門学生時代にスケートボードをやっていたあたりからだと思う。
スケボーは主にパークや公園でトリックを練習するのだが、「街乗り」という文字通り街で乗ることを楽しむスタイルがある。
板一枚で街中を滑るのは、ランニングや自転車とはまた違った爽快感があるのだ。
(もちろん他の通行人や車に迷惑をかけるのは論外だが)
その時に重要なのが、路面の状態。
障害物は避ければ済むのだが、路面がガタガタだと進みが悪く、極端に言えば砂利などになると止まってしまう。
そうなると自然と、コンクリート、薄いタイルなど滑りやすい路面を探すことになるのだが、特にアスファルトが面白い。
一言にアスファルトと言っても、滑らかさ、柔らかさ、水はけなどぱっと見ではわからないが実に多くの種類があり、これの見極めが重要になってくる。
せっかく滑らかなアスファルトを見つけても、途中からいきなりガタガタなんてこともしょっちゅうだ。
この滑らかで、かつ目的地へ向かう道を探すのが、私なりの街乗りの楽しみ方だった。

やがて卒業しスケボーはタンスの肥やしになってしまったのだが、それから20年経った今でもなんとなく「あ、ここの道路は絶対滑ると気持ちいい」と思ってしまう。
私のアスファルトに対する人生解像度が、上がったままなのだ。
そこに大きな意味はないかもしれないが、例えば自分の子供と遊ぶとき(いないが)、怪我をしやすい道路かどうかなどの判断材料にはなり得るかもしれない。
上がった解像度がどこでどう役に立つかなどわからないので、上げ得だと私は思う。

飲食店員とバルーンアーティスト

詳細はまた別記するが、1年半ほど飲食店の社員だったことがある。
主にホール担当だったのだが、この経験が意外なところで役に立った。
その飲食店を辞めてから1年後あたりから、バルーンアーティストとしての生活がスタートしていた。
その中で縁あって、とあるダイニングレストランで使ってもらえることになった。
テーブルホップと呼ばれるショースタイルで、食事中のテーブルに対してお声がけ、了承を貰えたらバルーンアートを実演付きでプレゼントという流れだ。

駆け出しの私にとって初めてのスタイルであり、右も左もわからない・・・と思っていたのだが、自分でも驚くくらいスムーズに事が運んだ。
もちろんショー自体の質はまだまだだったのだが、過去の飲食店員の経験が活きたのだ。
お客様に声を掛けてもいいタイミングは非常に繊細で、話の盛り上がり、集まりの目的、お客様同士の関係性、テーブル上の状態、料理の提供タイミング、店員の動線などを敏感に感じ取らなければいけない。
この大部分を、飲食店時代に上がった解像度のおかげでカバーできたのである。
(逆に飲食時代に、これらに関してたくさんお叱りを頂いたのも事実なのだが。)
今でもテーブルホップに関して契約店舗様から高い評価を貰えているのは、この解像度の高さがあったからこそと実感している。

「楽しい」を何倍にもする

海外の映画を観ているとき、独特の言い回しや表現に気づくときがある。
例えば出演俳優自身に関するジョークだったり、他の映画のオマージュだったり。
娯楽の溢れる今の世の中、こういった「気づく人は気づく、ちょっとした小ネタ」は無数に溢れている。
知らなくても、気づかなくても全く問題はないのだが、制作者側が意図して用意したものならば極力楽しみたい。
私の場合は特に映画とゲームなのだが、歴史、宗教、神話、そのシリーズの伝統、監督、俳優などの知識が深ければ深いほど、鑑賞時の解像度は跳ね上がる。
言ってしまえば雑学なのだが、それがあることで本来の「楽しい」が何倍にもなるなんて、なんとお得なんだ。

人生解像度=お得

他にも過去にパニック障害持ちの恋人がいたおかげで、そういった症状が出た誰かが近くにいたとき、ある程度適切な対処ができたことがある。

現在の入院中も、たくさんの看護師さんが日替わりで担当になるのだが、その話し方や仕草の違いが印象にどう影響するのか、などを観察して自身の仕事に活かそうとしている。

道に落ちていたマスコットに見覚えがあったので、もしかしてと聞いてみたらやはり友人のもので感謝されたこともある。

こういった経験の積み重ねが人生に潤いを与え、時には誰かの助けになり、そして自分も誰かの経験に助けられることもあるかもしれない。
そうなると見えるものが違ってくる、色鮮やかになる、解像度が上がる、というわけだ。

なにより、日常の中で恒常的に得ていくものなので、基本的にコストがかからない。
必要なのは、自らの周りを流れてくなんてことはない小さな事柄を、経験として貯めていく意識だけだ。
なんならその意識づけも慣れれば楽しいに変わるので、退屈とは無縁になれる。
得しかないではないか。

もしこういった考え方が初めてという方がいたら、ぜひ視野を広く持ち、アンテナ感度を高め、経験値を積み、人生の解像度を意識的に上げてみてほしい。
きっと目に入るものすべてが新鮮で、そして次の気づきに繋がるはずだ。
これを読んでくれた皆様の人生が、少しでも楽しくなることを心から願う。

どんな状況でも、きっと「楽しい」は作れる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?