【第11週目】えっ!?手帳3級で働いていても障害年金申請できるんですか!?(過去編)

前回のあらすじ
年金申請するために自分の過去の病歴(?)を振り返ることにしてみました!

幼少期

幼少期の自分はとにかく落ち着きがなかったそうです。「元気」とか「おっちょこちょい」という言葉がピッタリな感じ。実際そう言われることも多かった気がします。よく言えば活発で行動力があるのですが、その分考えなしに自分の興味関心に飛びつくような子でした。幼稚園では給食を食べたらすぐに遊びに行ったり、深く考えずに行動して失敗することも多かったと聞きます。

それから好きになった物事への執着が強かったとも思います。当時ハマっていたのはダジャレやウルトラマンだったのですが、同じダジャレを繰り返し読んだり、同じウルトラマンのビデオを何度も再生したりしていました。

この頃から多動・不注意・衝動性(特に衝動性強め?)等のADHDの傾向やこだわりの強さがみられましたが、親も正直「子供だしそんなもん」ぐらいに思っていたそうな…。

学生時代

部活が始まってからは特に自分の好きなこと、やりたいことへののめり込みがより深くなりました。一応運動部だったのですが上手くなるために、勝つための自主練や情報収集やトレーニングは積極的に取り入れていました。
ちなみに中学生ぐらいまでは勉強(というか学内のテストとかで良い点数を取ること)も好きだったので「部活ばかりで勉強はおざなり」という極端な配分にはならずに済んでいます。

ただ、それでも学校や塾の宿題は提出日ギリギリだったり、期限に間に合わないことも多々ありました。特に最初の頃から「期限ギリギリになって過集中で乗り切る」というやり方で何とかなっていただけに良くない癖がついていました。それでなんとかなっていた時期もありましたが学年が上がって課題が難しくなるほどに過集中でも対処しきれなくなります。今でもたまにやらかしますしあの頃からやっと「困り感」が出始めた感じですかね…。

また、中学生以降からは特に対人関係でも問題が顕著にみられるようになりました。自分はいわゆる「いじられキャラ」への適性があったらしく、同級生や後輩からはいじられることが増えました(というか後輩からは完全になめられていました…)。いじられた時の上手い返し方がよく分からずに「ノリが悪い」と思われて苦労したことを思い出します。その他にも、興味の偏りから話題が合わせづらくて気楽に話せる人が多くなく、その反動で仲良くなった人への距離の詰め方を間違いえてしまい、逆に距離を置かれるということも度々…。

社会人

おそらく自分の中で一番困り感を実感した時期。
自信の無さや本音と建前の使い分けの苦手さもあってか採用面接は基本的に苦手です。選考を受けた企業の数が他人より少なかったとはいえ内定がもらえたのは唯一1社のみでした。

入社後はそれなりにやる気はあったことと「愛嬌がある」と思われやすい勝ったらしいこともあってそれなりに馴染めていたと思います。

ただ、しばらくして新しく覚えることや任されることの増加、繁忙期、人間関係の負担等があり徐々にボロが出てきました。仕事のスピードは遅く、ミスや抜け漏れも多く、明らかに他の同期に後れを取っていると感じるように…。そこからは職場で怒られて、自信を無くしてパフォーマンスが下がり、また怒られる。大きく体調を崩して休職することはありませんでしたが、逆に言えば働き続けざるを得ない状態ではあったのでそれがとても辛かったです。その辛さから一度だけ仕事に行きたくなさ過ぎて仮病を使うこともありました。罪悪感が強過ぎてそれ以降は二度とやりませんでしたが…。

「死ぬこと以外はかすり傷」って言葉がありますけど、この時のことを思うと「かすり傷だって傷なんだよなぁ」「ほっといたら悪影響を及ぼす可能性あるんだよぁ」とか考えてしまいますね…。

過去振り返るのしんど…。

めちゃくちゃ書くのに、というか思い出すのに苦労しました。単純に過去のことを思い出すのが苦手なんですが、その中でも嫌な記憶を引き出す必要があるので尚更苦痛でした。あと、今現在まだ4か月ですが会社で安心して働けていることが非常にありがたく感じられましたね。

でも、今までの過去があったから自身での特性への対処や自分に合った配慮や環境について考えられたんだなぁとも考えられます…。

これは流石に無理矢理肯定的に捉え過ぎかな?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?