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白石一文『道』(毎日読書メモ(450))

白石一文『道』(小学館)を読んだ。
白石一文の小説は、主人公のディテイルがすごく細かく描かれ、その仕事と恋愛や家族関係を緻密に描いた上で、スピリチュアルな超常現象が起こって、それが物語のかじ取りをするものが多く、割と初期に、『見えないドアと鶴の空』を読んだ時に(感想ここ)えっえっ、と驚いたのが最初だったと記憶しているが(それより前の小説では見られなかった展開だった)、ずっと、説明しがたい超常現象が起こって、それを自分の精神の彷徨の中の重要な要素として受け入れ、進んでいく、という小説を書き続けている感じ(例えば『プラスチックの祈り』とか)。

今回の小説のテーマは、タイムトラベル、というかタイムリープ、というか、パラレルワールドもの。舞台は現在の日本だが、ばりばりのSFであった。
19歳の娘美雨が交通事故死し、そのショックで重度の鬱病になった妻渚を、渚の妹碧と共に介護する唐沢功一郎は、かつて、不思議な絵の前に立って、その絵に吸い込まるような経験をした結果、起こってほしくなかったことが起こる前に戻るというタイムリープ体験をしたことがあった。また、同じ絵の前に立てれば、娘が事故に遭うのを防ぐことが出来るのではないか。
その、ニコラ・ド・スタールという画家(ロシア出身の実在する画家)の「道」という絵(本の扉にのっている、実在する絵)と数十年ぶりに向き合い、少年時代と同じように、あってほしくなかった過去よりその前に戻ることに成功する。しかしそれはタイムトラベルではなく、別の世界への飛躍だったことに徐々に気づいていく。娘を死なすまい、と跳んだ世界で、別の人がより不幸な目に遭うことになったり、娘を交通事故から守ろうとしたその現場で、娘のかわりに事故に遭いそうになった少女を助けたことがきっかけで、その少女をまた「道」の前に立たせ、過去に戻してあげたことで(この絵はどれだけ万能なんだ…)過去に戻った人間が、その世界から消え去ってしまうことを知り、自分が後にしてきた世界で、自分が消えてしまったことで残された渚と碧がどんなことになっているか、不安になる功一郎。
美雨を救い出せた、別のパラレルワールドで、思いもかけなかった不幸に見舞われ続け、功一郎は、自分が消えてしまっても家族や周囲の人が困らないように万全の準備をして、美雨が死んでしまった、元の世界に戻ろうとするが...。

542ページもある長い小説の中で、功一郎だけでなく、この絵の秘密を知っている何人もの人が過去に戻ろうとして、別の世界に跳び続ける。パラレルワールドにいる複数の自分。それはちょっと、先日読んだサラ・ピンスカー『そしてすべては海の中に』に収録されていた、「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」という小説で、沢山のパラレルワールドから一つの世界に、さまざまなサラ・ピンスカーが集まってくる物語を思い出させた。この小説の中では勿論複数の功一郎が出会うことはないが、タイムリープした人たちそれぞれが、別々の世界でまた再会したりする。その動きを頭の中でイメージしようとして、最後の方はクラクラ。
その人の幸福の総量は、どこの世界に行っても変わらないのか。不幸と幸せがないまぜになった現実を生きる功一郎。2021年2月から、美雨の事故前の2018年9月に戻った功一郎は、コロナ禍前の日本を再度生き、ばれないようにコロナに備えたりもする。誰もマスクをしないで電車に乗っている様子を見て違和感を持ってしまう2021年の日本人。紅白歌合戦を見ながら、来年の紅白は無観客開催になるなんてまだ誰も知らないんだ、と思ったり。
そして、最後に狂言回しが再登場して、「道」と多重世界についての謎解きをする(あくまでも推測だが)。世界を跳ぶことで、人はある種の永遠性を持つことになるのだ、という、結局スピリチュアルなところにおとしどころを持ってくるんかい、的結論。それに対して、功一郎が願ったことはかなり俗人的。あえてバランス悪くして物語を終わらせた、という感じだった(そこでやめなければ、もう一章、もう二章、と、人間でなく物語が永遠に続くことになってしまいそうな勢い)。
今までの小説ほど男の身勝手度は高くなかったが、願望のためにどんどん世界を跳んでしまうところで既に身勝手か。
最後は夜更かしして一気読みしたし、面白かったけれど、カタルシス、みたいなものがない読後感。読んだ人とは色々語ってみたい気もするが、あまり自分からお勧めすることはない。それが白石一文。そうやって二十年位付き合って来たなぁと思う。

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