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柚木麻子『らんたん』、朝ドラみたいな、明治~昭和の光景(毎日読書メモ(456))

世田谷にある恵泉女学園の創始者、河井道の生涯を描いた柚木麻子の小説『らんたん』(小学館)、かなり前に買ってあったのだが、買ったことで油断してなかなか読めずにいたのをようやく読了。
作者、柚木麻子自身が恵泉の出身で、恩師一色義子から聞いた話も含め、膨大な資料にあたって書いた、「史実に基づくフィクション」。
わたし自身が恵泉女学園とあまり馴染みがなかったこともあり、この本の主人公である河井道、道とシスターフッドという名の元に深くつながった一色ゆりのことを知らなかったのだが、彼女たちの周りに現われる人々は、明治から昭和の文化史を彩るそうそうたるメンバーばかり。

この本に現われた人々でわたしでも名前を知っていた人にとりあえずタグ付けしてみる。すごい量になるよ。綺羅星のごとく。

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河井道は誰とも恋愛関係にはならず、結婚もせず、キリスト教の布教と女子教育に尽力する人生を送ったが、若き日に出会った新渡戸稲造の教えを深く胸に刻み、また、新渡戸の紹介で知り合った有島武郎とはずっと対立し続けたが、有島が波多野秋子と心中して亡くなった後も、自分の行動に迷いがあるときは、有島の亡霊が道の前に立ちはだかり、道を揶揄する、という幻影を見続ける(その辺がすごく小説的)。
山川菊栄は生涯、道とゆりのキリスト教的理想主義を批判しながら、社会運動に身を投じる姿を彼女たちに見せ続ける。
「小説は女が死んでなんぼ」と言う徳富蘇峰や有島武郎に対してストレートに怒りを示す道。村岡花子が翻訳した『赤毛のアン』に大きなシンパシーを寄せる。
津田梅子と大山捨松の葛藤も、道の生涯と並行するように描かれ続け、捨松の死の直前、梅子が徳富蘇峰の元を訪れ徳富の『不如帰』の中でおとしめられた大山捨松の名誉回復をするシーンも印象的。
最初は梅子の女子英学塾(後の津田塾大学)を助け、その後はYWCAでの布教活動に力を注ぎ、多くの社会運動に触れつつ、自分自身で女子教育の場を作りたい、という気持ちが強くなり、ゆりと共に恵泉を創立する。色々な考え方を尊重し、他者の意見を否定せず、自分の言いたいことは言う場。多くの行事を行い、その中で色々な知恵を身につけて行く。恵泉の学園風景を描いた部分がとても好きだった。教育ってこういうことなのかな、と思う。太平洋戦争が始まり、官憲の目が光るようになり、道も変節を強いられ(それが理想主義の思想家たちからは批判される)、でも、終戦の頃まで、学校に集まれるときは礼拝の時間を持ち、生徒たちは昭和20年になって『風と共に去りぬ』を回し読みして熱狂したりしている。
食糧事情がどんどん悪くなり、軍事教練に動員されたり、工場での労働奉仕をしたり、不自由な生活の様子も描かれ、現在の感染症の蔓延での不自由なんて、当時の状況に較べればどうってことないではないか、という気持ちになる。生命の危険と向き合いながら、それでも前を向いて生きている、道の強さに心を打たれる。
小説の中で、「キリスト教」と書かれているその宗教がカトリックなのかプロテスタントなのか明示されない。道もゆりもアメリカの大学に留学しているし、新渡戸稲造がクエーカーの普連土学園を創設しているところからみると、プロテスタントに近い教えなのかな、などと考える。

恵泉のウェブサイトを見に行くと

わたしの生徒たちは、平和と善意が支配する新しい世界秩序を導き入れるように力をかすようになってほしい

(河井道『My Lantern』より/英文自叙伝和訳)

とある。道が留学していたブリンマー女子大の入学式で、上級生が新入生たちに灯のともったランタンを授与するその光景、光が場に満ちる感動を、いつまでも生徒たちに見せていたい、そういう道の気持ちが最初から最後まで充満した小説だった。
長いタイムスパンを駆け足で進んでいくが、道とゆりのぶれない気持ちが貫かれ、そこに、時代の一線を行く綺羅星のごとき登場人物たちがそれぞれに足跡を残し、日本の近代化のひとつの側面をじっくり見せて貰った。

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