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Guitar0908

雨の日って実はチャンスでは?と、試しに出かけてみたらなんとか場所を確保できたのでさっと歌って逃げてきた。まさに「発想の転換」である(私はワーズワースの"The tables turned"が好きだ)。

「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないんだけれども、私には微妙に共感覚的なおそらく一般的なものより幅の広い発想が浮かぶことがよくあって、先日"Universe(Savage Garden)"でCoccoのことを考えたことから出てきた曲ということで、中島みゆきさんの「悪女」を歌ってみることにした。
この曲は前に山崎ハコさんの「呪い」を歌った時にも浮かんだんだけど、当時はまだベース&歌で流すという発想をあまり持っていなかったのと、おそらく歌と一緒だと技術的に難しかったというのもあって、そこから何故か"Stand by me"のベースへ行くというこれまた斜め展開になったんだった。

私は中島みゆきさんの曲はリアルタイムでは昔「家なき子」が放映されていた際に大ヒットした「空と君との間には」&「ファイト」くらいしか聞いたことがなくて(その後「地上の星(だっけ?)」等がヒットしていた時には既にTVの無い&世間の流行から降りた生活をしていた)、「悪女」は友達がカラオケで歌ったのを聞いて知った曲だった。
興味深いことに、この曲を歌った友達は2人いて、いずれもCocco好きの子だった。一人は高校の時、もう一人は大学の時のクラスメイトで互いに面識は無く、性格もてんで別。

Coccoは(初回の)活動休止前が神格化されているところがあって、特に初期の、いわゆる病んでいる感じに強く惹きつけられている人が多いから、彼女の中の「陽」の部分を受け止められず、見たくない、受け入れられないと否定したり、そもそも彼女のキャラを「設定」や「作り物」として見たりする人もいるんだけど、活動休止前にしても例えば"Drive you crazy"なんかのPVを見たりすれば、彼女の中にひょうきんだったりめちゃくちゃ陽キャな部分があったりするのは明らかなわけで、私は昔からCoccoは陰も陽もある人だと思って見てきていた。そしてその感じが中島みゆきさんに似ているのかなとふと思った。
中島みゆきさんのことはあまりよく知らないんだけど、有名な曲の壮大な感じとか硬質な歌声から想像していたのとはちょっと違って、しゃべっているお姿はずいぶんと明るく軽快でチャーミングな感じだった気がする。

話を戻すと、高校の時の友達はCoccoも歌っていたんだけど、コミックソングというかひょうきんな歌もよく歌っていて、その感じが中島みゆきさんも(Coccoも)好きという流れに行き着かせたのかなと思った。一方、大学の時の友達は傾向がまた違って、彼女は椎名林檎さんやその他特徴のある女性ボーカルの曲をよく歌っていたので、その一環だったのかなという気がする。
性格的には高校の時の友達はちょっと陰があって、私が本格的にCoccoを聴き始めたのはこの子が歌った"Raining"の歌詞(リストカットの部分もあるんだけど全体的な雰囲気)に「!!?」となり「クムイウタ」を手に取ったからだった(それ以前にも「強く儚い者たち」は聴いたことがあったけどツボに入らず、"Raining"を含めCoccoのそういうところは南条あやさんの日記やその他のいわゆるオンライン上のだいたいリストカットをしているメンヘラ友達によるテキストサイトで目にしていたんだけど、この時点ではまだ刃物をつきつけられる体験をしていなかったのもあって私は「切る」形での自傷はしていなかったし、そこまで身近な感じもしていなかったのでわざわざ探して聴くところまではしていなかった)。大学の時の友達は、少なくとも私の闇センサーは反応しなかったし、他の多くの子からしても彼女は健全な、とてもさっぱりした性格の子だと見られるだろう雰囲気である。とはいえ彼女は留学先で出会ったアフロアメリカンの彼氏と結婚せずに長い間同棲しているので、その背景には何らかの考え等があるのかもしれない。人の心は外から計り知れないところがある。私が自分のことを出さなかったように。

「悪女」はとにかく歌いにくかった。音域的に私の快適ゾーンより低いからというのもあるけど、あまり変わらない"Universe(Savage Garden)"がそれほどつらくなかったのと何が違うんだろうか。謎である。

語り手は女友達に対して男遊びをしている風を装い、かつ、実際男性の部屋へ入り浸る(?)生活をしている、居場所のない孤独を抱えた素直でない女性。

この「居場所のない」苦しさというのは痛いほどわかる。大学入学前の私も同じだったから。とにかくあの家にはいたくなかったから、先生に公立図書館を教えてもらってからは私はずっと図書館を居場所にしていた。20時閉館だったから、その後の時間と閉館日が地獄。閉館日に関しては、学校のあった自治体と居住地の自治体でずれていたので、基本的には学校のある自治体の図書館を使って(そっちのほうが色々充実していた)、そこの休館日には居住地の図書館へ行くという生活をしていた。ちなみに連日入り浸っているとわかるんだけど図書館には固定ユーザーというのがいて、その人たちも同じことをしていた。(どちらの図書館でも目にした)。図書館は居場所のない人達への貴重なインフラである。長期休館になる年末年始は本当にきつかった。他の意味でもきつい時期なのに、行き場もなくて。

「悪女」の女性は本の世界ではなく、人(特に男性)との関連において自身の存在を確認し居場所を作ろうとしていた。しかし、家にあげてもらうために電話をしているということは、合鍵を持っていない、継続的なパートナー関係にあるわけではないことは明らかなので、おそらくそのような刹那な関係性を繰り返しつつ、ふらりふらりと渡り鳥のような暮らしをしていたんだろう。だって、「裸足で電車で涙が枯れるほど泣く」状況って、、どうなってるの???って思うよ、、
「悪女」ごっこ(?)をして強がりつつ、男性に依存しつつも、あるいは依存しているからこそ素直になれず「行かないで」という本音を出せない女性。内心は求めつつも安定的な関係を築けないのは相手を信じられないからというのもあるのだろう。いじらしくもあり、理解できる部分もあり、理解できない部分もある人物像。
おそらくその「理解できない」部分のほうが大きいことが、音域にプラスの歌いにくさに出たのかなという気もしてきた。

しかし、久しぶりに声を出すとやっぱり厳しいね。無発声生活だから、また息が全然続かなくなっているし、ただでさえきつい低音部分がますます出ない
&潰れる感じになっている。。この先もっと声出なくなっていくんだろうな。。


焼き過ぎてゴールデンベリーが生地から飛び出して焦げ&爆発してしまった、、
ブルーベリーも残り少なくなってきた。
キヌア入り。
時期ではないけど、蓬が出ていたので柔らかい部分を入れてみた。
見えないけどマンゴーが入っている。


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