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「18時ちょっと前に」

土曜の昼間、歩行者天国の大きく開けた道路をいざ目の前にすると、真ん中を歩かずにはいられなかった。
つい欲しい量の1.25倍くらいを皿に盛ってしまう
ビュッフェみたいな感覚で、己の、どうせなら感にあやかり、自然といつもより背筋が伸びたまま、ゆっくりと端から端までただ歩いた。




そもそも目的地があったのだが、行ってみると改装中の張り紙がしてあり、初夏頃にリニューアルオープン予定だそうだ。楽しみが先延ばしになったのだと思えるまで、わたしはご機嫌で、それほど久しぶりの歩行者天国が快適だったのだろうか。




いや、実を言うと、その夜に控えている珍しい予定に浮かれていただけである。
今日はその待ち合わせ時間のはなしをする。





今の会社に入社して1年が経とうとしているが、一緒に働く人たちのことは目元を知っているだけでそれが顔として捉えていて、このご時世の仕業だ。マスクをとって話をしたことがなければ、仕事終わりに飲みに行ったりなどは勿論したことがない。





それが先週。後ろの席の歳の近い好青年の彼に、次の土曜に飲みに行く誘いをもらい、ありがたく受け取ったのだ。そう、それが歩行者天国を浮かれて歩いたその夜の予定だ。





ついにこの時がきて、まだまだ安心しきれない中で、少しの背徳感を抱きながらも、久しぶりに外でお酒を楽しめることにも、初めて会社の、しかも異性と飲みに出かけることにも、正直なところ心は踊ってしまうわたしだ。





前日に待ち合わせの時間を確認すると、少し気になった。





18時ちょっと前に中野でいいっすか?





・・・・・





それは具体的に何時何分だろうか。
その言葉をそのまま彼に伝えてしまうほど人からどう思われるか気にしない心はわたしに備わっておらず、こういったやりとりはスマートに済ませたい派であることもあり、答えは当日、彼が約束の場所に現れた時間というわけだ。





17時45分 駅前で彼を待つ。
わたしの「○時前」の感覚は45分のことで、半だと早い、丁度だと遅い、間の時間だからだ。わたしはこの答えに自信を持っており、彼も同じような感覚を持っているだろうと、そう思っていた。




17時50分




あれ、意外と来ない。
わたしは人を待つことに抵抗がなく、何分からが遅刻であるという今回のような線引きが曖昧なパターンだからではない。ただ、別に気にしていないのだ。





待っている間に、予約してもらったお店の場所を確認しようとマップを開くと、そこで全てが解決することとなる。




駅から徒歩1分。





18時ちょっと前に中野でいいっすか?





彼は18時と前の間に確かに「ちょっと」と入れていて、この「ちょっと」がこの文の肝だったことに気づき、ハッとした。
つまり、「駅から歩いて1分の所にあるお店を18時に予約しているから間に合う時間に待ち合わせよう」という意味の「18時ちょっと前」だったのだ。




その18時ちょっと前、ぴったりの時間に彼が現れたことにわたしはすごく納得したのだ。




そのあとお店に入ってビールで乾杯したところで、私はこの話をしたい気持ちはあったけれど、初めて泡だけのビールを飲んだものだから、その口当たりのクリーミーな感じと、どんどん甘くなる不思議な味にやられて、それどころではなくなっていた。


もしまたこの機会があるのなら、今度はわたしが曖昧な時間を指定して、1分を争うような相手との絶妙な駆け引きをしてみたいと思うことでこの件は落ち着いた。




なのでこの話はここでおしまいだ。



2022.03.27 ぎり晴れ
少しお酒が残っているけどお墓参りに出かける
早めに帰ってきてNetflixで「アバウトタイム」をみて
なんか時間について考えてしまった


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