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「哀しいくらい」眠れぬ夜と物語と。

ある日のこと、なぜか眠れずに困ってしまうことがあった。今更、羊なんて数えても面白くもないし。ということで、悩んだ挙句、脳内短編映画を作ることにした。(いきなりだ。)真夜中に空想で作る映画は案外面白く、眠れないのに夢中になった。

まずは主題歌は小田和正さんにお願いする。(これは譲れない。)小田さんの歌をベースに考えると、やはり、内容は恋愛物になるか。なんて考えてゆくと、どんどん想像がふくらんでゆく。

そして、映画タイトルはどうしよう?と思った。いろいろ考えた結果、やはり、ココは小田さんのオフコース時代の歌のタイトルを拝借して「哀しいくらい」に決めた。(単なる思い付きで。)映画のタイトルにしては、ちょっと文学っぽくなるかなぁとも思ったけど、とりあえず、仮に決定。(主題歌の歌手と映画タイトルを、先に決めるというのも変な話だなぁ。ま、いいか。)

さて、肝心のストーリーは・・・と考えた。

まず、白い渚が頭に浮んだ。季節は初夏といったところか。そこに白いワンピースを着た少女(14歳)が一人で海を見つめている。少女は体が弱く、誰とも話そうとしない。おまけに学校は休みがち。だから友達は誰もいなくて、一人でよくこの場所で、好きな絵を描いている。

少女はとても不思議な絵を描いた。海を見て描いているのに、黒と赤の絵の具を使い、まるで死神の住む世界を描いたかのような絵だった。そんな彼女を同級生達は気味悪がり、そして、彼女をいじめた。特に同じクラスの「健太」のいじめはひどいもので、彼女の描きかけの絵を取り上げては、ゴミのように投げ捨てていた。(そして彼女に”死神”というあだ名をつけた。)

そのたびに、彼女は何度も泣いては、目を赤くした。そして、とうとう学校に行かなくなってしまったのだった。夏休みに入ったころ、彼女はいつものように、海辺で絵を描いていた。そこに通りがかった若い男性が、彼女の絵を見て驚いていた。その若い男性は、高校の美術の教師をしており、彼女の絵をひと目見て、隠れた才能を見出していた。

そんな彼女にその高校教師は話しかけ、絵のアドバイスをした。やはり、気になるのはその暗いイメージの絵だった。彼女と話しているうちに、彼女は次第に、その教師に心を開いていって彼女の過去を語るのだった。

幼い頃、両親が離婚したこと。学校から帰ったら、母親が自殺していたこと・・・。そのショックのあまりに彼女は、うまく言葉が話せなくなっていた。

彼女は次第に、その若い教師に恋心を抱いていった。彼女にとっては、それは初恋だった。そんな中、彼女は明るい色を選ぶようになっていった。その絵は誰が見ても、美しいと思えるもので、時折、道行く人たちが、彼女の絵を見ては立ち止まり、心ゆくまで眺めては、幸せそうなため息をついた。

けれども、健太だけは相変わらず、彼女の絵を見に来ては(美しい絵を描くようになってからは、絵を取り上げることはしなくなったものの)「へたくそ!」などという幼稚な言葉を、彼女に投げつけるのだった。

彼女がまた、死神のような絵を描くようになったのは、あの若い高校教師が、恋人を連れてきたのがきっかけだった。その教師は彼女の気持ちに気づくこともなく、恋人に彼女の絵を見せては恋人を喜ばせていた。でも、また、暗い絵を描くようになってから、その教師と絵のことでケンカをするようになり、やがて教師は彼女の元に訪れることはなくなっていった・・・。

また、一人になった彼女は毎日のように、海辺でずっと泣いていた。そんな彼女に、また健太は、その暗い絵を取り上げるようになり、彼女にこう叫ぶのだった。

「なんでまた、こんな絵を描くんだよ!ばーか!」

やがて絵を描かなくなった彼女は、海を眺めるだけの日々になった。それまで健太は、父親のカメラを無断で持ち出しては、この海の写真をよく撮っていた。そして健太がわざと彼女にカメラを向けると、彼女がとても嫌がったので、それが面白くて彼女にカメラを向けては乱暴にシャッターを切っていた。

やがて、彼女がカメラを嫌がることもなく、死んだみたいに無表情になっていったとき、いつしか健太は自分の幼稚じみた彼女へのいじめが、とても虚しく感じられるのだった。

健太は彼女に今までのことを、すべて謝ろうと思った。本当は違うんだって言おうと思った。でも時はすでに遅かった。その翌日、彼女はそれまで住んでいた祖父母の家から遠く離れた親戚の家に引っ越していったのだった。健太は知らずに何日も、海辺で彼女を待ち続ける日々が続いたのだった。(健太が彼女の引越しを知ったのは、夏休みの終わったあとだった。)

それから十数年の歳月が流れた。

彼女はどこかの街の美術館にいた。もう彼女は絵を描いていなかったが、こうして絵画を見るのが彼女の日課になっていた。そんな中、彼女は一枚の写真を見つける。それはかつて、彼女が描いていた海辺によく似た風景だった。飾られた写真はどれも、海辺の風景と子供たちの笑顔に満ちた写真ばかりで、なぜか懐かしいような感覚を彼女は抱いていた。

そして、その子供たちの写真の隣には不思議な写真が飾られていた。それは絵を写した写真だった。それはあの頃、彼女が哀しいときに描いたいくつもの描きかけの絵の写真だった。

そして、その下にはひとこと、こう書かれていた。
「これはかつて僕の一番大切だった友達が描いた絵です」

そして、その写真のタイトルが「哀しいくらい」。
(おぉ、映画のタイトルにつながった!)

彼女はそれを見ると、すべてを理解したかのように、静かに涙を流していった。やがて気がつけば、彼女から少し離れたところで、ひとりの男性が立っている。写真家のその若い男性は、何人かの人々に、自分の撮った作品について話しているようだった。

それはかつて彼女をいじめていたあの健太だった。(その絵は健太が、かつて彼女から取りあげたたくさんの絵だった。)やがて、健太も彼女に気がつく。彼女がゆっくりと歩いてゆく。その表情は、恋をしていた頃の笑顔の彼女だった。

やがて健太も近づいてゆく。
そして、エンディング。

バックに小田さんの「哀しいくらい」が流れる。
(あえて、ミディアム調のアレンジ曲にしてもらう。)

一番最後に、あの頃の彼女の笑顔の写真が映る。
(健太が密かに撮っていたのだ。)

そして健太が、彼女に笑顔で何かを話しかけるシーンでエンドマーク。(よし、ハッピーエンドだ!)

あぁ、そうだ、忘れてた。彼女はどの女優さんにお願いしよう?健太は?あの若い美術教師は?その恋人は?などと考えていたら、いつの間にか眠っていた。(とりあえず、目的は達成。)

この個人的脳内短編映画。かなり自己チューですが、私の脳内だけの上映なので観客は私ひとりと、これを読んでくださったあなただけです。パチパチパチ。(なんだか少しだけ寂しい。)すみません、つい、調子に乗って長くなりました。最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。

今、出演者全員が並んであなたにお礼を言っています。健太も彼女も喜んでいます。パチパチパチ!ブラボー!ありがとうー!

Fin

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一