「日本映画業界 女性の働き方の現在地」
先日、国際フォーラム「女性映画産業従事者の声を聞く:日本と韓国の映画製作労働環境と動向」にて映画業界におけるジェンダーギャップの現状と働き方の変遷について発表してきました。2023年の最後に、発表した内容と当日の感想をこちらに記します。
はじめに
私は大学進学時の2001年より装飾助手や小道具として商業映画の撮影現場へ入りましたが、当時はインディペンデントや他業種出身の監督が商業作品を手がけることが一般化してきた時期でした。大学卒業後に助監督となり、商業映画からVシネマの現場でも働き、映画業界のフィルム撮影からデジタルへの移行期の始まりを経験しています。2010年に妊娠を機に撮影現場を離れ、2020年より現在のスタッフマネジメントの仕事に従事しています。個人的に見てきた映画撮影現場の状況と、データを参照しながら、現在映画業界で女性が置かれている状況について紹介・考察しました。
歴史的背景
まず、歴史的な流れを見ていきます。そもそも日本映画界では、1970年代の撮影所システム崩壊まで、基本的に映画制作者のほとんどを男性が占めていました。というのも、主な映画会社・撮影所の求人は「男子」と限定されていたからです。制作現場で働く女性の登用はスクリプター・編集・衣装・化粧・美術分野の一部等限定的でした。撮影所全盛時代の実写映画女性監督は1936年『初姿』坂根田鶴子(第一映画)と1953年『恋文』の田中絹代(新東宝)の2名のみです。
1960年代から映画は斜陽産業と言われ、カラーテレビの普及で撮影所システムが急速に衰退していきます。1971年ごろには監督や人気俳優を自社に囲い込むための五社協定が消滅し、大手映画会社のスターシステム自体が無くなるとともに、雇用されていた制作スタッフも子会社に異動になったり、フリーランス化したりしていくなか、独立プロダクションが映画作品毎にスタッフを参集して行うプロジェクト型映画製作が主流になっていきました。
女性スタッフの参入
それまでは、各社で助監督や撮影スタッフなどを雇用し、それぞれ人材を育成していたわけですが、撮影所システムの崩壊とともに、それも縮小していきます。一部映画制作部門を切り分けた会社(東宝映画など)や松竹などで細々と技術者や助監督職の正規雇用があった程度です。そこで、松竹と日活の撮影所システムで育ってきた今村昌平監督により、映画制作について実学を学ぶ専門学校「横浜放送映画専門学院」(のちの日本映画学校、現・日本映画大学)が創設され、これに続いて日活芸術学院、東放学園(テレビ局母体)などの専門学校が作られていきました。現在の映画の現場で働く中心的なスタッフには、こうした専門学校出身のスタッフが大勢いますが、これらで教えられる制作システムは撮影所時代のそれを踏襲したものでした。
男女問わない募集のある専門学校の設立により、「男子のみ」とされた映画制作スタッフへの門戸が大きく開かれていったわけです。それまで撮影所システムの中では限定的なパートにしかいなかった女性スタッフたちが徐々に映画制作に参入していきます。
ちなみに、2022年度の日本映画大学の学生の男女比は、男性:63.8%、女性:36.2%(282人:160人)でした。
並行して、映像コンテンツ産業が急速に拡大していきます。テレビドラマやコマーシャルフィルムのみならず、1980年代にはミニシアター文化が花開いていき、1990年代はレンタルビデオの普及で劇場公開を前提としないVシネマというジャンルや衛星放送なども出現、単純に映画の作品数だけでなく、好景気を背景に映像関連の仕事自体が拡大していき、多くの人が映像業界でフリーランスとして職を得ていました。
女性映画監督のキャリア
こうした背景を受けて、女性監督も商業映画のフィールドに現れ始めますが、まだまだ継続的にキャリアを積み上げていくのは難しい時期でした。ピンク映画の分野で女性映画監督の先駆けとなった浜野佐知が70年代に、文化映画を背景とした槙坪夛鶴子が80年代に、その後90年代には風間詩織、山崎博子、佐藤嗣麻子、奈良橋陽子、松浦雅子、高山由紀子、河瀨直美、松井久子、合津直枝、新藤風などがデビュー。また左幸子や桃井かおりなどの俳優出身の監督も現れます(敬称略)。
このようにして見ると、同時期デビューの男性監督たちが現在に至るまで大手商業作品を次々手がけたり、海外映画祭で名誉的な立場にいたりするのに比べ、広く世間に知られているのが河瀨直美のみであるということは明らかですが、来年には佐藤嗣麻子監督による歴史ファンタジー大作『陰陽師0』もワーナーブラザーズで配給されます。1995年に『エコエコアザラク』でデビューしてからの20年以上の粘り強い積み上げの結果ですが、稀有な存在です。
2000年代以降、特にインディペンデント分野出身で商業映画を手がける女性監督は増え続けていますが、先に紹介したように、キャリアを構築していくには困難が伴います。予算規模の大きい作品への登用を打診しても、「実績がない」の一言で片付けられることが多いです。例えばアクション大作や歴史物などに女性監督の登用があるかというと、なかなか例が挙げられません。ハリウッドでキャスリン・ビグローがハードな戦争映画を撮ったり、SFアクションヒーロー映画にクロエ・ジャオが起用されたりするような状況からはまだ、大きな開きがあると感じます。
この、女性が「実績がない」から、と起用がなされない状況は、韓国映画界も同様で、フォーラム登壇者のチョン・ジュリ監督、イ・ソンヨン撮影監督お二人ともその点で苦労されているとのお話がありました。
2000年から2020年の「興行収入10億円以上の実写映画」において女性監督の占める割合(J F P調査「日本映画業界の制作現場におけるジェンダー調査2021夏」P3より)は、3%程度と非常に少ないです。2021、2022年も映連発表を見る限り0%です。このように興収10億円以上で区切ると、女性監督は年に1人いるかどうかです。こうした作品の大半は小説や漫画原作、人気若手俳優が主演するものやテレビ局制作ドラマの続編だったりとヒットが見込めたり、アクション大作であったりします。特に、アクションや特撮作品は、やや男性スタッフが多い傾向にあります。
興収による線引きは最終的にヒットしたかどうかですから、大手映画会社が配給を予定する「ラインナップ作品」の女性監督の比率(J F P調査「日本映画業界の制作現場におけるジェンダー調査2022夏」P5より)を見てみます。これは、製作委員会の幹事会社である東宝や東映が監督起用に際して裁量を持っているため、女性監督を起用しようと思えば可能なわけです。しかし、調査の結果、多い年で9.5%、少ない年には1人も女性監督が起用されていないということでした。女性監督が進出し始めて30年以上と考えると、女性監督のキャリアの積み上げが依然難しい状況であるということがわかるのではないでしょうか。
スタッフのジェンダーギャップ
一方、撮影現場の女性スタッフもゆっくりと増えているという印象があります。私が撮影現場に入った2000年代初頭でも、現場の2割ほどが女性スタッフという体感がありました。その後撮影、照明、録音の機材はデジタル化とともに軽量化し、技術パートでも女性が働きやすくなってきてはいます。また、演出関連部署でも、助監督と制作のアシスタントスタッフが全員女性ということも珍しくなくなりました。とはいえ、長時間労働であり肉体的にはハードな仕事であることには変わりありません。
毎年キネマ旬報社より出版される「映画年鑑」に記載されている実写映画スタッフのジェンダーギャップ(JFP調査「日本映画業界の制作現場におけるジェンダー調査2023冬」P7-13より)は、2022年でも監督は11%、撮影5%、照明3%、録音7%、編集13%、脚本17%、美術26%となっています。演出部と制作部のヘッドである助監督、ラインプロデューサーおよび制作担当に関しては年鑑の記載が非常に過小です。ヘッドスタッフのジェンダーギャップは、JFP調査を参照する限りこの数年変化が無いようです。
データやシステムの必要性
アシスタントスタッフに関しては、女性スタッフが増えているという実感はあるものの、ジェンダーギャップ調査を行うための資料自体がありません。映画年鑑にはヘッドスタッフのみが記載されていること、またその記載もムラがあるという状況です。ジェンダーギャップ解消のためにデータを参照しようにも、データ自体がない、年間400本近く公開される実写映画のスタッフのジェンダーギャップを調べるためには、一本一本映画のエンドロールを調べるほかない状況です。名前だけでは性別を判断できないということもあり、改善のための網羅的なデータや調査の必要性を感じています。
今回のフォーラム発表では、韓国の登壇者の皆さんはKOFICが調査・開示しているデータを引用して発表をされていました。公的な機関が網羅的なデータを取り、問題点を探り、解決のための対策を講じています。KOFICでは小規模作品への助成の際に、作品の内容と制作における多様性や社会性に評価の加点ポイントがあり、現にチョン・ジュリ監督の『明日の少女』(2022)はそうした加点を受けて助成を獲得し、制作をしたということでした。
そうした制度はフランス(CNC)にも当然あり、他にもサンダンス研究所とWIF(Women in Film)で運営されているReFRAMEなど、ジェンダーギャップ是正、多様性推進の取り組みがありますが、日本では、私の知る限り目にしたことはありません。
⇧2023年にCNCが関与した作品のジェンダーギャップレポート
【参考調査】
参考までに、2001年から2002年にかけて私が装飾助手として参加した北野武監督の『DOLLS』と、今年公開された是枝裕和監督の『怪物』の制作スタッフのジェンダーギャップを調べてみました。エンドロールではなく、あらかじめスタッフィングされて台本に記載されている人の名前を元に調べたものです。季節を撮る作品の内容とスタッフの規模感などが類似していて、この20年の比較になる作品かと思います。
『DOLLS』は
ヘッドスタッフの23名中2名が女性で女性比率は9.5%
アシスタントスタッフは31名中6名で女性比率は19%
でした。
『怪物』は
ヘッドスタッフは24名中7名が女性で女性比率は29%
シスタントスタッフは72名中28名が女性で女性比率は38%
でした。*東宝のプロデューサーを含む。
男性がほとんどの車両部なども含めて数えているのですが、ヘッドスタッフは実に3倍、アシスタントは2倍に女性比率が増えています。『怪物』制作スタッフは4割近くが女性であり、これはここ数年、映画や配信ドラマの現場をマネージャーという立場で見ている私の実感とも符合しますし、先にお伝えした映画学校の生徒の男女比とも合致します。
しかし、2022年の興行収入10億円以上の実写邦画映画12作品(JFP調査「日本映画業界の制作現場におけるジェンダー調査2023冬」P4-5参照)では、ヘッドスタッフとアシスタントではジェンダーギャップに優位な差があります。女性スタッフが増えていっても、ヘッドスタッフに女性が起用されにくいことが監督だけでなくスタッフでも同様であり、ここにまだ壁があることがわかります。
制作現場で働く女性の声
実際にこうした現場で働く女性たちとの意見交換も行いました。2023年秋には、子育てをしながら映画制作に従事している女性たち11人との意見交換会を開き、様々な声を聞くことができました。
女性としてキャリアを積むことの困難さに加えて、無意識のジェンダーバイアスにより、子育てが十分にできない・現場に迷惑をかけるなどの罪悪感がどうしてもある、という言葉が印象的でした。呪いを解くのがいかに難しいことか…。
マタニティーハラスメントやキャリアの中断の経験も多くあり、フリーランスの働き方が国としてサポートされておらず、産休や育休制度もないこと、子育てのため業務を縮小しバックオフィスの仕事に移っても「主婦のお小遣い稼ぎ」のように捉えられてキャリアが軽視されることなど、子育てと仕事との両立には様々な難題があるという具体的なエピソードを話してくれました。これらの問題は映像業界のみならず日本社会全体の問題であると言えるでしょう。
女性の働き方の現在地
女性スタッフの本格的な制作現場への参入が始まり40年ほどになります。先に見たようにアシスタントの女性比率は高くなっていますが、ヘッドスタッフの女性比率はそれに比べると低い傾向です。しかし、女性スタッフのキャリアの積み上げは弛まぬ努力によって行われています。
例えば、私が助監督当時、一緒に仕事をした女性撮影者は芦澤明子さん1人で、それ以外の女性撮影者というのはほとんど聞いたことがありませんでした。それから15年ほど経ち、現在は、商業作品の第一線で活躍する、伊藤麻樹さん、中村夏葉さん、板倉陽子さん、中島美緒さん、彦坂みさきさん、新家子美穂さんなど多くの女性撮影者の名前をあげることができます。女性監督も、ここ数年でとても増えています。今後エンドロールに、より多くの女性の名前を見つけることができるようになるでしょう。
先に挙げた女性たちは、撮影所システムを踏襲し残っていた徒弟制度・ピラミッド型の組織による映画制作、非常に男性的なシステムをサバイブしてきた方々です。しかし、そうした女性たち、またそのアシスタントスタッフの女性のなかにも、子育てとの両立を模索したり、男性中心のシステムを打破しようともがいている方もいたりと、現状は「ヘッドスタッフに女性が現れる」ということから次のフェーズに入りつつあることを日々実感しています。
これから求められること
今後、そうした彼女たちの声や、業界全体の人材不足や高齢化を受けて、多様な働き方が映画業界にも求められています。私がそのために必要であると考えているのは、次の3点です。
【長時間労働の是正と休日の確保】
兎にも角にも長時間労働を脱して、一般的な仕事と同等の労働時間に近づけていくこと、また土日祝日を休日として確保し、家庭や育児と仕事との両立や、地域社会との関わり、リラックスする時間を作れるような働き方にすることです。これにより子育て中の女性の人材流出を防ぐこともできますし、あらゆるスタッフがワークライフバランスが整った状況でより良い創作活動に取り組むことができます。
【分業化とワークシェアリング】
あまりにも属人的になりすぎ、個々人の負担が増大している現在の状況を見直し、より職能を分けていく、人を増やし仕事を分担していくということです。さらにそれぞれの職能が尊重されるよう、適正でフェアな報酬も必要ですし、人が増える分、ヘッドスタッフや部署ごと・全体のマネジメント能力が求められます。ワークシェアリングをうまく行えば、高齢のスタッフが若手にトレーニングを行う余裕も生まれ、理想的なO T Jの状況を作り出すこともできます。
【縦型から横型のシステムへ】
撮影所時代の黄金期は戦後の高度経済成長期と重なります。これは女性は家庭、男性は家事や育児をせず仕事に専念するという男性中心主義的働き方が推奨された時代ですから、現在も撮影所時代の組織の形をそのまま踏襲しているのはあまりにも無理があります。その形は縦社会、監督を頂点とするピラミッド型であり、各部署間の上下関係、各部署内の上下関係が強固に存在します。前述のように分業し職能を尊重することや報酬を適正にすることで、この上下関係を横の関係にしていくことは、ハラスメントを減らすこと、フェアな関係で気持ちよく仕事をすることにも繋がります。
ーーーーーーーーー
他にも状況を打破するためには様々な取り組みが必要だと思いますが、法的な保護以外で変化を起こしていくには、こうした実際の現場の意識改革と組織のあり方の改善が必要です。実はこの最初の二つ(長時間労働是正と分業化)を実行するのは単純に、制作現場の予算を現状の1.5倍以上にすればよいのです。人件費が増えても、食事や深夜タクシー代などの経費は減りますし、疲労によるトラブル因子も減らすことができますから、撮影期間が倍になっても予算も倍ということでもありません。
フォーラムでは韓国の週52時間労働制や主休日(撮影中休みの曜日を固定する仕組み)について、福間美由紀さんからの発表もありました。韓国の映像業界もまだまだジェンダーギャップの問題があるものの、こうした労働時間の取り決めにより若いスタッフが非常に多く、現場に活気があるとのことでした。
意識改革が、一番難しい
縦型のシステムから横型のシステムに意識を変えていくのは非常に難しく、固定観念や体に馴染んだ習慣を変えるのは本当に難しいことです。でも、最初の二つをシステム的に変えていくと、子育て中のスタッフや、ブランクから戻ってきた女性、若手や高齢のスタッフなどに居場所ができていき、より多様な人々が映画の仕事をできるようになり、お互いが思いやり合えるゆとりが生まれ、自然と縦型の考え方も変化していくのではないでしょうか。まず大きな資本を持つ作品から、長時間労働是正とワークシェアリングを推進して欲しいものです。
少子化の進む社会で、もはや女性の力なしには映像産業が成り立たないということは明白です。良質な作品を作るためにはまず人材の確保と育成であるということもまた明白であるのに、日本の映像業界は現状に甘んじ二の足を踏んでいるように思えます。
これまで物事を決めてきた場所にいたのはほとんどが男性ではなかったか、振り返ってみてください。そして、その場所を空けて、女性たちに実績を積むチャンスを作ることが、映像業界の未来には必要なことだと誰もがわかっているはずです。もちろん、始めている人たちもたくさんいます。
フォーラムでは登壇者それぞれの立場から現状と問題点をあぶり出す発表がありました。釜山大学キム・ヨン先生の発表は力強く、女性たちの運動が労働問題やジェンダー平等を動かしてきたのだという先達の言葉に力をもらいました。下記でも記事にしてくださっています。ぜひお読みください。
ここ数年で、ハラスメントや働き方についてはっきりと「おかしい」と言えるような状況がやっと生まれてきたと思います。それは声を上げてきた方々が作り出したものです。非常に困難なこと、辛いことを自ら発信してくれたからです。
来る2024年は、個人でできることは小さいですが、意識の変化が生まれるような発信を行ったり、女性たちが緩やかに手を取り合えるような場所を作ったりしたいと考えています。興味がある方は、ぜひお声かけください。