【自己紹介】 正直、苦手だ。 学生の頃、あの嫌な緊張感。 無駄な焦燥感と不安感を、小さな箱庭で悶々とするあの瞬間。 自分がわからない…なんてことは人間しょっちゅうで、 実は隠れているだけ、あるいは必死に隠しているだけ。 ーーーーー「本来の自分」を。 こちらを始めようと思ったのは、 これこのように吐き出したかったからだ。 そうでなければ、すらすらと文が打てるはずもない。 約5年ほど勤めた、インテリアコーディネーターは経験だけで成り上がり、 その間に適応障害になったり、う
タイトルなし。 曲付けしたい方は、InstagramのDMにて。 (居たりするんかな?) ※未タイトル lyrics:Eid hayama 今日もきゅんと胸が鳴って そんな瞬間にも 世界のどこかでは 鳴らなくなってしまった心が在って イージーでは生きられない そんなことわかってるくせに NO MUSIC NO LIFE なんて 掲げてるんだ その芳しい香り辿って 君のだいじなとトコみつけて 消えちゃわないように その芳しい香り辿って 罪深い味を味わいつくしたい 咲
6月もとうとう終わり… 恵の雨も少ないから少し不安がよぎる今日この頃。(水は生命) やろうやろう、と思ってギリギリ続けているnoteは7月も溜めては溜めては手水のように 少しずつ出していく予定です。 そして「こんな画期的な、まさに自分が求めていたやり方が?!」と、みつけた風景販売のサイト。 またも、やろうやろうと思ってやっと先日、 作家登録をし、写真を投稿してみました。 というわけで、 写真販売はじめました。 まだ2作品しかあげてませんが、 もしよかったら覗いてみて
深夜はモヤモヤ 本来やるべき事だとか、過去の出来事とか 情報整理が目まぐるしい とりあえず、「自分ができる稼ぎ方をしよう」と唱えてみる
今夜は珍しく、そのまま書き綴ってみる。 いやまぁなんだ。愚痴って言いたい時に言うものだと思う。むしろ当然。 吐き出したくて仕方ないんだから、 本人がすっきりするのを待つがよろし。 ただやはり、全方向に向けていたら 敵に囲まれるとも思うのだ。 だから、此処では(note)自由に物申す!! とは言っても、思慮深く書いてる人が多いと思う。(本当に優しい人だよね) かくゆう自分は、思慮深くとおもいつつ 吐き出す場所と徹底しようとしてるので、 モヤモヤするものも書きます。
今夜はなんと、弟が初任給で家族に焼き肉を奢ってくれると言うのだ!! なんと親孝行たるものよ。 ねーちゃんはやった記憶がない。 誕プレとかは渡すが... 改めて家族が1番だなと想う夜に溜めてた話をしよう。(溜めすぎ) 「お前らは仲良く居ろよ。」 毎週金曜日、わたしは実家へ帰る。 晩御飯を食べ、団欒していると 話の流れで父方の叔父の話になった。 叔父はわたしが小さい頃、いつからか姿を現さなくなった。 わたしに弟がいることを知らない。(今は知っているはずだが) 事情
たぶん、同じ人いる。 また焦ってる。 急に焦り出すから、困ったものだ。 1年~2年の間は、休職、またそこから 療養期間として1年。 でもこれは、必要な「おやすみ期間」だから、 本当は焦ることは無いはずなのだ。 人には人の充電期間がある。 適応障害▶うつ病となって、 社会貢献という名の元から約3年離れている。 (休職期間含め、その間に会社は倒産) 数字だけみると、かなりブランクがあり 焦りに拍車がかかる。 ブランクが3年あるなかで、社会復帰を迫られている。(と、勝手
最近の感じというなの懺悔 また停まってしまったぁ…と自己嫌悪に苛まれ ようやっと書きはじめる。 メモに、そのときに思ったことを一気に書いて 溜めておいてはいたが、投稿までにいたらない。 しぶってるというのも嘘ではない。 さすがにまずいとおもったので、 ひとつ置いときます。 ライブ配信と推しのこと 思いのほか、配信を愉しめている。 なんだかんだ半年以上つづけられている。 それは、やはりリスナーさんたちが 会いに来てくれ、だべってくれるからだ。 ひとりだとほとほとし
忘れがちな自分軸 ものすごく間が空いてしまった。 なぜかは小さき事が詰んでしまったからだろう。 まあ、とにかく自分を責めるのだけはよそう。 いくつかメモに残した話をしていこう。 (思いついた時は、ゾーンにはいってしまうので そのままnoteにかけない) 今回は、「働く」について。 「働く」の視え方 働かなくては…と考えてしまうから 苦しいのでは…と思った深夜2時。 現在、私は専業主婦兼配信者として生きている。 傍からみれば、「無職」「ニート」。 「専業主婦」とい
変えたくない感覚【感情】 先日、ふと思い出した。 中学生の頃、「携帯小説」が流行ったなと。 自身も何冊か買って、読み込んだのを覚えている。 何度読み返しても、感じたことは なにひとつ変わっていないことに気づいた。 変わらない感覚 例えば音楽。 好きな曲はずっと覚えていたいと思う。 自分はわりと「いい音楽」を知っている。 良い音楽というのは、アルバムの中にひっそり 隠れているB面よりも、もっと深い曲のことだ。 中学生あたりから、鍵っ子であり 夏休みなんかは部活がない
たまには本音を。 そう思って、押し込んだり、わざと引っ張り出したり。 人は本音を言うことに怯えて生きている。 それこそ、大丈夫か聞かれると「大丈夫」と 条件反射で応えてしまうほどに。 おそらく、誰もが自分のなかでこれでもかというほど沈めて、埋めて。 抜け出せないプロセスで日常を生きている。 同情を強要する真意 消えていなかったんです。私のなかでも。 冒頭にかいたように、本音というなの不満を引きずっている。 仮に友人に悲しい出来事があったとしよう。 悲しみに明け暮れ
怒りも大事な感情 と、ぼくは思うのです。 よくアンガーマネジメントなんて言いますけど、 それでも抑えられないことだってある。 それは、人間だから。 怒りも自分の一部。 賛否両論あるのは知っています。 そんな矛盾を謳った歌詞。 BARK BARK lyrics:Eid Hayama しびれる程の怒りが沸いて 身体中に稲妻がはしって 頭の頂点(てっぺん)からつま先 震えて抑えられない 矛盾が滅べば 平和になるんじゃないかって 神様が
むしろレベルアップ。 ここ最近、涙腺が弱い。 年明けの放送された、義母と娘のブルースも完結し、 以前の自分では考えられないほど、涙腺が緩んだ。 (某コンビニで購入した麦田のパンは美味でした) 先週の金曜ロードショーで、ハリポタの賢者の石を実家で観た。 弟と母親と懐かしみつつ、ツッコミつつ観ていたのだが、 所々、大人になって泣けるシーンがあることに気づいた。 そもそもハリーは、両親を亡くしているわけだが、 話の中間くらいまで、悲しんでいる様子はあまり伺えない。 しかし
とにかくお疲れ様。 という気持ちで書いたんだと思います。 1年以上前に書いたものなので、療養中の時の歌詞です。 みなさん、一週間お疲れ様です。 無理にでも休みましょうよ。 FM:YELL lyrics: Eid Hayama 「今週もおつかれさま。」 「また明日から頑張りましょう。」 月並みだらけの台詞 これを聴いてる人は思うでしょう ”他人事” ”無難” これを言った人は思うでしょう ”他人事” ”自分も” どこか矛盾して
正解はみつからない。 日記なのか、エッセイなのか、コラムなのか… 否。吐出す処と決めたのだから、書き残しておこう。 なにもやる気が起きないなか、とりあえず歌配信をする。 モヤッと感は募るばかりだ。 遅めの昼食をとり、手放せないスマホ片手にこたつに潜って、 広告に流れてきた漫画を読んでみると、これから自分に起こりうるであろう 夫婦の崩壊の一部が描かれていた。 (夫は、専業主婦の妻を養うことに嫌気がさすといった内容だ。) そこからは負の感情ループである。 焦ることが一番よ
酒を片手にネオ無職全う中のクリエイター。 生き方、文章などに魅了され、気分が落ちた時はたいへん助けられている。 (うつ病の時もだいぶお世話になった) 推し。