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間違えた道の先で、素敵な花に出逢えるかもしれない

分かってくれる人がいてほしいだなんて、
おこがましいのかな。


例えば、あの映画のあのシーンがグッとくるとか
例えば、あの曲のこの歌詞に泣けるとか。

自分と同じ人間なんていないと分かっているのに、どこか通じ合える人を心から求めてしまう夜がある。

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たぶん私は、心の深い部分を分かってくれる人を常に求めているんだろうなぁ。
そしてそんな人はなかなかいないから、分かってくれる人が現れると軽率に好きになってしまう。
そういうとこ、ある。

心の深い部分というのは、
その人の本質を表す芯のようなものだと思う。


そしてそれは、

「誰かに話すほどのことではないけれど、誰かに聞いてほしい」

という気持ちの中にいつも隠れているような気がする。


例えば、日曜日の夜は一番苦手かもしれないということ。
いいようのない不安感に襲われる。
月曜日になってしまえば平日の波に乗って、
それなりに乗り越えて
あっという間に一週間が終わることは分かって
いるのだけれど。

それでもなんだか日曜日の夜はそわそわする。

それに反して、金曜日の夜はホッとする。
だけどなぜか土曜日の夜は切なかったりする。

土曜日の夜はいつも夜更かししちゃうのだけれど、その時間は世界が寝静まっていて
この世界に自分一人だけという気分になる。
それが心地よくもあり、考えなくてもいいことまで考えちゃって勝手に切なくなる。

" 深夜とハイボール "は
人を切なくさせるのに相性がいいらしい。

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好きな映画がある。どこが好きかと言われると
上手く言えなかったりするのだけれど。
本当に好きなものはいつだって理由が説明できないものだったりする。

私は好きな映画のシーンを思い出して、
頑張れたりする瞬間がある。
あまり分かってもらえないかもしれないけど。

その上手く言えない部分を分かってくれる人と
出逢えたら一瞬で恋に落ちる自信がある。
心の深い部分で通じ合える人というのは、
私にとってそれほど貴重なことらしい。

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よくある恋愛のテクニックとか駆け引きとか、
そんなの本当は興味なくて
私はただ、そんな上辺で取り繕った関係じゃなく
こういう、自分のうまく言えない部分を分かり合える人がほしかったりする。

例えば、公園のベンチで一日中並んで座っていられるような、ただ隣にいたいと思い合える人に
出逢いたいだけなのかもしれない。

例えば、" 目立つ場所で咲いている花 "よりも
" 道端の誰にも気付かれないような場所で凛と咲いている花 "
のような人を見つけたいのかもしれない。
こんなところにいたんだね!とか思って喜びたい。自分にとって大事な存在は、だいたいひっそりとした場所にご褒美みたいにあったりするから。

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Mr.Childrenの「くるみ」という曲。

どこかで掛け違えてきて
気が付けば一つ余ったボタン
同じようにして誰かが 持て余したボタンホールに
出会う事で意味が出来たならいい

という歌詞がある。

人間、毎日いろんな選択をしたり、
出会ったり別れたり
そんな何が正解かも分からない日々を生きているんだと思う。

だけど、間違ったと思った道の先で
素敵なものに出会ったり

過去の経験が誰かと心が通い合うきっかけになったりもするから
人生って面白いのかもしれない。

ボタンを掛け違えるのも悪くないのかもしれない。

「どんな事が起こるんだろう?」
想像してみるんだよ

希望の数だけ失望は増えるのかもしれない。
だけどそれを分かった上でワクワクできる強さを持ちたい。
これからどんな素敵なことがあるんだろうって。

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そしていつか道端に咲く素敵な花に出逢いたい。


だから私も、
毎日もがいたり間違ったりしながら、
誰にも気付かれないような場所で
美しく咲いていようと思う。

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