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(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<3章第2話>

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たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
3章 親子の絆
第2話 有名人を訪ねて


 水曜日。「さかなし」の定休日、渚沙なぎさはお昼ごはんの後片付けを済ませ、キッチンのコンロに家庭用のたこ焼き用鉄板をセットする。

 昨夜、閉店後に仕込んでおいた水出しのお出汁を使って、生地を作る。たこを解凍して、みじん切り紅生姜と天かす、青ねぎの小口切りも用意した。

 それらを使って、渚沙はせっせとたこ焼きを焼いて行く。1度に12個しか焼けないので、次を焼いているうちに冷め始めるが、そのたこ焼きに焼きあがったばかりのものを盛り上げて行くので、熱さが少しだが移って行く。

 そうして焼きあがったたこ焼きをタッパーに詰め、段ごとにソースを塗り、いちばん上には削り節を掛けた。青のりは控えておく。

「渚沙、行くカピか?」

「うん。約束もあるし」

「ミーハーカピな」

 たけちゃんの呆れ顔に、渚沙は「だってなぁ」と苦笑する。

「せっかくやし、1回ぐらいは会いたいなぁとも思うんよねぇ。竹ちゃんも行くやろ?」

「まぁ、そうカピね」

 渚沙はタッパーの蓋を閉め、風呂敷で包んで保温バッグに入れる。

「さ、行こか」

 洗い物は帰って来てからまとめてするとして、渚沙は「よっと」と荷物を担いだ。

 大阪メトロ御堂筋線のあびこ駅から電車に乗り、天王寺駅で降りる。人通りの多い地下道を辿り、案内図通りに上に上がると、大きな道路の真ん中に阪堺電車の天王寺駅前駅が広がった。

 阪堺電車は路面電車である。前身を含むと明治時代からという長い歴史の中で、廃線の危機もあったのだそう。それでも利用者の熱意により、存続してきたのだと聞いた。

 レトロな木造電車から現代的な電車までが運行し、それもまたファンを沸かすのだそうだ。

 渚沙と竹ちゃんは滑り込んで来た緑色の電車に乗り込んだ。天王寺駅前駅から3駅、東天下茶屋駅で降り立つ。そこからは徒歩である。

 そう頻繁に来るところでは無いものの、道のりは把握している。渚沙と竹ちゃんは並んでのんびりと歩く。途中で理容院や楽器屋さんを通り過ぎた。

 そして見える石造りの鳥居。安倍晴明神社の入り口である。その名の通り、かの陰陽師、安倍晴明が祀られている神社だ。

 平日の午後ということもあって、参拝客はいなかった。好都合である。渚沙と竹ちゃんは鳥居の前で一礼し、参道の右側を静かに進む。まっすぐ行けば突き当たりが本殿である。

 鳥居をくぐっただけだと言うのに、まるで俗世から切り離されたかの様な空気感である。こぢんまりとした境内には安倍晴明誕生地の碑や、産湯井の跡の再現、葛乃葉霊孤の飛来像など、人の手によって整えられたものが点在するのだが、それすらも包み込む様だ。

 本殿の前には賽銭箱があり、鈴を鳴らすための麻縄が降りている。渚沙は竹ちゃんとふたり分のお賽銭をそっと落とし、麻縄を振って鈴を鳴らした。静謐な空間にからんからんと透き通った音が鳴り響く。

 二礼二拍手一礼。渚沙と竹ちゃんはそっと目を閉じて手を合わせた。これからも平和であります様に。「さかなし」がええ様になります様に。皆が健康であります様に。

 そして目を開き顔を上げると。

 目の前に端正な顔が迫っていた。

「うわぁっ!」

 渚沙は驚き、女性らしからぬ声を上げて後ずさってしまう。そんな渚沙を見て、顔の主はおかしそうに「あはははは!」と笑い声を上げた。

「よう来たな、渚沙、竹子たけこ!」

 そう言い放ち、賽銭箱の上で白い袴姿で堂々と立つのは、安倍晴明その人であった。渚沙の心臓はまだ早打ちを続けている。

「こ、こんにちは! 驚かさんでくださいよ!」

 咎める様に言うと、安倍晴明はまた「あはははは!」と笑う。

「退屈なのだ。勘弁せぇ」

「相変わらずいたずら好きカピな。渚沙もそろそろ学ぶのだカピ。晴明はこういう男カピ。参拝のたびに驚かされているのだカピ」

 呆れ顔の竹ちゃんに言われ、渚沙は(ああ、そうやったぁ〜)と項垂れる。毎回同じことを繰り返しながら、次の時には忘れてしまうのである。

 本殿からは葛の葉も出て来て、渚沙がうろたえる様子を見て、ころころと優雅に笑っていた。

「もう様式美の様やねぇ〜。ええ反応するわぁ〜」

「葛の葉さんまで〜」

 渚沙が嘆くと、葛の葉はまた「ふふ」と楽しそうに微笑む。

 安倍晴明は身軽にふわりと地面に降り立ち、渚沙が肩に担いでいる保温バッグに顔を寄せた。

「ええ匂いやな。ソースと鰹節。たこ焼きやな?」

「あ、はい。今回も持って来ましたよ」

 どうにか立ち直った渚沙が応えると、安倍晴明は「ありがたいわ」とにんまり笑う。

「さっそくもらおうか。大阪にはこれが楽しみにして来とるからなぁ」

「あらまぁ、ほな、もうわたくしは会いに来んでええかしらねぇ〜」

 葛の葉がからかう様に言うと、安倍晴明はまた「あはは」と笑う。

「もちろん母上に会うのも楽しみやで」

 安倍晴明は渚沙からたこ焼きのタッパーを受け取ると、賽銭箱を机代わりにさっそく堪能し始めた。

 渚沙が準備していたたこ焼きは、葛の葉とその息子、安倍晴明への差し入れなのであった。渚沙は安倍晴明がこの神社に逗留している間に、1度だけこうしてたこ焼きを持って訪ねるのである。

 親子の時間を邪魔する気はさらさら無い。最初はただ、有名な安倍晴明の姿が見られたら嬉しい、でも手ぶらだと悪いので、と、葛の葉もほぼ毎日食べている「さかなし」のたこ焼きを持って訪れたのだった。

 すると安倍晴明が思いの外たこ焼きを気に入ってくれ、それからこうして用意する様になったのである。

「うん、今日もうまいわ」

 安倍晴明はたこ焼きを頬張りながら、子どもの様な笑みを浮かべた。


がんばります!( ̄∇ ̄*)