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2020年下半期「グレート・リセット」は流行語になるか【未来投資会議資料を読む】

コロナウイルス流行を経て、メンバーと役割が拡充していく「未来投資会議」 

 先月7月30日に発表された「未来投資会議(第42回)」。ポイントを一言でいうと「メンバーが増えますよ」「論点が増えますよ」でした。これを「拡充 未来投資会議」と称するようです。
 下記が追加メンバーです。

投資会議メンバー

 ポイントは「新型コロナウイルス対策」と「ポストコロナ(新しい生活様式、働き方)」関連メンバーの拡充になります
 前者については、国立感染症研究所所長の脇田氏や「新型コロナウイルス感染症対策分科会」会長の尾身氏など、医療関係者が分かりやすいです。
 後者については、「労働者」観点で日本労働組合総連合、いわゆる"連合"の神津氏が代表ですが、経済財政諮問会議のメンバーであり、企業経営者(「使用者」観点)であるサントリーホールディングス代表の新浪氏、アフターコロナの経済再生やイノベーション観点などでクラウドファンディングサービス「READY FOR」代表の米良氏といった人選です(特に新浪氏の人選については「経済財政諮問会議」と「未来投資会議」の緊密な連携、という従来方針の実現の象徴になります)
 山猫総合研究所代表の三浦瑠麗氏については、国際政治学者として、新型コロナウイルスによるサプライチェーン混乱、米中対立など、特に中国を念頭に置いた国際環境へ対応、という観点での人選でしょう。

「ポストコロナ」=「ゆっくりだった時計の針が進んだ世界」

 さて、そのようなメンバーを拡充して望む未来投資会議では、以下のような項目の検討を行う、と整理されています。

趣旨

 「ウィズ・コロナ」「ポスト・コロナ」と言いつつも、個別の政策をみていくと、凄く目新しい、というよりは、従来の政策の加速=辻褄合わせ? といった側面が強いことは、以前の記事でも述べたとおりです。

 とはいえ、新型コロナウイルス流行下でのリモートワークなど「本来やるべきだったが止まっていたことが動き出した」=「ゆっくりだった時計の針が進んだ」という感覚を、多くの人が得たように、政策の面でも、その傾向は進んでいる、ということです。
 特に、この論点の中で具体性をもっている「新しい働き方」と「リモートワークによる地方創生」、「DX」、「分散型居住」は、長らく進まなかった「日本型雇用の変革」と「社会のデジタル化」、「地方創生」の裏返しであり、コロナウイルス流行を契機に進めよう(進んだら良いな)感が伝わってきます。

デジタル化以外、進むのか? 進んだとして、国民は幸せになるのか?

 一方で、基礎資料をみると、追加論点で具体的に推されている「地方創生」の文脈は、まだ大きなトレンドとは言い切れない印象があります。例えば「地方移住への関心の変化」でいえば、地方移住に関心が高まった三大都市圏居住者の割合は3.8%に留まります。やや高くなった、という回答者と合わせて、ようやく15%です。

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 個人は厳しくとも、企業はどうでしょう? 資料では「東京オフィスの縮小」の意向を持つ企業経営者(776人)のうち、38%が「東京のオフィスを縮小する意向」を持っている、としています。ただ、これは「オフィスの縮小」意向であって、地方への分散とまでは言い切れないように思えます。むしろ、先ほどの個人の志向を考えれば、個人・企業ともに「通勤を減らす」というライフスタイルに変化しているだけ、といえそうです。

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 ここから言えるのは
・「政府としては地方創生(東京一極集中の緩和)を掲げ続けている」
・「政府としてはポスト・コロナ、ウィズ・コロナを契機に加速させたい」
・「企業・個人はそこまでノッていないこと」
 でしょうか。

 唯一、感染拡大により「2020年5月の東京圏への転入超過数」は減少となっています。とはいえ、これは緊急事態宣言前後において東京への転入が少なかった、ということなので、多くの社会人や大学生などが「仕方なく待機」していると推測されます。背後にある事情や個々人のキャリアや人生を考えると(東京一極集中を回避しているとはいえ)どちらかといえばネガティブな数値に感じてしまいます。

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 これらの資料だけでは見えてこないのは「ポスト・コロナで東京一極集中を回避すること、国民が幸せになれそう」というビジョンです。今後の「拡充未来投資会議」においては「政府が進めたい政策」は「国民を幸せにするのか?」というビジョンの議論が求められるでしょう。また、そうした「具体的な幸せ」を体現できる行政・民間企業の事業には、国策的な後押しが進むことも予想できます。

「グレート・リセット」とはなにか?

 基礎資料の最後のスライドに、気になる言葉が出てきます。「グレート・リセット」2021年1月のダボス会議のテーマです。

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 「未来投資会議」をはじめ、安倍政権下における政策議論では、海外で提唱された新概念を、キャッチフレーズ的に政策に活用する例があります。ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットンが著書「LIFE SHIFT」で提唱した「人生100年時代」がその一例です。こちらの政策の取り込みは経緯的に小泉進次郎 現環境大臣が、2015年~2017年に自民党の若手議員らと共に始めた、自民党内の提言・ムーブメントから産まれたことが知られています。

2015年12月、政府の2015年度補正予算案に、低所得の高齢者に一人あたり3万円を支給する臨時給付金が計上されたことについて、少子化対策が大事と言いながら高齢者向けの政策が優遇されすぎではないかと小泉進次郎、村井英樹、小林史明ら若手議員から指摘が相次いだのがきっかけとなり、翌年の2月、小泉を中心として発足した(wikipedia)

 さて、今回登場した、この「グレート・リセット」も、リチャード・フロリダという社会学者が提唱し、著書のタイトルにもなっている言葉です。(なお、同書は現時点では在庫がなく、非常に高額になっています)

 リチャード・フロリダ氏は「新クリエイティブ資本論」という著書もあり「クリエイティブ・クラス」という概念を提示したことでも知られている社会学者です。シンプルにいえば「脱工業化社会における都市」では、「クリエイティブ・クラス」と呼ばれる高度な知的労働者(アメリカの労働者の30%)が、その成長の原動力になる、という考え方です。

 そのリチャード・フロリダ氏は、2011年、リーマンショックを契機に「グレート・リセット」を提唱します。こちらも詳しくは著書に譲りますが、シンプルに言えば
・「大不況・大恐慌によって、社会は変化する」
・「その変化とは、価値観(欲求・消費性向)の変化である」
・「価値観の変化は、システムやインフラをも変化させる」
といえます。ここから、フロリダ氏の主張では
・資本主義は変化していく
・その変化の起点は「メガ地域(Mega-regions、大都市圏)」である
・「メガ地域」は「才能(Talent)」「技術(Technology)」「寛容性(Tolerance)」が重要である(3つのT)
とも述べています。

※なお、クリエイティブ・クラスについて、詳しくは、ハーバード・ビジネス・レビューのこちらの記事がオススメです。

 このように、リチャード・フロリダ氏のいう「グレート・リセット」は、大きな変化(今で言えばコロナウイルスによるパンデミック)が導く結果(メガ地域化、3つのTを持つ都市がクリエイティブ・クラスを引きつける)という考え方なのですが、ダボス会議では、ちょっと違う方向性を示しています。

「グレート・リセット」は2021年1月に世界経済フォーラムが開催するユニークなツイン・サミット形式の会合のテーマです。
「グレート・リセット」とは、協力を通じより公正で持続可能かつレジリエンス (適応、回復する力)のある未来のために、経済・社会システムの基盤を緊急に構築するというコミットメントです。
「グレート・リセット」には、社会の進展が経済の発展に取り残されることのない、人間の尊厳と社会正義を中心とした、新しいソーシャル・コントラクト(社会契約)が必要です。

 これらを下敷きとした考え方が、未来投資会議で示されたスライド(再掲)で示されています。

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グレート・リセットから「どんな幸せ」を導くか?

 リチャード・フロリダの「クリエイティブ・クラス」論的「グレート・リセット」に基づけば、むしろ「東京一極集中」こそ、国際社会における競争力を維持する、といえます。一方で、ダボス会議的「グレート・リセット」に基づけば「どのようにあらゆる世代、あらゆる地域……を公平に尊重していくか?」という問いが重視されていくでしょう。

 もちろん、この考え方は対立するものではなく「東京をメガ地域として洗練させ、誰もがクリエイティブ・クラスになるチャンスを増やす」こと、「ステークホルダー資本主義を高め、個々の地域を活かした経済成長を推進する」ことは間違いなく両立できますし、むしろ相乗効果が産まれます。

 問題は「グレート・リセット」からどのようなビジョンを導き出すか、ということに尽きます。政策的に「どのような幸せなビジョンを導き出せるか」という問いです。そして、ビジネスパーソンでいえば「この世界はどのような幸せなビジョンに共感していくだろうか?」という視点での事業開発が必要になる、といえるでしょう。

 現時点では、まだ具体化されているのは「止まっていた時計を動かす」ような政策群であり、強いビジョンは示されていないというのは述べてきたとおりです。

「グレート・リセット」は流行語になるか?

 「グレート・リセット」は、政策的には便利な言葉かもしれません。特に慣習的なもの、今までは議論できなかった領域で提唱することで「聖域なき」議論を行うことが出来るからです。しかし、結果的に「多くの人を幸せ」に出来るかは、保証していません。ただ、古臭い慣習を壊す、ということは、それだけで魅力的・進歩的にみえます。生活の中で使うほどになるかは別として、大きな変化を伴う政策に対して、いつぞやの「聖域なき構造改革」と同様に「グレート・リセットである」という説明が為される可能性は高いのではないか、と思います。

 あくまで個人的な感覚ですが「日本的雇用」特に解雇規制の領域において、早い段階で、このフレーズが使われるような気がしています。仮に解雇規制が緩和されれば、多くの国民に対して不可逆的な変化をもたらす可能性があります。

 政策会議としての「未来投資会議」で示される「ポスト・コロナ」、そして「グレート・リセット」の議論はこれからです。今後とも注目していきたいと思います。


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