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東京に住む龍 第四話 龍の片想い①

 心浮き立つ春である。ましてや受験勉強から解放された大学一年の春だ。宮前小手毬はさぞ、浮き浮きして大学生活を楽しんでいるかと思いきや、いきなり突き付けられた現実に、いや逆風に立ち向かわなくてはならなかった。

「ねえ、龍君どうしよう」 

小手毬の今のところ、仲の良い幼馴染でしかない、水神辰麿に悩みを話した。

子供の頃、不仲な両親に育てられたのか、ロマンの一欠けらもなく、自立の道を考えた所為なのか。はたまた工学部出身で一流家電メーカーの技術者だった父が、自分の会社が潰れることを何年も前から予感して、準備万端で得意の工業用機械メーカーを創業して、数年を経ずして元の大企業潰れてしまったのだった。この先見の明と、生き延びる力のある父の血を引いているのか、小手毬はかなり現実的だ。

子供の頃から、女性で自立、しかも高給な職業に進むことを考えていた。中学生のころから薬剤師になろうと決めた。薬学科を出て国家試験に合格して、薬剤師になれば、研究職にも就けるし、調剤薬局も病院にも勤められる。もちろん町のドラッグストアの薬剤師にもなれる。給与もいいらしい。金回りのいい男でも捕まえたら、自分で薬局がはじめられるチャンスもある。

必死に勉強して万全で臨んだ、薬学部の受験に失敗してしまった。そうして入学したのが、国立東京藝術大学音楽部邦楽科雅楽専攻だった。世間の評価は受験した横浜国大や慶応大学よりあるのかも知れないが、薬学部に比べて将来性がないのは、明白だ。

薬学部なら余程のことがない限り国家試験に合格して、薬剤師になれるのに、ここはプロの雅楽師になれる確率が数パーセントだ。同じ藝大でも美術なら、デザイナーやイラストレーターのような潰しの利く、道に行ける可能性もある、音楽部しかもマイナーな邦楽でも、三味線とか日舞なら、何とか流の中で舞台に立ちながら、師範としての道もありそうだが、雅楽師として演奏をして食べれる確率が低い。オーケストラならぬ雅楽団へ入団するにしても、空きがないと無理の様だった。それでも先輩が言うには、他の大学の雅楽科より、ずーといいらしい。

まだそれでも、同じ専攻の学生にはプロの可能性があるが。小手毬にはなかった。小手毬はなぜ入学できたか、不思議なのだ。センター試験の成績が抜群に良かったのは確かだが、篳篥の実技が通ったのは奇跡だと思っている。先生方の前で、目白の老先生に習った通り、課題曲を吹いた。七月からそれしか稽古していない。確かに試験中特に失敗したという感じもしなかったので、それで通ったと踏んでいる。

他の学生は高校二年生までに受験を決め、師匠の元で猛レッスンをしてくる。篳篥の練習と言っても、週に数時間しかしていない、悪いが本気で藝大を目指して来た人は数万時間練習している。その上雅楽の世界で生きていく心構えがあるのだ。素人のお稽古の延長でしかない自分とは大違いだ。今のところ演奏の上手い下手では専科の中では、最下位の実力しかない。他の学生の演奏を見るたびに、皆一流の雅楽師になれるんだろうな、と思って劣等感に苛まされた。

それに対して辰麿は、相変わらず、 

「小手毬、思い切り贅沢させてあげるから、僕と結婚しようよ」

と言われる。辰麿は何かあれば結婚しようだ。子供の時に、小手毬は辰麿と婚約したというのだ。このことは家族は知らないが、辰麿の家来の妖怪達に祝福されたらしい。

「龍君は現実的でないよ。しょぼい龍神社の、どんくさい神主にしか見えないよ、辰麿。何処にそんなお金があるの。

私はまだ十八歳で、大学一年生なんだ、結婚なんて早いよ。」

辰麿の正体である青龍は、来年一億歳になる、神と妖の世界では、最上位になる、世界に五柱しかいない、龍だった。小手毬と今、龍神社で逢っている、水神辰麿は、人間の姿をしている、人間の姿と言うのは神の姿で、一日のうち殆ど人間で暮らしている、一昨年までは大学に通い、今は神主養成所に通っていた。

「私ショックだったんだよ。先月、風邪でへろへろになっていた時、藝大に行くことに決まったので、決死の思いで学校に報告に行ったんだけど。そしたら、うちの理系進学クラスで、私より成績の悪い男子が、慶応の薬学部に受かってたんだ、悔しくて悔しくてさ。卒業式まで寝込んだわ。

うちの高校から、音大に進学する生徒は毎年一人二人いるけど、みんな文系クラスからで。担任は奇跡だって。開校以来のミラクル、レアケースなんだって、私、嬉しくないよ」

「僕は小手毬が藝大の雅楽に行って嬉しいよ。大学も近くだし、就職できなかったら、龍神社の巫女さんになれば、僕は大歓迎だよ」 

「龍君に相談するんじゃなかった、悪いプランだわ」

ふと思いついたように、小手毬は辰麿の顔見た。嘘でも詮索するように、白い瓜実顔の大きな黒い瞳を見つめた。辰麿が頬を赤く染める。それでも見つめながら、

「龍君は龍なんだよね、神様のなの。家から遠くの高校に行かせたり、薬学部落としたり、両親を離婚させたり。そうだ私、中学の初恋から、告っても上手くいかなかったりしたのは、龍君の所為」 

辰麿も赤くなるのかと、面白いものでも見るように、辰麿の顔を見た。不味いこいつ私に惚れてる。

「そんなことは、していないよ」

「嘘」

嘘を言うと目が泳ぐと云われる。

「辰麿ー、辰麿の目が泳いでいるよ。龍でも動くんだ、この嘘つき」

「小手毬、あーどうすればいいんだ」

「あーやっぱり、妖怪だから邪魔しているんだ」

「僕は妖怪じゃなくて、最上位の神獣の龍だよ、昔だったら、一番いいお婿さんになるんだ」

「今は昔じゃないの、古典文学みたいなこと言うんじゃないわよ、ねえ龍だったら皆の前で龍になってみなさいよ」

「きついな、小手毬」

「こっちは将来がかっかってるんだよ」

大学帰りに龍神社に寄ってくれた小手毬が、夕飯の時間なので帰った後で、辰麿こと青龍は社殿と社務所を閉め、幽世《かくりよ》の龍御殿の玄関から、その身を龍に変えて空へ飛んだ。今日は気の済むまで上昇した。ふと見ると地球が大豆程の大きさに見えた。生ける七宝細工に見える青龍は、瑠璃色と翡翠色のグラデーションの鱗を煌めかせて舞う。

「ちょっと遠くに来ちゃった」

地球がマカデミアナッツの大きさに見える辺りまで戻った。 

「どうして素直に答えなかったのだろう、僕が龍で人間の小手毬に分かってもらうには、越えなければいけないことがあるんだ。

どう話す。

話しても、理解されないかも」

宇宙空間を舞いながら青龍は思い出した。あの日も、地球からこの位離れた所に来ていた。十三年前、今日と同じように龍体で飛び立った。青龍は高速で上昇する黒龍を目撃した。その頃は人間体を十歳児にしていたので、龍体はそれに応じて黒龍より小さく子供のように見せかけていた。否《いや》、八千万年も子供に窶している間に、龍体も子供そのものになっていたと、青龍は思っている。 龍は本能が強い。自分でも理由が付かない程強い。不審な動きをする黒龍の後を悟られにように、黒龍の後を付けた。黒龍に見つかったら、子供らしく茶目っ気たっぷりな言い訳もできると思いながら一部始終を隠れ見た。本能が異様な緊迫感を伝える。黒龍が小惑星と言うには小さい飛行物体に、体を巻き付けていた。

青龍はその目的を察知した。黒龍に気づかれない様に地球に、東京の地表にある龍神社に戻りながら苦悶した。

「僕はどうすればいいんだ」

黒龍に諂う今まで通りでいいのだろうか。人間体を大人にして、龍体も大きくして、腕力も付けるべきなのか。くるくると螺旋に飛びながら、身体も心も苦悩した。

「龍珠を得る、」

ふと口をついた言葉に青龍は驚いた。

「そんなんじゃない」

打ち消しながら、青龍はある女性の顔を思い浮かべた。遠い昔の悔いても悔い切れない想いと一緒に。

その数日後、青龍は龍の本能の力を、まざまざと見せつけられた。大いなる力の奇跡だった。

龍神社は明治元年に前身の龍眼寺を、神社に変えたのが創建だ。龍眼寺は旗本屋敷内にひっそり建っていたお堂で、青龍自体全国の寺院に、稚児として修業に出ていたので、ここには殆ど居なかった。明治維新で監督が宮内庁に変わり定住することを求められたので、龍神社を子供の遊び場にし、十歳児の青龍はここで遊ぶ子供に身を窶して暮らしていた。

龍神社は何もない小さな神社だが、子供達の遊び場になっていて、学校が終わる時間には多くの子供達が集まって、境内で遊ぶ神社だ。

黒龍の不審な動きを目撃した頃、青龍=辰麿に懐く五歳の女の子がいた。小手毬だった。いつも「お兄ちゃんのお嫁さんになりたい」と言うほど懐いていたのだった。黒龍の件があった翌日、境内で遊んでいる小手毬を見た辰麿は、雷に打たれたような天啓を受けた。龍珠だと本能が伝えたのだ。

小手毬の家は、母親と同居する祖父母の折り合いが悪かった。そのため母の実家が近い東京西部で、父親は起業して工場を作った。引っ越すことに決まって、辰麿と離れることとなった小手毬は、不安がっていた。「龍君と離れたくない、お嫁さんになりたい」泣き出しそうに言う、小手毬と結婚の約束をして、眷属達に祝ってもらった。

宴の席で、龍珠の交換をした。小手毬の中には、青龍の龍珠がある。龍が自分の龍珠を探査する能力は、絶大だ。交換した日から、青龍は空から、小手毬のことを見守っていた。

『龍珠が人間の恋人や結婚相手より、強い結びつきがあることを、どう伝えよう。それと人間と違い、永遠に続く恋心のこともだ。きちんと話さなくては。

でも嫌われたらどうしよう』 

エメラルドのように輝く青い龍の身体、を身悶えるように捩じり、青龍は小手毬のことを想った。

『今どきの女の子は、早くに結婚しない。社会に出てキャリアが積めそうなってから結婚するから、二十歳やそこらでは嫁に行かない。

それと僕は、小手毬の好みじゃない。毎日逢うから、僕のことは好きなんだ。でも恋愛感情はないんだ。でも恋して欲しい、傍にいるだけじゃだめなんだ。

どうすればいいんだ』

地上近くまで戻った青龍は考えが纏まらず、東京上空をぐるぐる回ったのであった。

 

前話 三話 龍が動きさすとき神々も動き出す
https://note.com/edomurasaki/n/ne68d5b0193b2
つづき 四話 龍の生贄②
https://note.com/edomurasaki/n/nf943e07a95a1

まとめ読み 龍君の東京リア充生活 マガジン
https://note.com/edomurasaki/m/m093f79cabba5

一話 東京23区内に住む龍
https://note.mu/edomurasaki/n/n3156eec3308e

「鎌倉巡り 着物と歴史を少し」
http://koten-kagu.jp/

四話 ① あとがき

今回から1話を分割して連載します。

古典芸能は大学時代から能楽に親しんでおります。この小説を構想するにあたり、雅楽を取り上げることにしました。雅楽について全然知らないことばかりです。天国と地獄と現世が交差するとき、そこに雅楽と平安装束がある話です。嘘もあるかも知れませんがお付き合いください。

作中、現実の大学名を出しましたが、フィクションですので、事実と異なります、ゆめゆめ勘違いなさらぬよう、お願い申し上げます。

この小説について


「青龍は現生日本に住んでいた。現世日本政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化した。
 青龍は思った
『1億歳の誕生日に結婚しよう。そう20歳のあの子一緒になるんだ。』
 そんなはた迷惑な龍の物語である。」

 異世界に移転する小説ばかりなんだろう。みんな現世に疲れてる?でも反対に、異界の者が現世にいるのはどうだろうと思ったのが発想の源です。思いついて数秒で物語のあらすじと、主なキャラクターが思い浮かびました。

 私の好きなもの満載の小説です。平安装束、着物、古建築、在来工法の日本家屋、理系男子…… そうこの小説はは現代を舞台とした小説で、一番平安装束率の高い小説でもあります。



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