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東京に住む龍 第四話 龍の片想い②

小手毬は思った。

『高校で音楽の授業を取ってなかった、音楽部の学生は始めてだろう』

実際のところ伝説の天才がやっているのかも知れないが。高校は美術の授業で気晴らしに絵を描いていた。中学の音楽の成績はそれでも中くらいだった。音楽部生として決定的な欠陥があった。楽譜が読めないのだ。中学レベルのことは忘れていた。入学早々気が付いて、本屋で「超初心者でもわかる!楽譜」という藝大生が読んでいたら、こっ恥ずかしい本を直ぐ買って、一週間で理解した。流石理系で数学が得意だっただけある。だが沢山記号のついた楽譜をチラ見して、みんな演奏するのだから凄い。数学の公式を覚えるのは得意だったが、秒単位で数式を解くことはしないぞ。

小手毬は、いきなり入学して躓いた、ピアノが弾けないと教員免許が取れない。卒業後の潰しが効くように、教職課程を取ろうかと思った。ピアノが必須だった。教員の就職は厳しいと調べていたので、潔く諦め、一般企業へ就職できる、雅楽専攻学生になることにした。

外国語は、辰麿がラテン語を勧めてきた。なんで龍がラテン語を勧めるのか、理解不能だったんだが、ヨーロッパ文明の漢文か祝詞と辰麿は思っているのかと考えた。これが後で役に立った。私が使うことになったラテン語は、もろ現代伊・仏・英語が取り入れられた俗くい奴だ。

目標は一般企業に入社できる芸大生、とした小手毬は、パン屋のアルバイトや居酒屋のホールアルバイトはしないことに決めた。製造業かIT産業で、将来専門職になるのだ。他大学へ進学して、特に官僚とか大手商社を狙う高校の同級生や中学の友人から、情報収集することにした。

五月になってから、その繋がりではじめて合コンを経験した。早稲田の政経の男子と話があって、楽しかった。

本屋の店頭で、「秘書・総務検定三級」のテキストを見つけた。小手毬の知らない会社の実態があった。検索してみたら、ビジネス系の専門学校生や短大生が受けている検定試験なのだそう。マナーやビジネス文書の書き方、メールの知識が学べた。簡単な簿記もある。社会人のことは何も知らないので、新鮮だった。独学でテキストと問題集で勉強してみた。更に検索すると、秘書・総務検定の三級を取っても、就職で有利にはならないそうだ。履歴書にも書けない資格というきつい検索結果もあった。理由は勉強してみてすぐわかった、凄く簡単なのだ。くぐれば分かる常識程度だ。

でも学習到達は大切なので、七千円払い、七月の上旬にある三級の検定試験を受けることにした。勉強中、社会未経験者の小手毬さえ、これ常識じゃんというものの羅列で、何も知らないよりはまし程度だ。ならば一つ上の二級も受けようと考えウェブサイトで申し込もうとしたら、締め切りだった。

七月の第一日曜日、池袋にある会場の専門学校に、開始四十分前に到着した。誰も来ていない、専門学校のビルのガラス扉が閉まっている。小手毬は早く来すぎたかなと思ってビルの前でテキストを読みながら開門を待った。が、開始時間五分前になってもガードマンが出て来たり、関係者が入場整理する訳でもなく、第一受験生が一人も来ないのだ。これはおかしいと、スマホで主催者のサイトを見ると、試験は先週終わっていた。

これを、阿保話にするため、辰麿の所に帰り寄った。ことの顛末を面白おかしく話した。

龍君はこういった時の慰め方が、子供頃から上手い。本当のところ龍君は一億歳の二つ下の龍で、人間やら妖怪やら神様の、心理は分からないが、本質は確実に見極める能力がある。そう知ったのは、無理矢理結婚させられてからだ。

「こういう時は、商店街のレトロな喫茶店に行って、チョコレートパフェを、一緒に食べよう」

二人で喫茶店に行きパフェを食べた。奢って貰ちゃったこともあるが、気持ちの整理が出来た。喫茶店でスマホの時計を見ると、池袋から立ち去って丁度一時間三十分経っていた。

春に良くなった小手毬の父親の会社の経営がまた芳しくなくなった。学生である小手毬には手助けが出来なかった。パフェを奢って慰めてくれたこともあり、辰麿は小手毬の家に晩御飯をご馳走になりに来る頻度上がっている。二日に一度来るようになっていた。そこで祖父が話したのか、父の会社のことが辰麿の耳に入ったようだ。

八月の祭礼を前に少し慌しくなった頃、社務所に笠原の姿があった。笠原も何処からか宮前技研の苦境を知ったらしく、一人で面談に来ていた。人に不審がられない様に辰麿は、術をかけているらしく境内に誰もいない時間だった。祭用品と印刷された段ボールが積みあがった座敷で、いつものように対面した。

「宮前様のお父様の会社が、苦しいようです。政府の企業融資を申し込まれたのですが、通りそうにありません」

辰麿は呆けた顔で、笠原の説明を受けた。笠原はこいつ会社経営のことは知らないな、と踏んだ。仕事柄、龍神社には巨額な資産があるのを知っていた。辰麿名義の預金口座には明治時代から、使え切れ無いで残っている、膨大な金があった。龍をお祀りしている全国の神社仏閣からの入金だそうだ。子供の成りをして暮らしていたので、使わない。溜まる一方らしい。

今回宮前技研が、政府系の金融機関に融資の申し込みをして来た。一億だそうだ。宮前小手毬に関する情報は。極秘情報でも笠原の元に来る。工場向けの機械設計の会社で、製品は北陸の下請け工場で製造される。器用な親父さんで、一度頼むと、工場のこと細かい物まで、設計するという評判が立っている。これで知ったのだが母親が、会社のエンジニアと不倫して、特許を持ち出して離婚したのだって。

通りで父親思いの娘だ。

それより龍の奴から幾ら取れるかだ。

「いやー水神様、困ったことが起こりました。宮前小手毬様のお父様が経営する。宮前技研が経営に行き詰まりまして、今度政府の融資を受けることになりましたが、どうにも通らない見込みなのです。

やはり大事な婚約者のお父様の会社です。水神様が一億円出して頂ければ、融資を実行出来るのです。お父上を助けるために、一億円支払って頂けないでしょうか」

「一億円、出してもいいけど、僕、直接小手毬のお父さんに払うよ」

直接払われては、困る。絶対にこちらが指定した口座に振り込ませたい。それにしても簡単に一億なんて言うな。

「融資を受けるのは、ご家族にも知らせたくないからだと思いますよ。ましてや娘さんのご婚約者には知らせたくないものです」

「昨年末に、返すのはいつでもいいという約束で、お父さんに一億円貸したよ。小手毬には内緒にしているけど、本当は株式を買う形にして上げたかったけれど、小手毬のお父さんが絶対に返したいからと言って、借金にしたんだ」

「だからですよ、娘には経営危機を知らせたくない親心ですよ。宮前技研は今、離婚した元妻の旦那を訴えています。特許と営業妨害の件で、中は大変なんですよ」

青龍が人でも神でも、その本質を見極めようとするときは、子供の姿が長かったせいか、半分口を開け、安心させるために周囲をきょろきょろと見まわし、甘えるような話し方をした。対する相手は、馬鹿だの知能指数が低いなどと思ってしまう。水神辰麿が色々と誤解される理由なのだ。

青龍は笠原の真意は何か、思いを巡らした。一億円などくれてやってもいいのだが、小手毬の爲にならないなら、嫌だ。

「笠原さん、小手毬のお父さんにどうしたら一億円渡るの」

「金融公庫の方に早く、融資の実行をさせたいので、出来るだけ早くこちらに振り込みをお願いします」

「これ金融公庫の口座だよね、普通の銀行名だけど。それに何にかきちんとした書類は」

卓上の手書きメモを見て言った。痛い所つくな、この馬鹿龍と笠原は思った。

「あーあ申し訳ありません。今度正式な書類をお待ちします」

「笠原さん、僕は銀行をネットバンキングにしていないんだ。それと一億なんてATMで振り込めないよ、前もって銀行の店長さんに話を通して、窓口で振込用紙に相手先の名前を書くので、番号と銀行名だけじゃ駄目だよ」

糞いいとこ突きやがったなと、笠原を思った。世間知らずの天体龍だと思ったら、失敗かよ。笠原は現金にしようかと思いついた。

「済みません、機械の振込しかしていないので、知りませんでした。内閣官房の方に現金を、お持ちできますか」

「いいけど、金額が大きいから、領収証は頂戴、確定申告に使うよ」

翌日羽織姿の青年が、ボストンバッグ持参で内閣官房内の笠原を訪ねていった。 

小手毬の夏休みは慶応の経済に入学した友人の情報で、大企業の本社オフィスでアルバイトをした。派遣がやるファイリングの仕事だ。例の秘書・総務事務検定の知識が役にたった。土日は休みだが、フルタイムでの勤務だ。     

週末は目白の先生の元に通い、龍笛の練習をはじめた。楽器はお小遣いを遣り繰りして安いのを買った。アルバイトを終えた九月のはじめ、仲の良かった高校の友人と、京都に一泊旅行をした。無理して京都御所を回って貰った。途中平安装束を扱う会社の前で、辰麿と結婚する時は、唐衣で裳を引くのか、色は何色になるのかと想像した。瓜実顔を思い出して、結婚相手に辰麿はあり得ないとかぶりを振ったのだった。

八月の龍神社のお祭りは、辰麿に引き込まれて、運営側に回った。ここで知ったのは屋台は業者ではなく、素人がこの日のためにやっていたということだ。例の射的屋の景品は、商店街のスーパーで買っていたのだ。最終日の日曜日の夜、祭礼が終わると、社務所の座敷で、氏子の馬場君のお爺さんに、美味しい焼きそばを焼くお姐さんが、お酌をしていた。


前話 四話 龍の生贄①
https://note.com/edomurasaki/n/n015197768c4c

つづき 四話 龍の生贄③
https://note.com/edomurasaki/n/nfbd3d3c293b4

まとめ読みできます。龍君の東京リア充生活 マガジンhttps://note.com/edomurasaki/m/m093f79cabba5


一話 東京23区内に住む龍
https://note.mu/edomurasaki/n/n3156eec3308e


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四話 ② あとがき

4話から分割して連載しています。短いと読むのが楽で親切かなと思ってやってみました。私は読中なので長いのは大丈夫なのですが、小説の長さについて、ご意見があればコメントください


天国と地獄と現世が交差するとき、そこに雅楽と平安装束がある話です。嘘もあるかも知れませんがお付き合いください。

リアリスト小手毬は、めげずに1年生から就活です。龍の上手を行く?官僚は詐欺を画策。

作中、現実の大学名を出しましたが、フィクションですので、事実と異なります、ゆめゆめ勘違いなさらぬよう、お願い申し上げます。

そして、慶応大学薬学部は実在しないはずなのにと思っていましたら、くぐったらありました。想像を超える現実!

この小説について

「「青龍は現生日本に住んでいた。現世日本政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化した。
 青龍は思った
『1億歳の誕生日に結婚しよう。そう20歳のあの子一緒になるんだ。』
 そんなはた迷惑な龍の物語である。」

 異世界に移転する小説ばかりなんだろう。みんな現世に疲れてる?でも反対に、異界の者が現世にいるのはどうだろうと思ったのが発想の源です。思いついて数秒で物語のあらすじと、主なキャラクターが思い浮かびました。

 私の好きなもの満載の小説です。平安装束、着物、古建築、在来工法の日本家屋、理系男子…… そうこの小説はは現代を舞台とした小説で、一番平安装束率の高い小説でもあります。

 小手毬さんに、龍君と呼ばれる青龍=水神辰麿君は、現世も天国も地獄も宇宙空間にも、自由に行けちゃうので、大変です。

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