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日本語歌詞革命の歴史

突然ですが、私が考える日本語歌詞革命の歴史を「英語リズムの追求」という視点でみていきたいと思います。
もちろん異論はあると思いますし、私の知らないこともあると思いますが、個人的に思いつくままに。

【革命1】はっぴいえんど

もう昔の話なのですが、日本のポピュラーミュージックは、「英語歌詞のリズムをいかに獲得するか」が目標だった期間が長いです。
その前の時代は「ロックは日本語では無理」とすら言われていました。
それを覆したのがはっぴいえんどです。
はっぴいえんど「颱風」1971年

この曲、作詞作曲が、あの大瀧詠一さんだと考えると「人に歴史あり」という感じです。

で、その後にも色々とあったと思いますが、次の革命はサザンオールスターズでしょう。

【革命2】サザンオールスターズ

サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」1978年

当時、特にお年寄りからは「歌詞がわからない」と不評でしたが、半濁音や促音を利用したり、意味よりリズムを優先する作詞手法や歌い方を大ヒットさせました。

一方で、英語歌詞の曲も大ヒットするようになります。
リズム隊を外国人で固め、英語歌詞を優先していたバンド、ゴダイゴが大人気ヒットテレビドラマ「西遊記」の主題歌を担当したことは、当時の子供達にそのリズムを強く刻みつけたと思います。

ゴダイゴ「Monkey Magic」1978年

プログレッシブなファンクロックでありつつキャッチー。今聞いても新鮮です。
ゴダイゴは尖ったバンドで、同じ西遊記の主題歌で日本語歌詞の「ガンダーラ」がヒットするまで無名でしたし、この曲も映像コンテンツからのヒットとは言え、「勝手にシンドバッド」と同じ年と考えると興味深いです。

その後の80年代ですが、歌詞手法としての大革命はなく、サザンオールスターズのやり方が発展した印象です。今後、しばらくこれが続きます。
約10年後の岡村靖幸さん「Young oh! oh!」を聞いても、基本的にはサザンオールスターズと同じだな、と思います。

岡村靖幸「Young oh! oh!」1987年


その頃、並行して、デビュー当初は英語歌詞だったフリッパーズギターも活躍しました。
レコード大賞とか獲得した曲は日本語歌詞でしたが、リズムというより英語歌詞のオシャレアイテムのような機能を前面に押し出したことはプチ革命のひとつと言って良いのではないかと思います。

FLIPPER'S GUITAR「HAPPY LIKE A HONEYBEE/ピクニックには早すぎる」1989年


【余談】なぜ英語リズムを目指したか

ここまででお分かりだと思いますが、英語歌詞リズムを求めた心理的根源は、日本人にあった「日本人コンプレックス」だと思っています。
フリッパーズギターが英語歌詞をやめたのは、たぶん、「日本人コンプレックスはダサい」ということに気づいたからではないでしょうか。頭の良い人たちですし。
実際、80年代までの権利意識が低い時代は、洋楽のパクリ曲が日本歌謡界に溢れていました。

歌詞の詳しい話になります。
特に言語の音の長さを「モーラ」と呼ぶのですが、日本語はそれが等間隔なのです。しかし、子音と母音を分割している英語の場合、リズム的自由度が高い、つまり音価を分割しやすいのです。
それを日本語で実現するための、様々な工夫が凝らされた、というわけです。

【革命3】宇多田ヒカルさん

話を元に戻して、次の大革命は宇多田ヒカルさんではないでしょうか。
お母様は大ヒット歌手の藤圭子さん。それで英語ネイティブの帰国子女。
完全に日本とアメリカのハイブリッド。
手法というより、「完全体が現れた。しかもなぜかとても日本的」、というのが革命だったと思います。

宇多田ヒカル「First Love」1999年

宇多田ヒカルさんは大絶賛で受け入れらました。
そして、この頃、アメリカではヒップホップが席巻していました。
しかも、エレガントからは程遠いギャングスタラップとかです。

ここで日本人は気づいてしまいました。
「これは憧れていたアメリカじゃない」
そう、戦後からずっと日本人が憧れていたアメリカは、豊かで自由でエレガントなアメリカであって、多様性社会における人種間の摩擦ではなかったのです。

私は、この辺りが日本人が洋楽から離れていった一因だと考えています。
そして、宇多田さんは、そのことを背景にして日本人に自信を与えたと思います。

並行して、英語ネイティブによるJ-POPが、英語リズム日本語歌詞を完成させます。
m-flo「come again」2001年

正直、私はこの曲を最初聞いた時に歌詞を聞き取れませんでした。
この頃になると、音節を歌詞が跨ぐ手法も当たり前になってきました。

そして、サザンオールスターズ手法の究極化がマキシマム ザ ホルモンだと思います。
マキシマム ザ ホルモン「爪爪爪」2008年

もはや歌詞に意味を感じません。「いかに英語のリズムを再現するか」を最大化した歌詞だと思います。

m-floもマキシマム ザ ホルモンどちらにも言えることですが、サザンオールスターズから続いてきた手法は究極化していたと考えます。
もはや日本語としての意味の限界、もしくは喪失していました。

【革命4】中田ヤスタカさん

この流れが続くかと思いきや、一気に日本人は日本語リズムに帰ってきます。
「爪爪爪」の1年前ですが、中田ヤスタカさんが、Perfumeを大ヒットさせたのです。

Perfume「ポリリズム」2007年

これは大革命でした。
日本語モーラの歌詞なのにクラブで踊れる曲だったからです。
つまり中田さんは、歌詞(歌)とグルーヴは別物であると証明しました
「かっこいいリズムが日本語でできるなら歌詞の意味がわかる方がいいじゃん!」と気づいたわけです。

この段階で、日本人は「もうアメリカ人を目指すのをやめよう」ということになったと考えています。


【現代】

そして、今、中田さんの路線のまま高度化したと考えています。
違うのは中田さんはトラックでグルーヴを作る方向でしたが、今の流行りはとにかく音価を細かく刻む方向だということです。
なので厳密には中田さん路線とは違うのかもしれません。

これはボカロP出身ミュージシャンが増えたことが理由にあると思います。
正直、もはや人が歌えるとは思えませんが、ボカロネイティブのリスナーが増えたからか、そのことに誰も抵抗感を持つことはありません。

YOASOBI「勇者」2023年


【まとめ】

というわけで、私が考える日本語歌詞革命は、

はっぴいえんど→(約7年)→サザンオールスターズ→(約21年)→宇多田ヒカルさん→(約8年)→中田ヤスタカさん

という感じです。
さて次の革命は何があるのでしょうか。それを楽しみにしています。

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