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チュニジア系イタリア人ラッパーGhali(ガリ)が歌う、親愛なるイタリアへの〈T.V.B.〉:Cara Italia/ Ghali

なにげなく英語の歌を聴く洋楽好きの皆さまに、英語と同じくらいの気軽さでイタリア語の歌にもアクセスしていただきたいなぁ~というキモチから、こつこつnoteを書き溜めています。

今回ご紹介するのは、イタリアを代表する国際都市ミラノに生まれ育ったラッパーで、アフリカ大陸の国チュニジアにルーツを持つGhali(ガリ)さんの「Cara Italia(親愛なるイタリア)」です。

旅行会社のパンフレットで見かけるイタリアとは様子が違いますが、このイメージもやっぱりイタリアの一面なんですよね。

イタリア人ってなんだっけ?
文化の交差点イタリア半島のラップ

楽しむだけなら「えぇ声しとるやん」と聴き惚れていたらいいんですが、いざ布教活動の準備に取り掛かると、難しいですね。
でも謎解きみたいで、そこも好き。

Fumo, entro, cambio faccia
煙草を吸って、入って、顔を変える
Come va a finire si sa già
どうなるかはもう分かってる
Devo stare attento, mannaggia
注意しなきゃいけない、ちくしょう
Se la metto incinta poi mia madre mi... ah!
あの娘を妊娠させたら、オレの母さんが…はぁ!
Perché sono ancora un bambino
だってオレはまだ小僧だし
Un po' italiano, un po' tunisino
ちょっとイタリア人でちょっとチュニジア人
Lei è di Portorico, se succede per Trump è un casino
あの娘はプエルトリコ出身、もし事が起きたらトランプには厄介だな

前述したとおり、このガリさんというアーティストはチュニジア系イタリア人です。両親ともにチュニジア人だけど、ご本人はミラノ生まれのミラノ育ちでイタリア人。敢えてありがちな言い方をすれば2つの世界の間に生きているわけですよね。敢えて、ありがちな言い方をすれば。そこがポイントになってくる曲なんじゃないかな。

冒頭の「タバコを吸って、なかに入る」っていうのは、路上喫煙が禁止されている日本だと分かりにくいですよね。イタリアでは逆に店内での喫煙が禁止されているので、クラブやバーの入り口には煙草を指先に挟んだ客が立ちっぱなしで煙を吐き出しています。
外から中へ、一方から他方へ、扉をくぐるたびに、その世界にふさわしい面を選んでみせなきゃいけない抑圧って、きっと重たいですよね。

ここに登場する「トランプ」は、アメリカのトランプ大統領でしょう。
アメリカ事情には明るくないのですが、プエルトリコってアメリカ合衆国の一部である自治領ですよね。公用語はスペイン語。その住民はアメリカの市民権を持つけど、本土に移住しないかぎり大統領選などに対する選挙権は持たず、移民として扱われるのだとか。

Ma che politica è questa
でもどんな政治だよこれって
Qual è la differenza tra sinistra e destra
右と左の違いってどれだよ
Cambiano i ministri ma non la minestra
大臣どもは変わるけどごった煮スープは変わらない
Il cesso è qui a sinistra, il bagno è in fondo a destra
便所はあっちの左側、風呂場は右の突き当り
Dritto per la mia strada
じぶんの道をまっすぐに
Meglio di niente, màs que nada
ゼロよりマシだろ、マシュケナダ(どうなってんだか)
Vabbè tu aspetta sotto casa
まぁいいや、キミは家の下で待ってて
Se non piaci a mamma, tu non piaci a me
もし母さんが気に入らないってんなら、オレもキミが嫌いだよ

イタリア語でも政治的な保守派と急進派の区別を、左右で表します。
くすっと笑っちゃうのが「大臣」と「ごった煮スープ」のくだり。ここは〈ministri/ミニストリ〉と〈minestra/ミネストラ〉で韻が踏んであります。もはや日本語になっているミネストローネ・スープみたいなものをイメージしていただけたらOKです。ごちゃっとしてて、なにがなんやらですよね。

そして「もし母さんがキミを気に入らないなら、オレもキミが好きじゃない」なんてよく言えたもんですね~イタリア男は〈mammone/マンモーネ〉っていってもマザコンにだって限度ってもんがあるでしょ~という気持ちになってしまいますが、幼少期について「刑務所へ父に会いに行っていたとき、どの子もそこへ行くもんだ、どのクラスメイトも父親は刑務所にいるもんなんだって思っていたよ(Quando andavo a trovare mio padre in carcere, credevo che tutti i bambini ci andassero, che tutti i miei compagni di classe avessero il padre in carcere.)」なんて言っているインタビューを見つけちゃうと、ちょっと見方が変わります。

Mi dici "Lo sapevo" ma io non ci credo
キミは「知ってた」なんて言うけど、そんなの信じない
Mica sono scemo
オレだってバカじゃない
C'è chi ha la mente chiusa ed è rimasta indietro
心を閉じて取り残されてるヤツがいるんだよな
Come al Medioevo
中世かよ
Il giornale ne abusa, parla dello straniero come fosse un alieno
新聞はそれにつけ込んで、外国人を宇宙人みたいに語る
Senza passaporto, in cerca di dinero
パスポートも持ってない、金の亡者って

ここで覚えておきたい便利フレーズは3つ。

まずは〈Lo sapevo/ロ サペーヴォ〉なんですが、これは日本語でいう「そのこと」くらいの、ざっくりした事情なんかを表す代名詞〈Lo〉を知っていたよっていう意味です。半過去になってるので「分かっていたとも」くらいのニュアンスになってるんじゃないですかね。

それに対してのアンサーが〈non ci credo/ノンチクレード〉と〈Mica sono scemo/ミーカソノシェーモ〉です。〈Mica〉は〈少しも~ではない〉で、〈scemo〉は〈知恵が足りない愚か者〉の男性形です。女性なら語尾が〈a〉になって〈scema/シェーマ〉になります。
したり顔で「分かっていたとも」なんて言ってくる野郎に、真顔で「そんなの信じるかよ、バカにすんじゃねーぞ」って言い返しているわけですね。

Io mi sento fortunato
オレって幸運だなって思うんだ
Alla fine del giorno
一日の終わりに
Quando sono fortunato
このオレが幸運だってんなら
È la fine del mondo
世も末だよな
Io sono un pazzo che legge, un pazzo fuorilegge
オレはモノを読む狂人、無法の狂人
Fuori dal gregge, che scrive "Scemo chi legge"
「読むバカ」なんて書きたくる群れの外にいる

ここは「(成功さえしたら)オレみたいな境遇でも幸運ってことになっちゃうなら世も末だよな」なのか、それとも「オレみたいなのが幸運を感じるなんて(バチが当たって)世界が終わりかねない」なのか、それとも別の解釈なのか、いろいろ考えたくなります。

印象的な韻を踏んでいるところだけチェックしておくと、下から2行の前半と3行目の最後にある〈legge/レッジェ〉は〈leggere(読む)〉の三人称単数形で、2行目の最後の〈fuorilegge/フオーリレッジェ〉は〈fuori(外側)+leggge(法律)〉なので、同音異義語です。
あと〈Fuori dal gregge/フオーリダルグレッジェ〉のところも〈fuorilegge/フオーリレッジェ〉と韻を踏んでますね。この〈gregge/グレッジェ〉というのはヒツジやヤギの群れを指すほか、従順な人間の集まりのことも意味します。

Oh eh oh, quando il dovere mi chiama
義務がオレを呼ぶときは
Oh eh oh, rispondo e dico "Son qua"
「オレはここだぜ」って応えるよ
Oh eh oh, mi dici "Ascolta tua mamma"
「母ちゃんに聞いてみな」だなんてオマエは言う
Oh eh oh, un dos tres e sono già là
ウノドストレスでオレはもうそこにいる
Oh eh oh, quando mi dicon "Vai a casa!"
「家に帰れよ」って言われたら
Oh eh oh, rispondo "Sono già qua"
「もうオレはここにいるぜ」って答えるよ
Oh eh oh, io T.V.B. cara Italia
親愛なるイタリア、オレはキミを想ってる
Oh eh oh, sei la mia dolce metà
キミはオレの甘美な半身なんだよ

残念ながら「国に帰れよ」ってネットでよく見かけますね。
それに対して「私の国はここなんだが」と答える人も見かけます。
このパートはそんな感じです。

覚えておくと幸せになれるのが〈T.V.B.〉という表現。
これは〈Ti voglio bene/ティ ヴォリオ ベーネ〉の略でして、意味は「あなたのことを大切に想ってるよ」です。
恋人にはもちろん、家族や友人にもカジュアルに使える愛情表現でして、すごく使いやすいので、絶対に覚えておくべき。
手紙やメールの結びに書き添えるのもオススメの使い方です。

Aspe', mi fischiano le orecchie
待て、誰かがオレの噂をしてる
Suspense, un attimo prima del sequel
サスペンス、続編の前の一瞬
Cachet, non comprende monete
カシェット、コインは含まない
Crash Bandicoot raccogli le mele
クラッシュはバンディクーでリンゴを集める

ここの1行目は直訳すると「待て、(不特定多数の)やつらがオレの耳に口笛を吹いている」なんですが、なにか悪い噂を流されているとき、イタリア語では口笛の音が聞こえてくることになっています。

フランス語なのでよく分からないんですが、たぶん〈Cachet/カシェット〉はいくつか意味があるなかだと「社会的評価」か「品質保証」のあたりかなぁって見当を付けています。そこへ含まれない〈monete/モネーテ〉は貨幣を指す言葉で、日本語でいうと「小銭」くらいの意味で使われます。

ゲーム文化についてはもっと分からないのですが、クラッシュっていうのはゲームのなかでリンゴを拾い集めるキャラクターみたいです。

Nel mio gruppo tutti belli visi
オレの仲間はみんなキレイな顔をしてる
Come un negro bello diretto a Benin City
ベニン・シティへ直送の黒人みたいに美しい
Non spreco parole, non parlo con Siri
オレは言葉を無駄にしない、Siriとは話さない
Felice di fare musica per ragazzini
子ども達のために音楽を作れて幸せだ

ベニン・シティはアフリカ大陸の国ナイジェリアにある都市ですね。いわゆる奴隷海岸に位置していて、象牙やスパイスに加えて奴隷貿易で有名だった過去があります。
ところでイタリアには近年アフリカからの難民の問題があります。

Prima di lasciare un commento, pensa
コメントを付ける前に、考えろ
Prima di pisciare controvento, sterza
風に向かって小便を垂れる前に、向きを変えろ
Prima di buttare lo stipendio, aspetta
給料を放り投げる前に、待て
Torna Baggio, io non me la sento senza
バッジョに帰れよ、オレは故郷なしじゃ気分が悪くなる
Shakera
シェケラ
Il tuo telefono, forse, non prende nell'hinterland
キミのケータイは、たぶん、ヒンターランドじゃ取れないぜ
Finiti a fare freestyle su una zattera in Darsena
ダルセーナのはしけでフリースタイルをして終わるのさ

固有名詞ってイメージを掴むのが難しいですよね。
バッジョっていうのはガリさんにゆかりのあるミラノの地名なので、分かりやすいよう、原語版にはない「故郷」を訳に足しています。
ヒンターランドは都市とか港湾の周りにある地域のことで、港っていう場所を上手く回すために生まれる経済圏くらいのイメージでいいと思います。
次に来るフレーズにある〈Darsena/ダルセーナ〉も「船溜まり」という意味で、港に関する語です。ミラノは内陸の街ですが、ジブリのアニメ映画『紅の豚』に登場するような大きな水路があって、かつては水運の街でした。
今は塞がれてしまった水路のはしけでフリースタイルのラップをする、どこにも行けないのにどこかへ去れって言われる若者たちに、投げやりになるなって歌いかけるガリさんの気持ちを想像しちゃいますね……。

La mia chat di WhatsApp sembra quella di Instagram
オレのWhatsAppのチャットはまるでインスタグラムのやつ
Amore e ambizione già dentro al mio starter pack
情熱と野望はもうオレのスターターパックに入ってる
Prigionieri di Azkaban fuggiti da Alcatraz
アルカトラズから脱出したアズカバンの囚人たち
Facevamo i compiti solo per cavarcela
オレたちはなんとかやっていくためだけに宿題をしてたのさ

ガリさんは1993年生まれなので、もちろんハリー・ポッター世代。
以前にご紹介したジェイク・ラ・フリアさんの「Gli anni d'oroで、日本のアニメの『マジンガーZ』を発見したときも嬉しかったですが、ここでアズカバンを見つけるのもなんだか嬉しい気持ちがします。

一番最後に登場する〈cavarsela/カヴァルセラ〉は「上手くやる」くらいの意味になります。
児童書に登場する地名や宿題について話しているので、ここで言及されているのは幼少期のことでしょう。
子ども心に「なんとか上手くやっていきたい」と願って、情熱と野望が入ったスターターパックを活用して立派に成長したガリさんの作った曲が、こんな風に子ども達に愛されているのを見るのは、すごく心が温まります。

地中海の交差点
どんどん見つかるいろんなイタリア

イタリアっていいますとね、やっぱりパスタピッツァヴィーノで歌って食べて恋をしてっていうステレオタイプなイメージがあると思うんですが、海から山から東西南北の人間が絶え間なくやって来るイタリア半島に多様性がないわけがないんですよね!
北に行けばドイツ風のアップルパイを食べているイタリア人がいるし、南に行けばアフリカ風にクスクスを食べているイタリア人もいるし、田舎もあれば都会もあるし、永遠の都ローマにあるバチカンを守っているのはスイス衛兵だし、カトリックの聖女ロザリアを大事にしているシチリア州都パレルモを、かつてゲーテは「世界一美しいイスラム都市」と呼んで讃えたそうです。そのパレルモに宮廷を置いた神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ2世は中欧に領土を持っていたけれどイタリア生まれでイタリア育ち。彼のパレルモ宮廷にはユダヤ人もイスラム教徒もいて、それぞれの文化で生活できるように配慮されていたのだとか。そもそも日本人の9割は知っているイタリア語の挨拶「Ciao」の語源は「スラブ人」だというんですから、イタリアってどこから始まってどこで終わるのかが分からない!
楽しい!

この楽しさにひとりでも多くの方に触れていただきたいので、引き続きこつこつと書いていこうと思います!

T.V.B.

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