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2. Cuccagna シェフ・今木宏彰さん(4/4) ー“料理とイタリア”  現地へ渡った料理人のちいさな20の物語


  ブーツのようなイタリアのつま先に、くっつくかのようなイタリア最南端の島・シチリア島。バロック様式の建築が荘厳と並び、Castello della Zisa(ジーザ城) や、Ponte del Ammiraglio(海軍提督の橋)、Cattedrale di Palermo(パレルモ大聖堂)など、7つもの世界遺産がある。
 古くは古代ギリシャやローマ、カルタゴ、アラブなどさまざまな国・民族からの征服を受け、ローマやフィレンツェ、ミラノとはまったく違った趣を持つ。同じくして食事も、アラブやアフリカなど近隣諸国の影響を受けている料理が多い。
 今木さんは、シチリア島の東部に位置する第2の都市・カターニャに向かった。カターニャはエトナ山の麓にあり、民族と文化が混沌と折り重なり合ってきたような港町だ。そこで[Ristorante la Siciliana]での日々が始まった。ちなみにここのスペシャリテはまさに見た目までもが、地域を表現している。「エトナ風イカ墨のリゾット」という料理は、真っ黒のエトナ山をリゾットで表現し、山上に残る雪をリコッタチーズで、頂上から流れる溶岩を、トマトソースで表現したものだ。

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[Ristorante la Siciliana]にて

 今木さんは、まずは自分の持ち場を獲得するために、あらゆるポジションを手伝った。その後、Secondoをつくる、グリラーを任されることに。カジキマグロのグリルや、パン粉をまぶして焼いたパレルモ風の肉料理など、カタネーゼ(カターニャの郷土料理)をベースにシチリア全土の郷土料理を提供していく。
「休日はオーナーに紹介してもらって、知り合いのPasticceria(パスティッチェリア)でデザートづくりを手伝わせてもらったり、Panetteria(パネッテリア)でパンづくりを見せてもらったりしていました。でも特にパンづくりは、なかなか同じようにはできないですね。向こうの空気、水、環境が生み出す酵母があって、その酵母と地元の小麦で生地をつくる。その環境全てが重要になってくる。レシピを教えてもらっても、食材の調達を含めてその当時同じものをつくるのはなかなか至難の技だと、実感しました。でも、空気感だけでも味わいたかったんです」

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手伝わせてもらったPasticceriaにて


シチリアで、自分にとってのイタリア料理を極める

 これまで各地の料理を食べてきた今木さんは、南イタリアへ入ったことでほぼ全州の味を、少しずつ見てきたことになる。
「それぞれに美味しいのですが、やっぱりトリノのマンマがつくった料理を食べた時の感動、あれに近いものがここシチリアで感じられました。前から知っているような、どこかホッとする味。南は気候のおかげもあって、季節ごとのいろいろな食材が出回っている。それをシンプルに調理することで、その季節ごとの料理というのが、きちんとある。フレッシュなものを使うので、もちろん調理時間も短くて。北もそういう料理はありますが、僕の中の感覚では、やっぱり北イタリア料理は調理時間が長くて保存性が高い料理が多い印象でした。例えばトマトソースも、北ではペーストになるくらいまで2〜3時間煮込む。でも南では、トマトを潰してばーんと入れるだけだったり、旬の時期に瓶詰めしたものを、放り込むだけだったり。そのフレッシュな味わいが、すごく食べやすくて美味しいんです」
 濃厚で旨味の凝縮感が味わえる北イタリア料理は、美味しいものを重ねて一つの料理ができあがるような印象だ。それと真逆とも言える、できるだけシンプルに素材そのものを食べる南イタリア料理。20州で美味しいものを探してきた今木さんは、自分が追求していきたいものを、シチリアで確信するようになったのだろう。


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シチリア滞在中は、写真のジョゼッペさんが経営するホテルを拠点にして、カターニャだけでなく各地へ料理を見に足を運んだ。

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シチリア島西部のトラーパニにある小さな食堂[Piccolo Palermo]にて。
最高に美味しい、クスクスやタコのマリネ

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食材を見に、市場もよく訪れたという


「その頃には、イタリア人の冗談の加減もわかってきて、初めてイタリアに来た頃よりも打ち解けやすくなっていました。イタリア全土に言えることで、一見オープンだけど芯の部分では文化や民族性の違い、そんなことを感じる場面もありましたが。[Ristorante la Siciliana]ではオーナーもスタッフも、近所のバールの人や同世代の子たちも、本当に芯から仲良くなれたんです。彼らの仲間に、加わることができた。この場所だったから、今も関係がつづいているんじゃないかな、と思います」
 

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当時大学生だったルームメイトのRucaと。初めてシチリアに来た今木さんの身の回りのことをサポートしてくれ、親友のような存在になった


 Ristoranteに関わる人だけでなく、その街を行き交う人々と交流が深まり、街全体に溶け込んで一部となったような経験だった。食事や調理法という観点だけでなく、体全体で街を感じとり吸収していった体験は、色褪せず、心に深く刻まれる。
 [Ristorante la Siciliana]とこの街で学んだことを胸に、シチリア料理専門店の開店を志した。


 今木さんは今も、2〜3年に一度はシチリアへ。[Ristorante la Siciliana]へ帰る。


「帰国後は大阪市内のRistoranteで働いたり、イタリア人との共同経営に関わったこともありました。実はこの共同経営の時に、店づくりやホスピタリティなど、料理以外の面に関してもイタリア的感覚を養うことができたように思います。イタリア滞在時は常に厨房にいたわけで。お客さんの懐に入って喜ばせる、それがいつか店をやる僕たちにも返ってくる。そういういい空間づくりを学んだ。今の店のベースを築いたように思います」

2005年、ついに大阪の中之島で[Cuccagna]が始まった。今年で16年が経つ。
「今では自分の店で勤めていた子たちが独立したりと、市内にもシチリア料理店が増えてきました。僕が初めた頃は、シチリア料理専門店なんてまだほとんどなかったので、よく『シチリア料理って、どんな料理ですか?』と聞かれることが多かったですね。経験をもとに説明はするのですが、やっぱり難しい。それで独立してしばらくした頃、シチリアで厨房の仲間に聞いてみたんですよ。自分だったら何て答える?って」


日本でシチリア料理を、追求するということ

 帰ってきた答えは、「地産地消」という言葉。
「地産地消。やっぱりそれに尽きるよ。ここで食べる、この土地のもの」

 それを聞いて今木さんは「自分は無理にシチリア料理をやっていたかもしれない」と感じたそうだ。看板を挙げているからには、この食材を使わないといけない、これが手に入らないからどうしようか……そういう葛藤が自然と溜まっていたと話す。それは料理のみならず例えば、初期の頃は「コーヒーをください」と言われれば、「うちは、エスプレッソしかないんです」と答えるこだわりだった。
 でも、次第に意識は変わっていった。「そもそもイタリア人は、そんなことを言わないんじゃないか?」
 確かに、現地のバールを想像するだけでも、その疑問の答えは、わかるような気がする。好みに忠実な自分流の頼み方で、エスプレッソやカップチーノを頼むイタリア人たちは、自由だ。
 今木さんは自分の中に、イタリアの感覚を引き戻していった。

「彼の答えを聞いて『そうやな。じゃあ僕は、日本で日本のシチリア料理をしよう』そう思ったんですね。もしかしたら、『このメニューは、シチリア料理にない』と言う人がいるかもしれないけど、今自分がいる環境で手に入るものを使って、あの時感じたような“心が温まる料理”をつくる。あの頃自分がイタリアで感じた感覚というのをフィルターにして、取り組めば良いんじゃないだろうか、と。10年経ってその意識はますます強くなってきて、日本にある素晴らしい食材を、もっと見つけて使っていきたいと思うようになりました」

 肉料理のFalsu magru(ファルスマーグル)やタコのマリネ、イワシのBeccafico(ベッカフィーコ)、Carpaccio di pesce spada Catagnese(カジキマグロのカルパッチョ・カターニャ風)など、伝統的な南イタリアの郷土料理を軸に、日本の食材をシチリアで料理するとしたら、どういうメニューができあがるか? そういう感覚で考えていく。

「この食材が手に入らなかったら、自分はこうアレンジすると思いつくものが、実際にイタリアの情報を見てみると、同じ感覚でアレンジされていたりする。そういうことが、よくあるんですよ。だから感覚的にも決してずれてはいない、自分がやってきたことは間違っていないと思える。自分の中でつくった美味しさの方程式が、より現地の感覚と近いものになってきているように思います。日本は情報が多いので日々料理をつづけていくうちに、ちょっとアレンジが度を越してきてしまったり、流行りに流されてしまうということがあるんです。だから原点を見失いそうになった時、現地に行くことで『やっぱり、これでいいんだ』『こうだよな。盛り付けだって、そんなにかっこつけなくていいんだよな』と再確認できる。僕にとってイタリアへ帰るということは、新しいものを見つけに行くことではなく、自分のイタリア料理を再確認しに行くことなんです」

16年やってきて、イタリア料理のおもしろさは、素材の使い方が素晴らしく、ひとつの料理から2つ3つと表現を広げていけるところだと話す。そして食材の違いはあっても、どの世代の人も美味しく食べられて、毎日食べても飽きがこない。それが、イタリア料理。
「もうトリノのマンマも、その店のシェフも亡くなってしまったのですが、あの時受けた衝撃や味わいは、僕の中でずっと残っています。食べた時に、じわっと心が暖かくなる。美味しいと言う気持ちで、優しくなれる。同じものを何回つくっても、何回食べても飽きずにそう感じられる。そういう料理を、ずっとしていきたいんです」


 [Cuccagna]で食べたレモンのパスタは、私にとって、まさにそう感じるものだった。セルバチコと大きなレモンが盛り付けられたスパゲッティは、レモンの優しい酸っぱさとともに爽やかな香りが口の中に広がる。と思うと時折、小さくソースに混ざる柑橘系のジャムが、深みのある甘さを醸し出す。どこか温かな美味しさを持った味わいを反芻しようと、何度でもフォークでくるっとスパゲッティを巻きたくなった。

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 南イタリアのシチリアが持つ気候や人々の気質。それを身体全体で受け止めた、今木さんの記憶の先から生まれるもの。[Cuccagana]のシチリア料理を前に、食べる私たちはきっといつも、南イタリアの大地の活力と優しさを感じる。

参考資料:イタリア政府観光局 


<Information>今木宏彰さんのお店
シチリア料理専門店 Cuccagna


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