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1. Trattoria 29 /29 in bottiglia シェフ・竹内悠介さん(3/3)  “料理とイタリア”  現地へ渡った料理人のちいさな20の物語


 [Cecchini(チェッキーニ)]は、トスカーナ州の郊外の町・キャンティにある精肉店だ。現在は8代目の店主・Dario Cecchini(ダリオ・チェッキーニ)さんが営んでいる。ダリオさんの名前は、耳にしたことがある人もいるかもしれない。町の精肉店だったこの店に、2つのTrattoria(トラットリア)をつくり、現在はその料理を一度は体験してみたい、とイタリアだけでなく国外からも多くの人が訪れている。
 精肉店の一家に生まれたダリオさんは、獣医という夢を諦め亡き父親の後を継ぎ、精肉店の店主となった。動物を助ける職業から食肉を売る職業への転換は、きっと心の中で多くの葛藤があったのではないだろうか。
 
 ダリオさんが店に立つうちに気づいたことは、お客さんがあまり買わない部位があること。1頭の命を最後まで大切に食べてもらうには、すべての部位に価値があると知ってもらうにはどうしたら良いか。そこから、各部位を使った料理を披露するようになった。これが、Trattoriaのオープンへとつながっていく。子どもの頃に家で食べたさまざまな肉料理。どんな部位も美味しいひと皿になるという、ダリオさんの揺るぎない心が人々に伝わるようになった。
「初めてダリオの店を知ったのは、フィレンツェの[Vinolio(ヴィノーリオ)]で働いていた時のことです。その店では肉を[Cecchini]から仕入れていたので、店に連れて行ってもらったんですね。お肉屋さんはオーセンティックな雰囲気の場所で、築400年以上の石造の長屋のような建物なのですが、中を通って2階に上がると、すごくモダンな雰囲気のレストランが広がっていて。その風景に一瞬で魅了されました」
 持っていた履歴書を渡したがその時は募集をしていなかった。その後イタリアへ戻ってきた際も、再び[Cecchini]へ。2回目のイタリアでは名刺の裏を履歴書のようにし、ダリオさんへ渡した。「仕事がある時に、ぜひ呼んで欲しい」そう伝えた。

最後は大きな家族となる、幸福な時間

[Cecchini]のRistoranteには、ビステッカの専門店[Officina della Bistecca(オッフィチーナ・デッラ・ビステッカ)]と、さまざまな肉料理がいただける[Solociccha(ソロチッチャ)]がある。どちらも食事を開始する時間が決まっていて、「Buon apetito!」の掛け声とともに、全員で食事を始める。イタリアでは珍しい光景だ。
「ビステッカはトスカーナ州の名物料理でTボーンステーキのこと。[Officina della Bistecca]では、20キロくらいのビステッカを一気に焼いて、みんなでわいわい食べるんですね。ここには食卓がロングテーブル一つしかなくて、食事をともにする全員で同じ食卓を囲む。お肉が焼き上がると、「みなさん、お待たせしました! これがフィレンツェのビステッカだ!」と、パフォーマンスのようにダリオが合図するのですが、その瞬間食卓を囲む全員から歓声が沸き起こる。その高揚した空気の中、多い時は80名ものお客さんがビステッカをモリモリと食べる。それは、すごいグルーヴ感です。日本はもちろん世界でも、珍しい店。絶対に働きたいと思いました」

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薪火で焼き上がるビステッカたち

 友人同士も家族も、今日初めて会った人も。みな同じような幸福感を心に宿しながら、ビステッカをいただく。美味しいもの食べるうちに、自然と会話も深まり、最後は大きな家族のようになって帰っていく。それがダリオさんが目指していることだと、竹内さんは語った。
 竹内さんが[Trattoria29]でやっている「ニクの日」は、もちろんここでの経験からきている。ダリオさんのもとで体験したグルーヴ感を目指して、舞さんと二人で内容を考えていった。鶏レバーのクロスティーニや馬肉のタルタル、そしてもちろんビステッカ。肉好きにとっては笑みを隠せないフルコースが練られる。
「一般的なRistoranteでは、ロースや腕肉などの部位を業者さんから購入するしかないので、[Cecchini]で働き解体の仕方を学んだことで、どこの部位がどのような特徴があるかを理解することができました」

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修行時代当時の写真

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[Cecchini]時代の親友・リッカルドさんと共に解体している様子

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[Cecchini]のオルランドさんと。Netflixでダリオさんのエピソードを観た方は、思わず、「あのオルランドさんだ!」と、心躍るだろう


現在も竹内さんは、一年に一回[Cecchini]を訪れる。

「ダリオは本当に僕のことを息子のようにかわいがってくれるので、いつも笑顔で迎えてくれます。『何でもやっていっていいよ』と、訪問を喜んでくれる。そういう絆ができたことが、本当に嬉しかったですね。でも最初からそうだったかというと、違って。イタリア人はフレンドリーと思われますが、意外と保守的。表面的には仲良くなれても、本当に打ちとけるには時間がかかると、初めてイタリアを訪れた時から感じていました。だから[Cecchini]に来た時、もらえる仕事は全部もらって自分ができることを増やし、認めてもらおうと強く思った。朝7時に来て肉の解体をしたら、午後からはRistoranteやOfficinaの仕事を。帰りは夜0時。そういう感じで全力で挑戦しているうちに、任されるものが深くなっていきました」
 竹内さんは、ともに働くイタリア人以上に仕事を任されるようになり、ある時「俺はお前の息子だからな」そう、ダリオさんから言われた。

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 息子のように可愛がってくれる師匠・ダリオさんと


[Cecchini]に来て1年が経とうとした頃、ちょうどビザの更新時期になった。
「このまま働いていいんだよとダリオにも言われていて、そうしたい気持ちもあったのですが、日本でいつか自分の店を持ちたいという気持ちもあって。そんな時にちょうど、日本で働いてみたかったお店に空きがでたと聞いて、このタイミングで帰ることを選びました」
 2009年の末、竹内さんは帰国する。

 帰国後、弘前の[オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ]で働いた後、2011年に[Trattoria29]をオープン。その4年後には、ダリオさんを自分の店に招待した。
「特別にダリオによるコースの日をつくって、一緒に厨房に入ってもらいました。食事が始まる時に、ダリオと二人で挨拶をしようとお客さんの前に並んだら、二人して思わず泣いてしまって。その時本当に、こう、自分の店を開くことができて良かったなぁと心の底から嬉しくなったんです」
 イタリアの親父に自分の店を見せる、そんな一つの目標が達成できたように感じたと、竹内さんは話してくれた。

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厨房に共に立つダリオさんと竹内さん。[Trattoria29]にて


[Cecchini]で得た体験をもとにはじまる、次の展開

 新しいお店は、2022年春にオープンされる予定だ。以前はみんなでわいわい食事を楽しむTrattoriaだったけれど、今回はRistoranteにするという。
「以前はアラカルトもあり、コースだけでなくいろいろと食べられるスタイルでしたが、次のお店は1コースのみにして、落ち着いて食事を楽しんでいただけるような空間にしようと思っています。4人ほど泊まれるような宿泊スペースもつくる予定ですね。今は実店舗がないので、オンライン販売で[29 in bottigila]という季節の食材の瓶詰めを販売しています。食材探しのために地元の生産者のもとをよく訪れるのですが、想像以上に食材が豊かだということを、戻ってきて改めて実感するようになりました。以前から母に地元の野菜を送ってもらって使ったりしていたのですが、移住して自分たちで探せば探すほど新たな食材に出会える。この土地で料理をするのはおもしろくなりそうだと、新たな生産者に出会うたびにわくわくしています」
 竹内さんと舞さんは、瓶詰めという表現を通して、次の店につながるような食材、生産者と出会う日々を過ごしている。

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ある日の食材探しにて、原木栽培の椎茸を手に

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群馬県の特産品である花豆を使って、「花豆のブランデーバニラ」を

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「ウド、蕗の薹、菊芋のオイル漬け」

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群馬の品種「やよいひめ」と「おぜあかりん」を使った「いちごシロップ」は、発売後あっという間に完売してしまった


「次の店では、ダリオのところでやっているように薪火で肉を焼けるようにしようと思っていて、大きい暖炉をつくる予定です。[Cecchini]で見てきたことを今まで以上におもしろく伝えていきたいですね」

 新しい店のオープンをダリオさんも楽しみにしてくれているそうだ。
「このコロナ禍が終わったら、今までのようにイタリアへ訪れたいです。日本でイタリア料理をやっていると良くも悪くも、ブレてくるように感じるんですね。自分の根源的な感覚を[Cecchini]に訪れることで調律しているように思います。このメニューは、脱線しすぎだったかなとか。僕は伝統的なイタリア料理を土台に自分の店をやっているのですが、新しいことにも挑戦したい。でも自分の根幹がわかっていないと、料理自体もその狭間でブレてしまうように感じるんです。日本にいれば当然日本の食材が多いわけで、その食材と自分がイタリアでやってきたことを照らし合わせることで、自分のイタリア料理が生まれる。例えばオリーブオイルをこう使えば、自分が今までやってきたことと違和感がないな、とか。新しいものに変換させながらも、根源的な部分は見失わないようにする。それはすごく難しくて、でもだからこそ、おもしろい。イタリア料理は海も山も近くにあり新鮮な食材がそろうので、シンプルな調理法をとりますが、シンプルでありながらも手間をかけて、美味しいひと皿を生み出している。地域性がすごく出る料理です。群馬県に移住した今、この土地にある食材の豊かさや風土を感じてもらいつつ、イタリアで学んできた自分の根幹からは離れずにどう表現するか。完成した料理を見た時に、そのひと皿から僕がつくった料理だとすぐにわかってもらえるものを、出していきたいですね」

 新しいお店では、日々どのようなメニューがいただけるのだろう。それは川場村という竹内さんの地元を感じながら、彼が体験したイタリア各地での経験や思想、そして記憶を味わうひと皿に違いない。料理というのは美味しさはもちろん重要だが、そこにまつわるすべての出来事を込めた表現方法の一つなのだと、改めて感じさせられる。

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<Information>竹内悠介さんの料理・お店
Trattoria 29 29 in bottiglia
「29 in bottiglia」ONLINE SHOP

ダリオさんが登場するNetflix「Chef's Table」シーズン6 第2話




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