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読書記録:VTuberのエンディング、買い取ります。 (ファンタジア文庫) 著 朝依 しると

【支える事で放たれた光は、全ての暗闇を照らし出す】


【あらすじ】
『推し』の最期をプロデュースする救済と再生の物語――。

VTuberアイドルグループ『星ヶ丘ハイスクール』所属のVTuber――夢叶乃亜。



彼女を推すことに青春の全てを捧げ、V界隈でも名を馳せていた高校生の苅部業は、乃亜の魂の醜態がネット上に晒され、大炎上したことで人生が一変する。

「おれはあの夜に死んだ……」

運営から推しの臨終を告げられ絶望した業は、高校を休学し一年後VTuberの炎上ネタを扱うブロガーとして日々を過ごしていた。

そんな業の元に『自分のVTuberを炎上させてほしい』という依頼を持ち込む美少女、小鴉海那が現れ――。

「これは人助け……いえ、VTuber助けみたいなものです」

あらすじ要約

推しの終焉を見届ける物語。


推しを応援する事は、己にとっての支柱のような物で。
それを失う事は底無しの闇に沈むような物だ。
誰かを支える事で、自分の生きる意味を見出して、絶望だらけの世界でも生きていける。
魂のつがいとなるVTuber、乃亜を推す事に全てを捧げてきた業。
一生この関係が続けば良いと願った矢先、乃亜の臨終により、精神的な死を経験した業。
時は経ち、炎上系ブロガーとして活躍する彼の元に現れた海那の依頼によって。

VTuberでも、ゲームでも、それこそ現実のアイドルでも。
皆様は何か一つの存在を大切に、推された事はあるであろうか?
自分の全てを捧げた熱量との唐突な別れを経験した事はあるだろうか?

VTuberのアイドルグループ、「星ヶ丘ハイスクール」所属のVTuber、夢叶乃亜。
実質チャンネル登録者数百万人を目標に、ひたむきに活動していた彼女。
そう、「活動していた」、過去形である。
初めての単独ライブの日、「特定班」と呼ばれる者達によって。
その魂の醜態を炙り出されて。
人気絶頂の中で、炎上を迎えてしまったのだ。

その炎は、多くのファン達の心もまた焼いていた。ファンの中でも有名な少年、業。
最後まで希望を信じ縋りつくも。
運営の資本主義によって、最後の希望を奪われて。一年後、高校を休学した彼は、「燃えよ、ぶい!」という炎上を取り扱うブログを運営しながら暮らしていた。
彼にとって嫌いな季節である夏。
そこで訪れるのは、新たな出会い。
かつての推し仲間である「ミーナ」こと、海那。人気イラストレーターの元で「鏡モア」としてデビューした少女である。

海那は今、人気絵描き師の皮を被り裏で下種な本性を見せていた、ママである絵描き師に困らされていた。
お返しもして、円満に引退するために。
海那は業に自分を炎上させてほしいと頼む。
渋々、嫌々ながらも、彼女の中にある覚悟を感じる。
業は中国の友人に依頼し、人気絶頂の中で突き落とすという形で、決着をつける。

予定通り訪れた、鏡モアという存在の終焉。
だが、悪い事ばかりではなかった。
愛してくれた人達も確かにいた。
その縁は、確かに繋がる。
海那と業の縁は続き、新たな炎上案件が持ち込まれていく。
海那の親友である絢音、彼女が魂となって生きる「彩小路ねいこ」。
政治的な発言上等、どこかまるで猫のように、本心を隠す彼女。

乃亜の生まれ変わりではないかと噂されている、老舗グループに所属する「六翼なこる」。
どこかふわふわとした声で話す、その裏に求められて押し付けられる偶像を抱えている彼女。


ある時は、ファンの本心に向き合わせ、珍しく擁護する形で。
またある時は、炎上させている黒幕、かつての仲間の元に辿り着く。
共に死なんとする気迫で、終わらせようとする形で。

推しがいなくなる事は確かに哀しいが。
応援する自分にも人生があって。
推しの引退をきっかけに自分のこれからを見つめ直すいいきっかけになるかもしれない。
これからの残りの人生の舵を切る中で、推し中の人にも引退したとしても。
経験を糧に新たな人生を歩んで欲しいと純朴にファンは願っている。

炎上という商法を取り扱い、どこか冷ややかに見える彼。
その本心に、海那は迫っていく。
その根底、それは「愛」。
どこまで傷つけられても失えなかった、くすぶり続ける物。
だからこそ、彼は推しを守ろうとした。
もう会えないと知り嘆きながらも。
その死から始まった、連鎖する火事をプロデュースし。
彼女の痕跡を焼き尽くす火へ変える事で、その死を守ろうとしていたのだ。

それはまるで、永遠に終わらない追悼式。
哀しすぎるいたちごっこ。
その果てに彼に救いはなく、どこまでいっても、闇の中。

その闇の中、飛び込んできた海那。
彼を救い、救いようのない負の連鎖を終わらせるべく。
彼女は再び、今度は自分の意思で新たなVを身に纏う。
あまりに未熟、あまりに稚拙。
だけど、確かにそこにあったのは、あの日の輝き。業達が推した彼女の輝きは今、海那に受け継がれた。
その事実に気付いた時、業は確かに許された。
一歩踏み出す後押しを貰えたのである。

人が表に出ないVTuber業界特有の性質、使命、贖罪、救済、出会い、炎上、引退、そして転生。

VTuberの終わり方を悲劇だけにさせない、救済による終幕へと導く為に隠遁生活から立ち上がる。
ただひっそりと菩提に手を合わせ続けるだけが供養ではない。
終わった物は、いずれまた再び生まれ直して、夢を追い続ける事もある。
人生に無駄だった事は一つもなく、体験した糧は輪廻転生した先でもきっと役に立つ。

皆の推しであった魂を継承したVTuberによっては業は心の裡にある執着から解き放たれ、苦行を完遂して、悟りの境地を習得する。
推しが輝いて、やがて穏やかに衰退していく様を、一番間近に見届け、見守る事。
推しを支えて、導いていく事がいなくなった推しへの供養にもなり得るのだ。

突然の別離を迫られる理不尽はこの世界には沢山あるから、『推しは推せる時に推せ』という事だろう。
そして、ただ漠然と推すのではなく、ファンである自分自身もその配信の刺激を受けて、頑張る活力を身につけ、日頃の実生活でも成長出来れば、推す事に意義も生まれるだろう。

嫌な事だらけのどうしよもない現実の中で、ひとときの安らぎと癒やしを見せる為に夢を形作る推しの苦悩は計り知れない。
画面の向こうの視聴者を笑顔にさせる為に、決意と覚悟を持って、虚像に魂を宿す。

ガワが死しても魂が転生する事もある。
では、何を推すのか愛するのか、どうせ、いつか終わるなら、推す事に意味があるのか?
簡単には出せない答えの中で見つけ出したアンサー。

いずれ必ず、終わると確約されたとしても、この一瞬を配信を通して推しと繋がれた、認知して貰えたという記憶は生涯を懸けて残り続ける。
それが、推しがいなくなった世界でも、これから自分の足で人生を進んでいく中での、糧となる。
推していられる今を大切にして、「推し」への感謝の気持ちを、照れ臭くともちゃんと伝えてあげれば、推しの魂の灯火を支える愛にだってなり得る。

確かにインターネットという匿名性の箱庭は、容赦なく、生々しくて刺々しい毒や、いっそリアルで嘘のない悪意の芽が育つ。
ただ、それでも自分なりの誠実な想いを貫けば、失った愛を取り戻して。
贖罪の闇を終わらせて、推しとファンの間で育った絆と光が受け継がれていく筈だ。

この現代社会のインターネットで蔓延る悪意の連鎖に立ち向かおうとする者の姿を見て、救われる者がいる。
その小さな気遣いと勇気が輪廻のように繋がっていき、推しがいなくなった世界でも笑顔を取り戻す事が叶う。

大切な誰かを想う純粋で温かな気持ちを、そっと寄り添うように紡いでいく。
推しを通して自分の世界を拡げていく。


終わったと思われた推しへの深愛が、また違う形で再熱するのだ。





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