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読書記録:神様の御用人7 (メディアワークス文庫) 著 浅葉なつ

【瑠璃の満月に晒される時、葬られた記憶がつまびらかとなる】


【あらすじ】

朝を迎えるごとに記憶を失ってしまう月読命。
彼が良彦に依頼した願いは、こんな自分を支えてくれる実弟である須佐之男命への贈り物を探して欲しいというものだった。
共に解決を模索する穂乃香はとある女子生徒と「月」を機会に、距離を縮めて、次第に彼女の心の秘密を知っていく。

記紀に記される事なく、歴史の影に埋もれていた秘密を掘り起こしていく。

あらすじ要約

太陽を司る天照大御神、夜を司る月読命、生命を司る須佐之男命。三貴子の秘密が明かされ、竹取物語との接点が垣間見える物語。


人であっても、神様であっても、自分にとって都合の悪い事は忘れてしまっていたい。
ましてや、自分が失敗した過去や犯した過ちなどは出来れば目を伏せてなかった事にしたい。
しかし、実際になかった事にはならない。
忘れようと努めれば、努めるほどに心にしこりが残る。
そういった記憶は、季節や状況が重なるほどに思い出させる。
もはや、それはその本人にとっての宿命のようなもの。
向き合わなければ、生涯、苦しみ続ける。

しかし、向き合うのは己の弱さと恥に対峙する事。
やっぱり、恐ろしい。
だけど、自分以外にその重荷を、一緒に背負ってくれる人がいるのなら、恐ろしい過去にも勇気を持って踏み出す事が出来る。
そして、踏み込んでみれば、あんなに恐れていた過去も案外、竹を割ったようにすんなり解決する事だってある。

神とは、陽雨の恵みをもたらす平和的な和魂と、天変地異や病痾を流行らせるような暴力的な荒魂があり、月読命は和魂だけで顕現していた。
己を支える須佐之男命に感謝の念を込め、贈り物を探して欲しいと良彦に依頼する。
一日も保たない記憶の中で、弟の想いだけは確かで。
しかし、何故か、月読命の御用を拒む弟神である、須佐之男命。
彼は、良彦が兄と関わるのを拒絶する。
突然、行方をくらます黄金や、何かを隠そうとする大国主神。
全ての記憶と力をなくして、途方に暮れる月読命。孤立無援の良彦は、自らの信念に従って、残酷な真実を見極めようとする。

一方で、穂乃香は月を巡る、不思議な昔話を紐解く事く事になる。
彼女が関わる事になる、美しい月の絵を描く望との出会いによって、本当の竹取物語の異聞が語られる。
静謐な月明かりの下で、神様と人の子が秘密にした事情が優しく浮き彫りになっていく。

月読命は、記憶が長続きせず、手足の痛みにも悩みながら、荒ぶる魂の片割れを失っていた。
失われた荒魂を探す良彦に三貴子の重すぎる過去がのしかかる。
それでも良彦は、「神様と人は支え合うもの」だと信じて、その過去をめげる事なく背負う。
太陽を司る天照大神、神話屈指の強者である須佐之男命の兄弟との間を行き来して。
何故か、竹取物語や記紀の言及が少ない月読命の真相を探っていく。

記憶のない月読命を一番に知っている須佐之男命に事情を伺ってみる。
しかし、そこで、須佐之男命はある嘘をついてしまう。
その嘘を暴いてしまった事で、月読命は怒りのあまり、瑠璃色の勾玉と化してしまう。
月読命が大切に思っていた家族が、死んでから子孫が彼の想いを代々と受け継がれていた真相を須佐男命に告げる。

天照大神の背を押して、月読命を新たに生み出す事を目指していく。
そこから、紐解かれる暴れ馬の如く凶暴な須佐之男命が暴走した背景。
彼を怖がって、天照大神が天岩戸に隠れた時、月読命は何を感じ取っていたのか?
神話を読み進めていくと、神様であっても、怒り狂って、嘘をついて、嘆き悲しむ。

実は、心穏やかな月読命は、高天原で大暴れした過去が隠されていた。
月読命の数奇な運命の裏側には、兄思いの弟の嘘が潜んでいた。
兄弟や家族が神様にも確かにいて、その愛憎を含めて生きてきたからこそ、人を救う超越した力を身に宿せた。
荒々しい須佐之男命は、実はとても姉兄想いの弟であって、兄の月読命の罪を全てかばって、気が遠くなるような年月を過ごしてきた。

その覚悟と忍耐を必要とする行為。
それは、姉兄を思うからこその選択。
何千年もの間、たった独りで後悔と贖罪を抱え込んでいる須佐之男命。
そんな切なすぎる真相を知ったからといって、良彦は気後れして一線を引く事はない。
人間だからこそ、神様の苦悩に対して出来る事があるはず。
でなければ、自分が御用人をやる意味がないから。
辛い重荷を背負う神様の負担を、少しぐらい軽くしてあげたい。
その長すぎる贖罪から、ちゃんと解放してあげる事が出来た。

実直な諦めないその姿勢が、何千年もの間、ずっと残り続けた禍根を解きほぐしていく。
神様であっても、隠したい秘密があって、忘れていた昔のことを思い出して嬉しい神様がいれば、思い出したけれど、出来れば忘れていたかった神様もいる。
しかし、どんな過去であっても、瑠璃色の満月が昇るような素敵な夜には、そんな想い出とも、またきっと会いたくなるはず。
冴えわたるようか満月を見るたびに、須佐之男命の兄を思う気持ちが蘇る。
それは人であっても、失ってはならない、最も大切な苦悩であり、葛藤であった。

辛い記憶を忘れようとしていた月読命の心に、そっと説き伏せるように寄り添う。
不自然な関係のままで、この世界で生き続けるのは、神であっても人であっても、辛いもの。
相手がどんな存在であっても、その真意を汲み取ってあげる。
どんな事情があっても、諦めないで寄り添い続けた果てに掴んだ成果。
良彦の「諦めないしぶとさ」によって、その苦々しくこじれてしまった記憶は、満願として果たされた。

月読命と須佐之男命の永きに渡った因縁を決着してみせ、竹取物語の異聞に隠された背景を探り当てた良彦と穂乃香。
神様だって都合の悪い事は忘れてしまいたい。
そんな弱さを叱るのではなく、一緒に寄り添って考えてあげる事で、彼らはようやく一人前の御用人になれた。

そんな成長した彼らをどこか寂しげな眼差しで見つめる黄金の過去とは、一体どんな積み重ねがあるのだろうか?










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