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閉ざされた時間と開かれた今

文学を含め、芸術には空白の時間という表現があるが、実際のところ空白という概念は誰もが経験しているのだろうか。

そう考えると記憶というものは曖昧なものだと改めて思う。
これらは至って普通の出来事の一部でしかない。
それでは、普通とは違う観点で捉えるならばどうすればいいのだろうか。

こういったことを寓話的に捉えた作品が個人的には「レナードの朝」だと思う。

この作品が紹介された時期はロバート・デ・ニーロとロビン・ウイリアムズが共演したというだけで話題となった映画だ。

それ以前にこの作品は実話に基づいている。
舞台は1969年である。
これまで人付き合いが苦手の医師であるセイヤーは実務経験がないにも関わらず、病院内が人員不足という理由から障害のある患者と向き合う医師へと抜擢される。

患者の症状は様々だが、特に反応のない患者に対しセイヤーは強く関心を持つ。
特にレナードという患者に強く惹かれるセイヤーは元々、植物や人間以外の生体に関心を抱き研究を重ねてきたので、専門外である精神に障害を抱える人間を診ることは未経験であった。

実務経験がないながらもセイヤーは研究を重ね、ある症状に行き着く。
それは「嗜眠性脳炎」という症状であった。
簡素に説明すると、これらの患者は体は眠った状態が続いているのだが、脳の一部は活性化されている。
従って、健常者には感情のない植物人間に映るのだが、患者の多くの意識には健常者とは違う速度で把握しているのだ。

「嗜眠性脳炎」に詳しい医師と接触したセイヤーは、特定の音や動きに敏感に対応し関心を持つ患者に対し、パーキンソン病の患者に投与される新薬に着目するのだ。

前例のない新薬ということもあり、セイヤーは慎重に扱う義務が課せられる。
先ず上司に新薬の投与について説明する。
当然の如く、前例のない新薬をむやみに患者に与えることは不可能であった。
そしてセイヤーは患者の中で最も効果が現れるのはレナードではないかと、賭け事に近い勝負に出る。

それには家族の承諾が不可欠となる。
レナードが唯一の保護者である母親の承諾を得て新薬の投与が始まる。

実直にいうと直ぐには効果が現れなかった。
それ故、セイヤーも投与する薬の配分を慎重に行う。

だが、慎重な心構えよりも焦りが勝りセイヤーは薬剤師が定めた新薬の配分を勝手に上げてしまう。

そこから奇跡が起こる。
今まで反応がなかったレナードはカタコトながらも自身の言葉で語るようになる。
成果が飛躍的に効果を上げたことにセイヤーは直ぐ上司を説得する。
レナードに投与した新薬を活かせば多くの患者を救えると更に付け加える。

しかし、セイヤーが求める要望は遥かに遠い。
先ず予算的なことと、患者それぞれのリスクに関してだ。
一人の人間には適していても、多くの人間に当てはまる保証などない。
それが上司の答えであった。

セイヤーは肩を落とすと、同僚からもセイヤーを支持する声が大きくなり資金を調達することに成功したセイヤーは、15名の患者に新薬を投与することに成功するのだ。

時間は掛かったが、多くの患者は眠りから覚めたかのように表情が生まれ、健常者とは変わらない日常を過ごすようになる。

何より多くの患者より充実したのがレナードである。

今までは母親しか接点を持たなかったが、レナードは生まれて初めて母親以外の異性を意識するのだ。

その女性はポーラと名乗り、レナードが入院している病棟で寝たきりの状態で意識がないままベッドで眠る父を看護する女性であった。

やがてレナードは自然の成り行きでポーラに恋する。
自身も患者であり、今も患者だ。
でも、信頼できる先生のお陰で患者というより健常者と変わらない状態を維持している。
だから心配せず、父親を思っていてね…
そういった言葉をポーラに声を掛けるレナードだ。

残念ながら幸福は長くは続かない…

やがてレナードに異変が起こる。
後遺症からか体の震えが目立つようになる。
セイヤーは今までの記録をレナードを通して映像として残していた。
唯一の友人でもあるレナードはセイヤーに対し、自身が犠牲になり記録として残してもらいたいと申し出る。

次第にレナードは薬が効いていた時期に比べ病人と化していた。

廃人となるレナードはかつて元気だった記憶を頼りにポーラへの想いを辿る。

閉ざされた記憶は30年にも及ぶ。
正にレナードの生涯において空白な時間は実に長すぎた。

それらを解消するかの如く、今、レナードは初めて異性を感じ、意識し、踊る時間を共有することの素晴らしさを新ためて知るのである。

唯一の目覚め、そして唯一の触れ合い…

この作品の要となるレナードとポーラが音楽に頼らず呼吸で踊るシーンは実に泣ける…😢

その後、またも闇へと葬られるレナードだが、残像ながらもセイヤーの思いやりが記憶として残っていることが二人の絆を深めた作品であると、勝手ながら感じて止まない…

わーお!


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