アスタラビスタ 7話 part3
「本気でやりたいんだろ? 晃」
雅臣は真顔で晃に問いかけた。何を当然のことを言っているのかという表情で、晃は頷いた。
すると雅臣は「なら、ナンバー戦をやろう」と答えた。
先ほどまで彼を挑発していた晃だったが、突然の彼の提案に驚いた様子だった。
「そりゃ、俺、本気でやりたいって言いましたけど……いいんですか?」
「別にいいぞ。じゃないと、俺らも本気になれないからな。なぁ、清水」
何の含みもなく雅臣は言っているようだったが、私はそれが雅臣にとっての挑発だと理解できた。話を振られた清水も「確かに」と笑顔で同意した。
「へぇ、ナンバー戦じゃないと、本気になってくれないのね」
亜理も腹立たしく感じたのか、彼女の顔が赤くなった。
「いいわ。ナンバー戦やろうじゃないの! 今度こそ、その№5奪い取ってやるんだから!」
晃の背中を乱暴に叩き、亜理は道場の端へと向かって行った。叩かれた晃は背中を庇いながら、「いてて……」と呟き、亜理を追った。
「本気でやるぞ……」
亜理たち二人の背中を道場の真ん中で見送った雅臣は、清水に耳打ちした。清水は笑みを浮かべ「当然」と頷いた。
凄まじい殺気だ。これ程までに白熱した手合せを、私は今まで見たことがない。最初は傍観なんて面白くないと思っていたが、ここまで挑発で盛り上がると、戦いの内容に期待せずにはいられない。もはや私は観客になっていた。
雅臣と清水は亜理たちに背を向け、道場の端へと向かった。彼女らとの距離がどんどん開いて行く。どんな武器を使ったとしても、間合いにしては遠すぎると感じた私は、すぐさま圭に尋ねた。
「どうして、あんなに距離を開けるんですか? 遠すぎますよね……?」
「憑依形態同士の手合せだから、距離を空けて、憑依するところから始めるんだよ。まず、憑依の速さが重要になる。そこから憑依形態になって走って、ぶつかり合うところから手合せがスタートするんだ。紅羽には馴染みがないだろうけど、見りゃ分かるって」
見れば分かる。全くその通りだが、手合せが始まったら質問などする間もないと思って、聞いただけだ。それを、そんな風に切り替えされると、なんだか少し萎える。
「紅羽、あれ見てみろよ」
圭が笑みを浮かべて指を差した。先ほどの私への発言がまずかったと感じて、私に話かけてきたのかと思ったが、圭はそこまで考えるような性格ではないし、結局私の考えすぎだった。
彼が指差す方向へと目を向けると、見たことのない物が目に入った。
「あれって、武器ですか?」
清水と晃が持っていたのは黒い刀だった。形は本物に似ていたが、真っ黒なその刀身は明らかに刃はない。
「憑依者たちの手合せ用の武器なんだ。ゴムで出来ていて、当たっても怪我しないようになってるんだ」
「晃さんが持ってるのは、普通の刀ではないですよね?」
清水が持っているのは日本刀の形を模したものだったが、晃が持っている刀の刃は太く、日本刀よりも湾曲していた。
「柳葉刀だよ。晃は中国武術をやってるからな」
「中国武術……」
剣道や古武術ならともかく、中国武術を見たことがない私にとっては、とても興味深い。だが、やはり一番は清水だ。あの大らかな仮面を剥いだら、どんな顔が出てくるのだろう。気になって仕方がない。
互いに向かい合った二組は、もういつでも戦える準備が整っているようで、視線は相手を見据えていた。
「お前たちのタイミングでいいぞ。亜理、晃」
雅臣は清水の背中に左手を当て、対峙する彼女たちに声を上げた。憑依者は自分の身体の一部が身体提供者に触れていれば憑依できると、雅臣は言っていた。
「そう? じゃ、お言葉に甘えて!!」
亜理はそう叫ぶと、晃の背中をぐっと押した。その瞬間、亜理はその場から消えた。辺りに赤い煙が舞ったかと思うと、晃の髪が亜理と同じ赤色へと変化した。亜理に背中を押された晃は前傾姿勢になり、そのまま刀を構え、雅臣たちへと向かって走った。
「今日こそ、そのナンバー貰いますからね」
目を見開いて雅臣と清水を見据え、突っ込んで来る晃の言葉は、彼自身の言葉なのか、それとも亜理の言葉なのか、私には分からなかった。
「清水……」
憑依形態と化して、自分たちへ向かって来た晃を見て、雅臣は清水の背中を押し、姿を消した。たちまち清水の髪色がオレンジ色に変わり、彼は小さく頷くと刀を一振りし、晃へと走り出した。
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