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饅頭(短編小説)

あるところに、和菓子屋と中国料理屋があった。菓子屋の主人も、中国料理屋の主人も若いのに、たいそう頭が硬く、譲り合いをしない人間が起きた。厄介な事に、2人の店は隣同士だった。性格上、2人の争いは絶えなかった。

さらに事態をややこしくしているのが饅頭の存在だった。日本のまんじゅうと、中国のマントウ。漢字は同じだが、全く違う食べ物である。表記をややこしくしない必要があるのに、お互いが「饅頭」と書いて譲らなかった。

「俺が先に店を出した。譲るのはあっちだ」

「中国の饅頭のパクリの存在に、譲る理由はないね。」

という訳で、2つの店に違う饅頭が並ぶ事になった。そのため街の人はお使いの時に、「日本の饅頭」「中国の饅頭」などと付け加えなくてはならなかった。

しかし、ある日1人の男が2つの店の前をウロウロしていた。「いやね、最近引っ越して来たんで、ご近所さんへの挨拶のための饅頭を頼まれたんだが、どっちの饅頭なんだ?妻からは、この街で評判の珍しい饅頭と聞いているんだが…。」

「この街で評判の」という言葉が、2つの店を刺激した。騒ぎを聞きつけた双方の店主は、路上に出て男の説得を始めた。

「いいかい旦那。奥さんはまんじゅう、と言ったんだろう?向こうはマントウ。別の食い物だよ。間違いなく和菓子の饅頭だ。うちのを買っていってやんな。」

「ちょっと待て。旦那、奥さんは珍しい饅頭と言ったんだろう?向こうの店の饅頭を見てみな。珍しくもなんともない。珍しいって事なら、うちのマントウだろう。ささ、うちのをどうぞ。」

「なんだと!」

「なんだ!」

和菓子屋と中国料理屋は、気がつくと取っ組み合いの喧嘩を始めていた。路上にいる人々は必死で喧嘩を止めていた。まんじゅうかマントウか必死で迷っている男以外は。やがて、男は口を開いた。

「それじゃあ、ご近所さん用に10箱頼まれているんで、5箱づつ買います。」

和菓子屋も中国料理屋も釈然としなかったが、5箱売れるのも大変ありがたい事なので、とりあえず売る事にして、仕事に戻った。

男は5箱づつ饅頭を持って帰り、奥さんの元へ帰った。そして事情を説明した。しかし奥さんは、「あらやだ。町内会の人から珍しい美味しい饅頭があるって聞いただけなんだよ。どっちなんだろうね。」と言うだけだった。

やがて、和菓子屋の主人も、中国料理屋の主人も気がついてしまった。このややこしさが原因で、まんじゅうもマントウも買っていくお客が結構いる事に。特に引っ越していく人間が多い季節やお土産が沢山いる季節は、聞きそびれや勘違いから、とりあえず両方買っておくか、という人間が多いのだ。つまり、このややこしさは和菓子屋も中国料理屋も得をしている状況なのだ。

やがて町内会の男が、「ややこしいからなんとかしろ。」と怒鳴り込んできた。2人はまたもや拒否したが、2人とも決して顔を見せる事はなかったそうだ。儲かっている額の事を思い、ついつい笑顔になってしまうからだ。気がつくと、お互いが客引きに喧嘩する様は名物となり、お互い本気で殴る事は辞めた。

数十年後。2つの店は、日中友好に尽くしたとして県から表彰された。表彰式の壇上での喧嘩の拳が腰の回っていないひ弱なものだった事は言うまでもない。それを見て、司会者が笑った。

「でもお2人、本当は仲がよろしいのでしょう。2人とも、揃いで頭が饅頭のようじゃありませんか。」

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