テクノロジーの普及がヒトの思考力を奪う
こんにちは。自動車ライター/インストラクター/ジャーナリスト/ドラマーの齊藤優太です。
2024年5月、首都高速をはじめとする高速道路や自動車専用道路で交通事故が相次いで発生しました。
交通事故は日頃から発生していますが、多数の死傷者を出す重大事故が連続して発生するというのはあまり耳にしません。
では、なぜ重大事故が多数発生してしまったのでしょうか…。単なる運転者のミスなのでしょうか。それとも別の根深い理由があるのでしょうか。
今回は、重大事故を発生させる根本的な原因を考察します。
考えない/考えることをやめてしまっている現在の交通社会
早速、結論をお伝えしますが、重大事故を含む交通事故や危険運転(あおり運転および妨害運転)など、交通の危険が多発している理由は、「安全運転について考えていない(考えることをやめてしまっている)」からです。
ここで言う「安全運転」とは、「今、目の前で起きている交通状況に対応すると同時に、この先で起こりそうなことを予測して、今すべきこと(行っておくべき操作や安全確認など)は何なのか考えながら運転する」ことを意味しています。
よく聞く言葉に言い換えるなら、「危険予測(危険を予測した運転)」や「先読み運転(現在の状況からこの先で起こりそうなことを予想しながら運転する)」です。
このような「安全運転」ができていないために、危険運転、無理無謀運転、あおり運転および妨害運転、交通事故、重大事故が発生していると考えられます。
なぜ、このようなことが言えるのかというと、「テクノロジーの普及によって、ヒトの思考力が低下している」からです。
テクノロジーの普及はヒトの思考力や判断力を低下させる
近年、急速な普及した「運転支援システム」や「先進安全機能」は、万が一のときに役立つ機能です。そのため、「運転支援システムや先進安全機能があるから安心」と思っている方も多いのではないでしょうか。
しかし、これは大きな誤解です。
運転支援システムや先進安全機能は、あくまでも運転をサポートする機能でしかありません。つまり、運転支援システムや先進安全機能が運転者や同乗者を守ってくれるというわけではないのです。
確かに、クルマを買うときによく聞く「安全機能がたくさん付いてるから安心ですよ」や「万が一のときのサポートが充実していますよ」というセールストークはウソではありません。ただし、これはあくまでもセールストークです。
私は、某国産車ディーラーで営業職をしていました。もし、運転支援システムや先進安全機能が装備されているクルマを売らなければならない状況になったら、「安全機能が充実してる」や「いざというも安心」などの言葉を使うでしょう。
このようなセールストークを聞くと、「安全機能がついていて、いざというときにクルマがサポートしてくれるから安全だね」となるのではないでしょうか。
そして、「いざという時のサポート」という認識がいつの間にか「クルマが対処してくれるから大丈夫」に変換され、システムや機能を過信するようになり、運転者が先の状況に注意しながら運転しなくなっていった結果、危険な状況になることが予測できない運転者が増えているのではないかと、私は推測しています。
集中力低下の原因はシステムや機能の過信だけではない
また、スマートフォンの普及も運転に対する集中力を低下させる要因の1つといえます。
スマートフォンは、リアルタイム通信によって情報が絶えず更新されます。そのため、刻一刻と変化する状況を見続けたくなります。
さらに、興味関心がある話題が絶えずレコメンドされるため、スマートフォンという小さなパソコンに釘付けになってしまうことが多いです。
そして、運転中にもスマートフォンに表示される情報などを見続けたいという欲を抑えきれず、運転席の目の前やダッシュボード上などにスマートフォンホルダーを取り付け、シガーソケットやUSBポートから電源供給しながら小さな画面を見続けている人も多くいます。
運転する際に重要な前方の視界を妨げてまでスマートフォンを見続けたいという欲求が、運転に対する集中力を低下させているといえるでしょう。
システムの過信+目の前のことだけを対処=スマホ視野
ここまで考察してきたように、運転支援システムや先進安全機能の過信(何かあっても大丈夫という気持ちのゆるみ)、スマートフォンによる前方視界の妨げや目の前のモニターに気を取られてしまうという状況が重なると、目前に迫ったことだけを対処する運転になります。
目前に迫ったことだけを対処する運転を続けると、急な操作で回避しなければならない状況になることがあるでしょう。これは、事故を起こす一歩手前の状態です。そして、対処が間に合わなくなると、急操作でも回避することができず重大事故を起こしてしまいます。
教習指導員の資格を保有する私は、目前に迫ってから対処する運転者を見ていると、「視野が狭い」と感じるだけでなく、「運転するときもスマホを見るときと同じ視野?!」と思ってしまいます。
私は、このような人たちを勝手に「スマホ視野の目前対処運転者」と言っています。
「スマホ視野の目前対処運転者」は自らの意識で変わるしかない
スマホ視野の目前対処運転者は、自分がしている行為が危険に繋がっていたり、周囲の交通に危険と思われているという自覚がなかったりします。
このような運転者の多くは、違反の取り締まりや罰則があることを知っています。しかし、「捕まらなければいい」と思っていることが多く、取り締まられると「運が悪かった」で片付けてしまいます。
日頃、警察が行っている交通違反の取り締まりは、交通の危険を未然に防ぐという意味では、一定の効果や抑止力があります。しかし、「運が悪かった」と思っている運転者に交通の危険を自覚させるのは難しいでしょう。
では、単純に「安全運転してください」と呼びかけることが有効なのでしょうか?
残念ながら、「安全運転」と呼びかけたり横断幕を掲げたりするだけでは、意味がありません。
さまざまな場面で見聞きする「安全運転」は、「安全な運転をしてください」という意味です。
では、「安全運転」の「安全」は、何に対する"安全"なのでしょうか。また、"安全な運転"はどのような運転なのでしょうか。道路交通法を遵守していれば絶対に安全なのでしょうか。
このようなことを自問自答したり、先の状況を予測するといった思考力を働かせながら運転したりしなければ、本当の意味での安全運転はできないでしょう。
前半でも明記したように、私が考える「安全運転」は、「今、目の前で起きている交通状況に対応すると同時に、この先で起こりそうなことを予測して、今すべきこと(行っておくべき操作や安全確認など)は何なのか考えながら運転する」ことだと考えています。
このような考え方があることは、ぜひ多くの人に知ってもらいたいです。また、予測や推測など人間だからこそできる"想像力"を存分に活用して、この先で起こりそうな状況を想像しながら運転できる運転者が増えれば、危険運転やあおり運転(妨害運転)、重大事故につながるヒヤリハットが減るのではないでしょうか。
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