将来と、うちの太った猫の話

 私のことを良く知る人からはよく「人に影響されやすいね」と言われる。自分では我が強くて突き通すタイプだと思っていたけれど、どうやら違うみたいだ。実際に今も、「1日に30分は体を動かすと精神が安定する」とどこかで読んだ文章に影響されて運動をしている。毎日必ず40分程度のジョギングかウォーキング。

昨日は、午後の3時ごろから少し長すぎる午睡をしたせいで、ジョギングにでるのが夜中になってしまった。数日前に見つけたお気に入りの音楽を再生する。歩いているんだか走っているんだかよくわからないようなスピードで近所を走って回る。40分ほどが経ち、そろそろ家に戻ろうかと思った。わたしの家の正面には15メートルほどの高さの崖が切り立っていて、上の道路を支えている。その崖沿いをずっと走って家に向かう。

家まであと2分30秒ほどの距離で、数メートル先に猫がいるのを見つけた。生後1年もたっていないだろう白地に黒のぶちがある猫だ。道路の真ん中にきれいに、ちょこんと座っていた。きっと野良猫だろう。逃げる様子はないが、きちんと警戒はしていて、人に慣れてもいないようだし首輪もしていない。野良猫を見かけると、いつも複雑な気持ちになる。

大学2年生の夏、サークルの仲間と行った旅行先のコンビニの前で前足が一本無い子猫を見つけた。生後2、3か月ほどの本当に小さな猫で、まだ鳴くのも下手だった。それでも、その子猫はコンビニから出てきた私をしっかりと見つめて、へたくそな声で鳴くのだった。きっとこうやってエサをもらってきたんだろう。

今でてきたコンビニに戻って、猫用の缶詰か何かを買ってこようかな、などと考えていると、後ろに立っていた恋人から「エサをあげたらだめだよ」と先に注意をされた。私の不満そうな顔が見えたのか、「ここに住みついちゃったら困るだろうし、引き取れないでしょ」と重ねて言われる。その通り。正論だ。

この旅行先は、私の家から飛行機でくるような距離だし、この猫を家に連れて帰るのは非現実的。ここでエサがもらえると思ってしまったら、コンビニに迷惑がかかるし、この子猫にとっても良くないことなのだろう。

私が黙り込んだのを見て、納得したと思ったのか、恋人はコンビニから出てきた仲間たちと一緒に宿の方に歩き出した。私は、まだこちらを見て鳴いている子猫から目が離せなくて、歩き出せなかった。自分の無力感と、恋人の正論が腹立たしかった。頭では分かっていても、納得ができなかった。命を懸けて鳴いているこの猫に「かわいい~」とだけ言って、すぐに背を向ける人の方が正しいとは、どうしても思えなかった。

それでも私は無力で薄情な人間だったから、最終的にはそういう”正しい”人たちと同じように、その子猫に背を向けて歩き出した。あの子猫には、きっと別の”正しくない”人がエサをやってくれるだろう。そう言い聞かせた。

仲間の10メートルほど後ろを歩く。子猫の声はもう聞こえない。気づいたら泣いていた。どうして涙が出たのかは自分でもよくわからない。子猫を見捨てた罪悪感のせい?恋人やサークル仲間への怒りのせい?なんにせよ、辺りが薄暗くてよかったと思った。「猫のために泣いてあげる優しい子」なんていうキャラクターはまっぴらごめんだった。

夜の宴会の買い出しに来たはずなのに、宴会をする気分なんてすっかりなくなって、その日は早々に寝てしまった。翌日、起きた私は憂鬱な気分なんてすっかり忘れていて、心ゆくまで観光を楽しんだ。旅行が終わり、家に戻った私は、家族に旅行の話をあれこれと話したが、子猫の話はしなかった。もしかすると、忘れていたのかもしれない。

でも、こうして野良猫を見ると思いだすのだ。あの夏に出会った片足のない猫を。あの時のもやもやとした、怒りとも悲しみとも罪悪感とも言えない何かを。最近、将来のことを考える。わたしは、誰のために何をしたいだろう。猫のための仕事をしたいなと思ったことはある。しかし、なんだかんだ理由を付けてあきらめていた。獣医師にはなれないだの、資格がないだの、求人が少なくて生活できそうにないだの。

資格なんて取ろうと思えばとれたはずなのに。近所の保護猫施設にボランティアでもなんでもしてあげられたはずなのに。何もしなかったのは私なのに、なんで私が残念そうにしているんだ。結局は同じじゃないか。必死に泣く子猫を「かわいい」と消費だけして見捨てる人と私は同じなんだ。それを考えさせられるから嫌なんだ。

野良猫は私の方をじっと見てくるけれど、逃げる様子はない。じりじりと距離を詰めると、少し後ずさりをして崖に体を寄せた。わたしはそのまま近づいて、その距離が2メートルほどまでになったときに、右手から車が走ってきた。驚いた猫は、ほとんど垂直の崖に飛びつき、そのまま上まで登り切ってしまった。私は、嫌な気持ちを少し忘れて感心した。うちで飼っている猫は、太っていてどんくさいから、こんなことはできないだろうなと思った。

この野良猫は、こんなに素早く動けるのだから、車には轢かれたりはしないだろう。警戒心がちゃんとあるから、悪い人に捕まったりもしないだろう。そんなふうに考えた。自分に言い聞かせた。また、何もせずに。きっと家に帰っても、何もしないんだろう。そうやって生きていくんだろう。

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「文章を書きたい」と強く思うタイミングで書いていきます。
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